すごく硬いものと、柔らかく湿ったもの
「がじっ、がじがじがじ……がぶっ♡ がぶっ、がぶぅ♡ どう? せんぱい、痛い? 痛すぎない? ノノ、ちゃんと噛めてる?」
「うんっ……ちゃんと、痛くできてるっ……できてるよっ」
「そっかぁ……♡ 良かった。でも、もう少しだけ強くするね? 少しだけ、ほんの少しだけだから……せんぱいのお耳噛んでたら、気持ちよくなってきちゃって。なんでかな……ガムとかグミとは違って、こりっ♡ って食感が楽しくて……がじっ♡」
「~~っ」
痛い。痛くないはずが無い。だって、噛まれているのだ。ノノは小さいとはいえ、歯の硬さは変わらない。
耳の神経が歯に押し潰されて、悲鳴を上げるように痛みの信号を放っている。軟骨に歯が食い込んで、へこんだ形で固まってしまいそうだ。中身が出てしまうんじゃないかと思うくらい、耳たぶが潰されている。
痛い。痛い痛い痛い。痛くて、痛くて、痛くて――
「くすっ♡ せんぱい、うれしそうだね? お口がニコってしてるよ?」
――このままでは、狂ってしまいそうだ。
「お耳のこりこりをーはぐっ♡ こりっ♡ こりっ♡ おいひぃ♡ おいひぃよぉ、せんひゃい♡ こーり♡ こーりぃっ♡ やわやわな耳たぶもぉ、がぶぅ♡ やわやわ~♡ がぶっ、がぅっ、がぶうぅ~~っ♡ えへへぇ、あとが残っちゃった……♡ 取れなくなっちゃったらどうしよっか……ねえ、せんぱい♡」
ノノに加減をしてくれる様子は無い。食べ物の咀嚼と同じではないけれど、じゃれ合いの範疇に収まっているかはギリギリだ。
きっと、僕の耳は歯形だらけになっているのだろう。僕がノノに負けたことが、誰が見てもわかるくらいに。降伏して敗北を認めた証が今も一つ一つ耳に刻まれて……僕はそれを喜んでしまっている。
もっと噛んで欲しい。ノノの名前をたくさん書いてほしい。僕から全部を奪って欲しい。
強引に、無邪気に、無理矢理に、わがままに――
――悪意なんて欠片もない笑みを浮かべながら――
――いつも通り僕をノノで塗りつぶして欲しい。
「がぶがぶ♡ あぐあぐ♡ はぐっ……あっ、そうだ!」
僕はその声を知っている。ノノは何か碌でもないことを思いついたようだ。大抵は僕を悶絶させるようなことだけれど、ノノにそんな意識は無い……ただ楽しんでいるだけなのだ。
「ふふ……せんぱい、ちょっとだけ失礼するね? あー――」
ノノが口を大きく開けたことは見なくてもわかった。そのまま勢いよく耳を噛み締めるなんてことは、いくらノノでもしないはず……しないはずだから、どうか僕の心臓には落ち着いていただきたい。
「――むぅ♡」
「ひゃぁっ!?」
突然、僕の耳が閉じ込められた。生暖かくて、湿っていて、とても狭い空間に拉致されてしまった。
「えへへー……どう、せんぱい? おもしろい? どんな感じ?」
ノノが何かを喋っているが、その内容は僕には定かではない。発音がぼやけているし、ひどく反響しているからだ。
ノノは僕の耳を口に含んでいた。唇を耳の付け根にぴったりと付けて、僕の耳を粘膜で包み込んでいた。
「せんぱい? どうしたの? もしかして、これいや? 止めた方がいい?」
「う、ううん? ちがうよっ……そうじゃないよ? ぜんぜん、いやじゃない……」
ノノが離れようとしたのを感じ取ったので、思わず雰囲気で否定してしまった。離れないでと懇願してしまった。
「ね、ねえ、もっとっ……もっといっぱい話してみて欲しいな? こ、このまま……このままで……」
「うん、わかった! やっぱり、おもしろい感じする? ノノもあとでせんぱいにやって欲しいなー♡」
「うんっ……うんっ、そうだね……?」
意味もわからないままに、ノノにそれっぽい相槌を打つ。集中すれば内容も理解できそうだったけれど、僕は今それどころじゃない。
ノノは気付いていない……というより、意識できていないようだ。小さな口で耳を咥えれば、当たり前のように耳と口内が触れ合う。湿っていて、温かい、心地良い感覚に包まれて、全身が包まれているような錯覚さえ覚える。
湿り気を帯びた耳に、喉から漏れた吐息が直接当たる。鼓膜だけでなく、耳全体がノノの声で震え上がる。
そして、何よりも……口の中をチロチロと動く存在が居た。ノノが喋る度に一生懸命動くそれは、時折僕の耳を掠めていく。その瞬間が愛おしくて、待ち遠しくて、僕は空返事を繰り返した。
「せんぱい、お耳痛くない? ノノやりすぎてなかった? あのね、せんぱいのお耳って上っかわがおいしいんだよ。せんぱいにも食べてみてほしいなぁ……♡」
「ふ、ふぅんっ……へぇっ、っ……うんっ、うんっ……そう、なんだっ……~~っ」
ノノが気づいてしまったら、この時間はすぐに終わってしまうだろう。




