後輩に可愛がられる先輩
「せーんぱい♡」
さわさわとまさぐるようにいじわるで、トロトロに溶けたチョコのように甘い、小悪魔のような囁き声。吐息が耳に直接かかって、耳を通じてノノの体内の熱が僕の中に伝播していく。
僕たちしか居ないのに、ノノはひそひそと内緒話をするように囁いていた。両手でトンネルを作って、空気をたくさん含ませた声が僕に漏れなく伝わるようにして、ノノは無邪気に囁いた。
「せんぱいもノノと同じ……ノノが近くに居ると、ノノのことで頭がいっぱいになっちゃって、宿題なんて出来ないんだ。えへへ、いっしょだねー♡ ノノが来る前はちゃーんと宿題できてたのにね? 近くに居るだけで、ダメダメになっちゃうんだね? 可愛いね、せんぱい。いつもはカッコいいのに、ノノの前でだけは可愛いせんぱいになっちゃう……えへへ、可愛いせんぱいはノノだけのせんぱいだぁ♡」
ノノは僕をなじってはいない。罵るつもりも、からかうつもりもない。ただ僕がノノにだけ見せる弱みが嬉しくて、喜んでいるだけ。
それなのに僕が勝手に責められているような心地になってしまって、心が疼いてしまって、気付けばせっかく張った見栄を自ら捨てていた。
「っ……あ、あのね、ノノ君……ほっ、本当はぼく、宿題全然できてないの……。ノノ君が来る前からずっと、手に付かなくて……1文字も書けてないんだ……。ノノ君に良いところを見せたくて、つい嘘吐いちゃった……ご、ごめんね……」
「そうなの? せんぱい、ノノに嘘吐いてたの?」
僕の前に回り込んで驚いた表情を浮かべるノノ。見開いた瞳に見つめられながら、僕はこくりと頷いた。
僕の心に渦巻いているのは嘘を吐いた罪悪感でも、正直にありたいという誠意でもなく、ただの欲望だ。そんな僕の心を見透かしたかのように、ノノは大きな瞳を細めながらくすっと笑った。
「いけないんだー♡ せんぱいってば、ノノのことで頭の中いっぱいにして、宿題ほっぽり出しちゃったんだー♡ いけないんだー、いけないんだー、せんぱいってば悪い子なんだー♡」
恥ずかしくて、苦しくて、熱くて、もどかしい。粗相をした子犬を甘やかしながら叱る飼い主、とでも表現すればいいのだろうか。主人に窘められているのに、子犬は尻尾を振ることを止められない。
「せんぱい、ノノを待ってる間なんにもできなかったんだ。1時間以上もあったし、約束の時間はもっと後だったのに……せんぱい、ずっとノノのこと待ってたの? ノノを待ってることしかできなかったの? くすっ……ダメダメだね♡ ノノにダメダメなところを知られたくなくて嘘ついて隠してたのに、結局言っちゃうところもダメダメだぁ♡ かわいい♡ かわいいよぉ、せんぱい♡」
年下の男の子に叱られて嘲笑されるなんて、とっても恥ずかしいことなのに。どうして僕はノノ相手だと、ちゃんと恥ずかしいと思えなくなってしまうのだろう。
まるで声が実体を持っているかのように、ノノの言葉を受ける度に、僕の身体は勝手にビクビクと震えてしまっていた。




