相反指示
「ほむら先輩は吐いている途中でしたよね? それなら、このまま吐き切る方が自然です……さあ、私の言うとおりに息を吐いて……出してください♡」
左腕にしがみつきながら、シュシュが左耳に囁いてくる。熱っぽい声で、出してしまえと誘惑してくる。
「だめ、出さないでせんぱい。せんぱいは今苦しいんだよね? だったら、吸った方が楽になるよ? だから、出しちゃダメ……出さないで、せんぱい!」
ノノも右腕にしがみついてきて、右耳に懇願してくる。必死に、出してはいけないと抑制してくる。
「先輩、出してください♡ 肺に残ってる空気を、全部ふぅ~って出し切ってください……その方が、気持ちいいですよ♡ 出して、はやく……♡」
「せんぱい、出しちゃダメ! 肺にいっぱい空気を吸い込んで、せんぱいの中をパンパンにしよ? その後に出した方が気持ちいいよ? ダメだよ、ダメだからね?」
「出して、はやくっ……ふっ、ふぅーって♡ ほら、出せ♡」
「ダメっ、出しちゃダメっ! がまんしてせんぱいっ、出さないで!」
左右の耳に流し込まれる相反する命令。息を止め続けることはできず、必ずどちらかの指示には逆らわなければならない。
それなら、答えは決まっている。僕はノノの指示に従うべく、喉を開いて息を――
――その瞬間、左のわき腹を細長い指にこしょこしょと弄られて――
――僕は咳き込むように息を吐き出してしまった。
「ふふっ……お上手♡ ほむら先輩、上手に息を吐けましたね♡ 私の指示通りに……♡」
「ちっ、ちがうもん! 今のはむせちゃっただけだよね? せんぱいは息を吸おうとしたんだもんね?」
「そうかもしれませんね。だっておふたりは恋人なのですから、ほむら先輩はノノさんの指示に従おうとしたに違いありません。ただ、焦って間違えてしまっただけなのですよね……つい、気持ちよくなれる方を選んでしまっただけ……そうですよね♡」
「むー……シュシュちゃん、嫌い」
「ふふふふっ……すみません。むくれるノノさんが可愛いくて、ついいじわるをしてしまいました。もうノノさんの邪魔はしませんから……さあ、続きをどうぞ?」
「せんぱい、だいじょうぶ? もう落ち着いた? ……今度は、ちゃんとノノの声だけ聞いてくれないと、いやだよ?」
右腕にしがみつくノノの体がぎゅっと強張った。
僕が心の中でどう思っていようと、ノノは実際の僕の行動から心情を推し量るしかない。物理的な妨害があったとはいえ、これは僕の落ち度だ。
今度こそノノを安心させられるように、立派に呼吸を管理されてみせよう……言葉にしてみると、この状況の異様さが際立って感じられた。やっぱりこれ、なんかおかしくない?
「それじゃあ、いくね? 吸ってー……吐いてー……」
シュシュからの妨害がないからだろうか。今度のノノの呼吸管理は随分と落ち着いていた。ゆっくりと、自然なテンポで、深呼吸を促してくれていた。
ただ、やはりと言うか……気になるのは……。
「深く呼吸するのは気持ちがいいですね♡ ノノさんみたいな小さな男の子の言いなりになって、息を吸ったり吐いたりするの、とっても気持ちがいいですね……♡」
確かに妨害はしていない。シュシュはノノに呼吸を管理されている僕の心情を、ほんの少しだけ誇張して代弁しているだけだ。むしろ、ノノをアシストしていると考えられないこともない。
しかし、シュシュの蠱惑的な囁きに僕の心がかき乱されているのも確かだった。




