呼吸指示
「こきゅうかんりって……さっき言ってたよね? シュシュちゃんが言ったとおりに、せんぱいがすーはーってするんだっけ?」
「はい、そうですよ。ノノさん、ほむら先輩の呼吸を管理してもいいですか?」
「んー……いいけど……それでせんぱいが可愛いお顔になるの? 時間、無駄にしちゃわない?」
「どうでしょう? やってみないとわかりませんね……ねえ、先輩? ノノさんの許可もいただけたことですし、お付き合いくださいね♡」
本当は僕にこそ許可を取って欲しいのだけれども……しかし僕が拒絶できるわけもないので、結果的にこの方が良かったのかもしれない。ノノが許可したから仕方ないって言えるから……言い訳としては、情けなさすぎるだろうか。
僕とシュシュは向かい合う形で座り、僕の右隣にノノも座る。シュシュは姿勢の良い正座、僕はあぐら、ノノは両手を床についた前傾姿勢で僕の顔を覗き込んでいる。審判に余念が無いのはいいが、至近距離で見られていると少しだけ恥ずかしい。
「それでは、ほむら先輩……吸ってー……♡ そう、胸を大きく膨らませるようにゆっくり、たくさん吸い込んでください……♡」
両手を左右に広げながら、胸を張って胸骨を押し出し、肋骨を広げるようにして深く息を吸い込む。全身に酸素を行き渡らせるイメージをしながら、ゆっくり肺を空気で満たしていく。
「上手……♡ とても良く吸えていますね……♡ それでは、吐いてー……♡ ゆっくりですよ……全身の力を全て抜くように、吐き切ってくださいね……♡」
肩を落とし、腕からも力を抜くように息を吐く。肺がしぼんでいって、お腹がへこむのを感じながら、体がぺらぺらになるくらいの気持ちで、僕の内側から全てを追い出していく。
「いい調子ですね……では、止めて♡ 息を全部出しきった状態で、少しだけ我慢……我慢ですよ……♡」
肺が膨らまないように、喉をきゅっと締める。酸素が供給されないことに全身が違和感を覚え、緊急事態を告げるように体中に鼓動が響き渡っていく。
「もう少し……あと少しだけ……はい、吸ってください……♡ そう、我慢していた分、たくさん吸いましょうね……♡ 全身に酸素が満ちていくのは、気持ちいいですね……♡」
シュシュからの指示の通りにすると、その言葉の通りの気分になっていく。ただ呼吸をしているだけなのに気持ちよくなってきて、シュシュに従う心地良さを身体が思い出していく。
僕の思考が段々と蕩けていく中……僕の右耳の方からは低いサイレンのような音が聴こえてきていた。無論、ノノの唸り声だ。
ノノは表面上は黙って僕が呼吸管理されている様子を見ていた。しかしその前傾姿勢は今にも飛び掛かってきそうで、膝もうずうずと揺れている。
もう一度僕が息を吐き切ったタイミングで、ノノは我慢ならないという様子で口を開いた。
「ね、ねえ……ノノも。ノノもそれやりたい……ノノもせんぱいにそれやってみたい!」
「くすっ……見ていたら羨ましくなってきたのですか? それでは、ノノさんがしている間はタイマーも止めておきましょうか」
シュシュは細い指でスマホの液晶をそっと撫でた後、ノノとは反対側、僕の左側に回り込んだ。正面を譲られたノノは四つん這いのままで僕の正面にやってくると――
「吸って!」
――ビシッと僕の鼻先に人差し指を立てながら、短く命令した。
何か違うような気もしたけれど、僕はノノに言われた通りに僕は息を吸う。
「吸って、せんぱい……もっと、もっと……シュシュちゃんの時よりいっぱい吸って!」
どうやら、ノノはシュシュに対抗心を燃やしているようだ。しかし、そうは言われても人間には限界がある。僕もノノの指示には従いたいけれど……このままじゃ、肺が破裂しちゃう……っ。
「はい、吐いて! ぶふーって、いっぱい吐いてー……そこで止めて!! 吐き切っちゃだめ! まだ……まだ……まだ止めててね……? がんばって、せんぱい……! まだ、まだ出しちゃダメだからね……?」
吐いている最中の中途半端な状態で呼吸を禁止された僕は、この先の展開に不安を覚えていた。さっき、僕はシュシュの指示で何秒息を止めていただろうか。今度はそれよりも長い時間となると、何秒止めなければならないのだろうか。
「だめっ、まだ出しちゃだめだよ、せんぱい……。もうちょっとだけがまんしよ? 出さないで……出したらダメだからね……?」
ノノの懇願には応えたいけれど、もう長くてもあと20秒程度が限界だ。
ノノへの謝罪を考え始めた僕だったが、助け舟を出してくれたのはシュシュだった。
「いけませんよ、ノノさん。あまり長い時間呼吸を止めては危険です。先輩、一度吐き切ってしまいましょう……ノノさんではなく、私の指示通りに、息を吐いてください……♡」
「っ!? だめっ、吸って! せんぱい、息を吸うの! ノノの言うことを聞いて!」
この助け舟、燃えてない?




