負けなければ浮気じゃない
「なで……なで……♡ ほむら先輩の髪、撫で心地がとても良いですね。ノノさんのふわふわとした感触も良いですが、ほむら先輩の髪はさらさらで指通りが良く、撫でてるこっちが気持ちよくなってきてしまいます……♡ これは止め時がわかりませんね?」
シュシュが僕を撫でる手には程よい強さが込められている。ただ優しく髪を撫でつけるだけでなく、シュシュはしっかりと僕の頭を撫でている。
その掌から伝わる圧と束縛感が、僕の中のシュシュの存在感を大きく育てていた。否応なしに、僕はシュシュという男の子を意識せざるを得なくなっていた。
しかし、僕にはノノが居るのだ。恋人が居るのに他の男の子に靡いたり、ましてやおねだりなんてするわけにはいかない。浮気になってしまう。
「あの、シュシュ君……僕とノノ君の関係は、知ってるんだよね?」
「はい、恋人ですよね。おふたりがお付き合いを始めた10分後にはもう知っていましたよ」
「そ、そんなに早かったんだ……」
「とっても嬉しそうに教えてくれましたよ♡ ほむら先輩、随分と情熱的な告白をされたみたいですね?」
チャットでの勢い告白なのに、何がどうなれば情熱的なんて解釈になるのか。
ノノが何を言ったのかは気になったけれど、言及されても恥ずかしいので触れないことにした。
「それならわかってもらえると思うけど、あんまりこういうことはしたくなくて……その、浮気みたいになっちゃうじゃない?」
「浮気……どうしてですか? 先ほども言いましたが、私はノノさんにも今と同じことをさせていただいています。これが浮気なのだとしたら、既にノノさんはほむら先輩を裏切っていることになってしまうのですが……先輩はノノさんが私に浮気をしているとお考えなのですか?」
「それは……思わないけど……」
どうしてだろうか、ノノが撫でられていても少しも浮気とは思えなかった。しかし自分の立場になってみると、やはり浮気の境界線上に居るように思えてならない。
シュシュは考えこむ僕を胸から離すと、熱っぽい吐息を耳に吹きかけた。
「どうして、ほむら先輩は浮気だなんて言い出したのでしょう? 不思議ですね……これではほむら先輩が、なでなでに邪な気持ちを抱いているみたいではありませんか……♡」
「あっ――」
しまった、と思った時には遅かった。僕の足元には自分で掘った墓穴がパックリと口を開けていて、シュシュが背中をトンと軽く押した。
「ノノさんは無邪気ですよ。純粋になでなでを喜んで、私に甘えてくださっています。でも、先輩は違うのですね? 先輩は私のなでなでに対して、浮気だと思うような感情を抱いてしまっている……まさかとは思いますが、先輩――」
獲物に爪を立てるようにシュシュの指が僕の学ランに食い込む。ノノにマーキングされたばかりの僕の耳に、柔らかい感触が触れる。
部屋にふたりきりなのに、ここにノノは居ないのに、シュシュはひそひそと囁いた。
「――ノノさんというものがありながら、私に興奮されているんですか? ……いけない人ですね♡」
その声で、その言葉で、僕はようやく理解した。シュシュは敵だ。いわゆる悪者ではなくとも、僕とノノにとってはおそらく敵なのだ。
僕がノノとイチャイチャ平和なラブコメディを送るためには、シュシュを退けなければならない。そうでないと、泥沼三角関係サスペンスになってしまう。それは理解しているのだけど――
「だっ……だめぇっ……やめてっ……それだめぇっ、シュシュくっ……っ」
「どうしてですか? 私はただ耳元でお話しているだけですよ? だって、万が一にも他の人には聞かせられないではありませんか。だから、こうやってほむら先輩の耳にくっついて話す必要があるんです……何かおかしいところがありますか? ねえ、先輩……♡」
僕の心はもう、負けたくて負けたくて仕方がなかった。




