密着してもいいのは恋人だけ?
1時間目と2時間目の間の、10分休憩中のこと。クラスメイトに紛れて理科室へ向かっていると、同じく移動中であろう一年生たちと廊下ですれ違った。
一年生と二年生は互いに避け合って廊下をすれ違うが、中には挨拶を交わしたり話し込む者も居た。部活や委員会で面識があるのだろう。
「っ……」
一年生たちのクラスも知らないのに、体がそわついてしまう。居るかもわからないのに、姿を探して視線が泳いでしまう。こんな公衆の面前では挨拶くらいしかできないのに、その一瞬の挨拶すらしたくて堪らない。
「あっ――」
ふわふわのクセっ毛。周囲の一年生と比較しても小さな体格。大きな瞳に無垢な笑顔。
教科書と筆箱を両腕で抱えて、隣の男子生徒と談笑しながらこちらへと歩くノノを、僕は見つけた……ただ、見つけただけだ。
「…………」
僕からノノに声なんてかけられない。ここで話しかけたら、クラスメイトに見られてしまう。
僕とノノは同じ野球部だから、関わりがあること自体はおかしくはない。でも、親しい仲だと……いつも一人な僕が嬉々として話しかけるような仲だと知られたくなかった。
だからといって、素直に諦めることもできないのが僕なんだけれども。
「んっ……んぐっ……ごっ、ごほっ……」
話せなくても、せめて気づかれたい。笑顔だけでも、目線だけでも向けて欲しい。
クラスメイトに不審に思われない程度に身じろぎしたり、咳き込んだり、歩きながらもそれとなく存在感をアピールしてみる。
しかし、ダメだった。存在感の薄い僕が多少強調したところで何の効果も無く、ノノはお喋りに夢中で前を向く気配すらない。
「はぁ……」
期待しなければ、落胆だってしないで済んだのに。ノノに気付いてもらえなかっただけで、気分は地の底まで沈んでしまった。この後の授業が憂鬱で仕方がない。
(楽しそうに、誰と話してるんだろう……あ、やっぱりシュシュ君か)
周防しゅう。
サラサラで艶のある黒髪を後頭部で結って、黒猫の尻尾のように揺らしている。
鼻が高く瞳も切れ長で、二年生と比べても顔立ちが大人びている。
歩く所作は落ち着いていて、隣のノノが無邪気すぎることを差し引いても振る舞いに品がある。
ノノは男性的要素が幼い故に中性的な少年だけど、
シュシュは女性的要素が強い故に中性的な少年だ。
ふたりは正反対だけれども仲が良く、シュシュは僕とノノの関係を知っている唯一の人でもあった。
(いいなぁ、シュシュ君……僕よりも、シュシュ君の方がノノ君といっしょの時間は長いんだろうなぁ……あっ)
僕の視線に気づいたのか、シュシュと目が合った。シュシュは目を細めてニコリと微笑み、ノノに見せるように僕へと指を差した。
ノノが目の前に出されたシュシュの指に注目すると、その視線が滑るように指先へと移動していく。そして指先の延長線上の僕と目が合うと、ノノの顔が一際ぱあっと輝いて――大きく開いたノノの口を、シュシュの手が覆った。
ノノの耳に顔を寄せて耳打ちをするシュシュ。おそらく、目立たないように助言してくれているのだろう。
ノノは少しだけ照れくさそうに頬をかいたあと、シュシュといっしょに小さく手を振ってくれた。
僕もふたりだけがわかるように、小さく手を振って返す。ノノには親愛を、シュシュには感謝を込めて。
シュシュは普段も今みたいに気を遣ってくれているのだろう。ノノには同性での交際を気にしている様子は無く、僕に言われなければ隠す気も無かったくらいなのだから。
ノノにシュシュみたいな友達が居て良かった。今度機会があったらお礼をしよう。
一言も交わすことなく、視線だけを交差させて、僕たちは廊下をすれ違った。
ぴったりと密着した太腿。左肩に寄りかかっている重量感。左手に覆い被さる右手。
スマホの画面を見ていたシュシュは、顔を上げて僕の耳に語りかけた。
「ノノさん、まだかかるみたいです」
「そ、そうなんだ……」
「どうしましょうか、ほむら先輩……もう少し待ちますか? このまま」
「えっ、このまま……?」
「はい……私、何か変なことを言いましたか?」
「いやっ、その……」
シュシュがあまりにも自然だから言えなかったけど、僕の胸中ではさっきからずっと同じ言葉が渦を巻いている。
なんか……近くない?




