いじわるな天使へのラブコール
ハンカチで視界を奪われている中でも、ノノの無垢で、無邪気で、恍惚とした笑みが想像できた。うっとりと目を細めていて、頬を朱に染めていて、歯を見せつけるように笑んでいるのだろう。
本来は親愛の情や楽しさが現れた顔のはずなのに、想像のノノは攻撃的に見えた。お腹を見せて降参する獲物を前にした肉食獣のように。
「せんぱい、噛んじゃうよ? ほら、ここ……ふー♡ わかる? ここだよ、ここ……ふー♡ せんぱいの耳たぶ……柔らかそうだね♡ せんぱいがびく♡ びくびくっ♡ ってするのに合わせて、ぷるぷる♡ ふるふる♡ って揺れてる……かわいい♡ 本当に噛んじゃっていいんだよね?」
「っ……っ!」
「せんぱい? 言葉にしてくれないと、ノノいやだよ? やっぱり無理してるのかもって思っちゃうもん。ノノから隠れるみたいに体をぎゅぅって小さくして、首だけフリフリしてたら嫌がってるみたいに見えちゃう。だからね、せんぱい? ノノの顔をまっすぐに見て、言って欲しいな?」
「あっ――」
シュルシュルと音を立てながら、僕の頭が圧迫感から解放されていく。ハンカチを奪われて、視界を取り戻した僕は、目の前の現実を直視させられる。
傍らに立つノノ。僕よりも背が低くて、腕も細くて肩も小さくて、ふわふわで柔らかそうな……年下の男の子に、僕は今からイジメてくださいと懇願するのだ。
「さあ、せんぱい? 残り時間もあと5分くらいかもよ? 急がないと、最後までできないかも……それでもいいの?」
「うっ……えとっ、そのっ……かっ、かかっ……ぼく、ぼくをっ……」
視線が泳いで焦点が定まらず、口もとろけて呂律が回らない。
無様な僕を見てノノはいつも通り可笑しそうに声を漏らし、
そしていつも通り無邪気に励ましてくれた。
「くすっ♡ 落ち着いて、せんぱい。ほら、ノノをまっすぐに見て……目を逸らさないで……大きく深呼吸だよ。すー……はー……」
ノノが胸を膨らませるのに合わせて息を吸って、
ノノの肩が落ちるのに合わせて息を吐く。
まるで愛の告白をする直前だ。むしろ、愛の告白であって欲しかった。
僕を信じ切った笑みを浮かべるノノ……その信頼に応えるように、僕は懇願した。
「の、ノノ君……噛んで……! 僕のこと……痛くしてもいいから……ノノ君に、痛くして欲しいからっ……おっ、おねがい?」
落ちかけた夕陽を背に受けて立つノノの姿は、天使様のようだった。
天真爛漫で、健気で、愛らしくて……ちょっとだけいじわるだ。
「うん……いいよ♡ それじゃあせんぱい、ノノにお耳をちょうだい? ……うん、ありがとう。これで今だけは、このお耳はノノのお耳♡ ノノが何しても、せんぱいは嫌がったり逃げたりしちゃダメだよ? だって、せんぱいがくれたんだもんね?」
「はっ、はぃ……っ」
「あははっ♡ せんぱい、怖がらなくていいよ? 言ったでしょ? お耳をくれる気持ちだけでうれしいって。ノノはお耳をお借りするだけ……心配しなくてもひどいことはしないし、後でちゃんとお返しするからね? 借りる前よりもキレイにして……ね?」
思わせぶりなノノの言葉に、僕の胸が高鳴った。
「お待たせ、耳たぶちゃん♡ ノノに噛んで欲しくて、ずっと震えてたの? 真っ赤になっちゃってるね……ノノがかみかみして、血行を良くしてあげるねー♡ ……いくよ?」
最後だけは、きっと僕に向けた言葉だった。心の準備ができるように。
3。心の中で、勝手なカウントダウンを始める。
2。ノノが合わせてくれる保証も無いし、そもそも合わせられるはずも無い。
1。でも、もしかしたらと思ってしまう僕も居て――
ぜろ……ほら、やっぱり――
「がぶぅっ♡」
「~~っ!?」
――やっぱり、ノノはいじわるだ。




