精一杯のカッコいい先輩を
椅子の背もたれのおかげで直接床にぶつかることはなく、驚きこそしたが痛みは大したことなかった。しかし加害側としては気が気で無いようで、ノノは青ざめた顔をしながら慌ててひっくり返った僕に駆け寄ってきた。
「せっ、せんぱい、大丈夫?」
「うっ、うん。全然何ともないよ。少し驚いたけど、それだけ」
「そう……? ごめんね、ノノのせいで……」
責任を感じているのだろう、ノノはすっかりしょげてしまっていた。
これはチャンスだ。ノノは僕を先輩として慕ってくれているけれども、僕が先輩らしく振舞えたことなんて一度もない。ノノはこんな僕をカッコいいと言ってくれるけれども、それはノノの感性が独特なだけだ。
今こそ先輩の余裕を見せて、ノノに本当の意味でカッコいいと思わせてみせよう。僕は身体を起こして、お返しのつもりでノノの頭を右手で撫でた。
波打つクセっ毛が幾重にも重なったふわふわな感触が僕の掌を優しく押し返す。その感触に心地よさを覚えながら、つむじからの流れに沿うように手を滑らせた。
「本当に何ともないから、そんなに落ち込まないで? 僕はノノ君が、その……わ、笑ってる所が好きだからさ……わ、笑って欲しいな……ダメ?」
カッコよさを見せる決意は何処へ行ってしまったのか。底に穴が空いたコップのように、喋っている内に僕の中からは勇気が抜けていってしまって、最後には懇願するような言い方になってしまっていた。
しかしそんな情けない僕の言葉でも、少しは励ましにはなってくれたらしい。ノノは頭を撫でる僕の右手を両手で取ると、自身の頬にぐいっと押し当てて無理矢理に口角を上げて見せた。
「せんぱいがこうしてくれたら、いつだってノノは笑顔になっちゃうもん……えへへ」
まだ笑顔半分落ち込み半分の表情だったけれど、ノノの気持ちを上向きにはできたようだ。
「それじゃあ気を取り直して……その……か、帰ろうか、いっしょに……」
部活の無い日にこんな時間までふたりで学校に残っていたのは、いっしょに手を繋いで帰るためだ。ただそれだけの為に、僕たちは誰にも見つからないようにこんな時間まで教室に残っていたんだ。
野球ボールを握るのにも苦労しそうなノノの小さな手。ほどけないように指同士を絡ませて、しっかりと握り合う瞬間が待ち遠しい。
しかし僕の期待を焦らすように、ノノは差し出した手をかわして懐に歩み寄ってきた。
「帰る前にせんぱいの教室を見学したいな……でも、一年生がいつまでも二年生の教室に居たらダメかな……?」
そもそも、この教室は僕が管理しているわけではない。クラスメイトたちの私物がそこら中にあり、本来なら他学年の生徒を長居させるのは好ましくは無いのかもしれない。
しかし、ノノに遠慮がちにおねだりされてしまっては、僕はもう言いなりになることしかできなかった。
「少しだけなら大丈夫……じゃないかな?」




