胸にぴったりくっついて
五月の中間テストに向けて友達との勉強会を開く生徒は少なくない。僕には縁の無い話だけれど、この時期の教室にはそんな話があふれかえっている。
ノノとシュシュも最近はふたりで勉強会をしていたようだ。本当は僕も混ぜて欲しかったけれど、そんなことを言える勇気は無い。ふたりとは学年も違うし、僕が居ても勉強の邪魔になるだけだろう。
部活も休みなこともあって、しばらくノノに会えていない。あの廊下ですれ違って以来、通話で寂しさを紛らわせるのが関の山だ。
そんな日々を悶々と過ごしていたある日、ノノから勉強会のお誘いを受けた。
『シュシュちゃんがいいよって言ってくれたから、せんぱいもいっしょにお勉強会しよう?』
チャットの一文を見た時の胸の高鳴りは言い表せそうにない。余韻でしばらくは不整脈が止まらなかった。
きっと、シュシュが気を遣ってくれたのだろう。通話の時のノノはいつも寂しげだったから、勉強会でも同じ様子だった可能性が高い。シュシュも見ていられなかったのだ。
かくして放課後、僕の部屋で勉強会を開くことになった。もちろん、僕とノノのいちゃいちゃは無しだ。勉強が目的なのだし、何よりシュシュが居るのだから。シュシュの優しさに仇で返すようなことはしたくない。
僕は前日に雑念の悉くを祓い、入念に部屋の掃除もした。真面目に勉強だけに集中するつもりで今日という日を迎えた。それなのに――
「ほむらさん、どうかされましたか? なんだか、心音がはやくなってきているような……私の気のせいでしょうか? もっと、ぎゅうっと近づけば……やはり、はやいようですね……」
――どうして、僕は密着しているシュシュに心音を聴かれているのだろうか?
「興奮されているのでしょうか。落ち着いてください、ほむらさん。ほら、ゆっくり息を吸ってー……吐いて―……すー……はー……。もっとはやくなってきましたね……」
多少の深呼吸をしても、状況が改善されなければ意味はないだろう。
ノノと違ってシュシュの身長は低くなく、僕と同じくらいはある。学ランの上からでもわかるくらいに身体は大人びていて、何なら僕よりも年上にすら見える。
そんなシュシュに、僕は密着されているのだ。
耳の形がわかるほどに、強く胸に押し当てられて――
花のような良い香りが絶えず鼻腔を刺激して――
学ランの襟の隙間からは、うなじから背中にかけてのなだらかな肌が見え隠れして――
――この状況で落ち着いていたら、そっちの方が怖くないだろうか。
「あ、あの……シュシュ君て、いつもこんな感じなの?」
「こんな感じ、とは?」
「その……距離感が近いというか……」
「そうでしょうか? 異性ならまだしも、同性ならおかしくもないと思いますが……そんなに近いですか?」
「だ、だって、これ以上は近づけないくらいに近いし……」
「そんなことはありませんよ。ほら、このように――」
シュシュの両腕が首に回ってきたと思ったら、ぐいっと引っ張られた。不意のことに抵抗もできず、今度は僕がシュシュの胸に身体を預ける体勢になる。
「ほむら先輩の方から近づく余地が残っていますから、”これ以上”なんて大袈裟です。私の心臓の音、聴こえますか? この音に合わせて、1、2、1、2……落ち着いてきましたか?」
鼓動のお手本を聴かせてくれているつもりなのだろう。シュシュは僕の頭を抱え込むと、ぎゅうっと自らの胸板に押し付けた。
耳越しにシュシュの心臓がどくっ、どくっ、と跳ねているのが伝わる。学ランと、薄い胸と、硬い胸骨の向こう側に、シュシュの命の脈動を感じる。
確かに、これは落ち着くのにはぴったりな音だ。近さも、体勢も、興奮する材料はたくさんあるのに、ただ心音一つ加わるだけで、気分が安らいでいくのを――
「あっ……も、申し訳ありません。その……私の心臓もはやくなってきてしまいましたね……ふふっ」
シュシュの唇から漏れ出た吐息が僕の耳を撫でる。
シュシュの心音に合わせるように、僕の心臓も加速を始めていた。




