恥ずかしいところを見ないで
「うぅっ……」
耳に触れたネトっとした感触に、思わず呻き声が漏れてしまう。綿棒の先端で敏感な耳にクリームを押し広げられるのは、筆舌に尽くしがたい感覚だった。
耳元で鳴るネチャネチャという音。皮膚の薄い耳がネットリとしたクリームでコーティングされていく感覚。
耳はただでさえ敏感なのに、気持ち悪さで勝手に意識が集中してしまって、余計に不快に感じてしまう。
吹きかけられているわけでもないのに、シュシュの微かな吐息すらも気になってしまった。
「すり……すり……大丈夫、気持ち悪くないですよ……ベトベトには段々慣れてきますから……もう少しだけ我慢しましょう? すり……すり……」
細い綿棒が凹凸に沿って右耳をなぞる。曲線を描きながら上から下へ。耳たぶも引っ張られて丹念に。耳の穴の入口も綿密に。耳の表だけではなく、裏の付け根まで、満遍なく。
クリームが薄く塗り広げられるにつれて粘度が薄まっていき、不快感もマシになってきた。むしろ、これは……――。
「ふふ……呼吸が気持ちよさそうになってきましたね……。すり、すり……気持ちいいですか?」
「うん……今は……。綿棒って、こんなに気持ちいいんだね……」
「お気に召していただけたなら何よりです。それじゃあ、クリームを追加しても良さそうですね?」
「うっ……それは……あんまりかも……」
「それなら、気が紛れるようにお話でもしましょうか? 例えば……ほむら先輩に友達が居なさそうなお話とかどうですか?」
「えっ!? えっ、えっ……な、なに……? 急に、なんで……?」
あまりにも突然なディスに、声が裏返ってしまった。
「ダメですよ、急に暴れたら。穴に入れてはいませんが、あまり動かれると危ないですから。大人しく、すりすりされていてください?」
「うぅ……でも、シュシュ君が変なこと言うから……」
「ふふっ、だって……この前廊下ですれ違った時、ほむら先輩お一人でしたから。周りの先輩方は楽しそうにお話しておられたのに、先輩は教科書とノートを抱え込んでとぼとぼと寂しそうで……普段からそれが当たり前という雰囲気でした。ほむら先輩って、ぼっちなのですか?」
「ぼっ!? っ……うぅ……」
あまりにも直球だったので、何も言えなかった。
「くすっ♡ ちょっと反応が大袈裟過ぎませんか? 良いではありませんか、ぼっちでも。一匹狼って孤高でクールでカッコいいですし……まあ、ほむら先輩はチワワって感じですが……♡」
明らかに小馬鹿にされている物言いだったけれども、事実なので何も言い返せなかった。むしろ、ちょっといじわるされていることに喜んでいる自分すらいた。
「ああでも、強いて挙げるなら……ノノさんとすれ違うだけであんなにはしゃいでしまうのは、少し省みた方がよろしいと思いますよ?」
「はっ、はしゃいでなんてないよ!?」
あまりにも図星すぎて、声が震えてしまった。
「ほむら先輩、気づいてないのですか? ノノさんに気付かれたくて必死な先輩の姿、相当みっともなかったですよ?」
「えっ……そ、そんなに……?」
「はい。急にキョロキョロしだして、膝を高く上げて歩き出して、肩や腰を捻じったり、咳き込むような仕草もされてましたよね? 挙動不審過ぎて、周りの先輩方にも気づかれていましたよ……気にもされていなかったようですが」
「うぅ……し、死にたい……」
クラスメイトに不審な挙動を見られていたという事実。
何より後輩であるシュシュに一部始終を把握されていたという事実。
14年という人生に区切りをつける理由としては十分過ぎた。
「死ぬ前に、左耳の保湿もさせてください? はい、頭をごろーん♡」
これ以上の恥を重ねる前に死にたかったけれど、僕は左耳もすりすりされないといけないらしい。




