痛くしないで――君以外は
「えへへぇ……ごめんね? ちょっとがぶってしたくなっちゃった。でも、痛くないよね? ねえ、せんぱい? 痛くないもんね? だって、せんぱい嬉しそうだもん……♡ もうちょっとだけ、かみかみさせてね? がぶぅっ♡」
「ひぃっ!?」
「あっ、かわいい声だぁ♡ せんぱい、かわいい声出しちゃったねぇ……♡ がまん、できなくなっちゃったんだねぇ……かわいいね♡ がじがじ♡」
人体で最も硬く、鉄よりも硬い歯が、僕の耳に突き立てられる。唇と比べれば少しは痛くて、それが余計に性質が悪い。不快というほどではなく、耐えられないわけでもなく、嫌がることができない……むしろ、その逆だ。
弱い痛みはもどかしくて、むずむずして、心が勝手に焦れてしまう。痛いのは嫌なはずなのに、どうせなら思いっきり噛んで欲しいって思ってしまう。
「かみかみ、かみかみ……♡ せんぱいのお耳、おいしいね♡ こりこりしてて、噛んでると気持ちよくなっちゃう……♡ 耳たぶも柔らかくて、つい……せんぱい? ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、強く噛んじゃだめ? 痛くしないからっ……いい?」
「っ……っ、だ、だめっ……だめだよ」
どうか、理由は訊かないで。困ってしまうから。
「そっかぁ……そうだよね、強くしたら痛いもんね? こうやってぇ、やさしくぅ……かぷっ♡ かじかじ……かみかみ♡ あぐ、はぐはぐ……おいしい♡ せんぱいのお耳おいしいよ……でも、耳たぶはもっとおいしいんだろうなぁ……♡」
ノノは僕の耳を通して、プライドを甘噛みしている。もっといじめてくださいって、僕の方からおねだりするように誘っている。
もちろん、僕の妄想だ。無垢なノノはそんないじわるなことは考えていない。勝手に負けたがっている僕の、都合の良い妄想なのだ。
「そ、そんなに? そんなに噛みたいの? 僕のこと強く……痛いくらいに?」
「ち、ちがうよせんぱい! ノノ、痛いことはしたくないよ? ただ、ちょっと強く噛みたいだけで……その、やっぱり痛いかもだけど……」
「そ、そうなんだ……じゃあ、少しだけ……ほんのちょっとなら、いいよ?」
「えぇっ!? い、いいよせんぱい、無理しないで? ごめんね、ノノがわがまま言ったからだよね。だいじょうぶ、ノノは優しくかみかみするだけで満足だよ?」
言わされてしまう。ノノは優しいから、僕のことが大好きで、大切に想ってくれているから。だからこそ、僕が自分で口にしないと、イジメてもらえない。
「いっ、痛くてもいいよ? ノノ君が相手なら僕はっ……いっ、痛いことされても、嬉しいよ? あっ、でも、ちょっとだけだよ? 痛すぎるのはもちろん嫌で、ただ、ノノ君なら痛くても優しくしてくれるって信じてるから……だから、その……痛くして、欲しいな?」
しどろもどろになって、つんのめりながらも最後まで駆け抜けた僕の告白。声は震えていて、内容も情けなくて、自分で言っていて泣きそうになってしまうくらいのひどい告白。
そんなものを突然聞かされたノノは呆然とした息遣いを漏らし――やがて熱を帯びた吐息を漏らし始めた。
「そっかぁ……♡ せんぱい、本当にノノのこと大好きなんだね……♡ 痛いのも嬉しくなっちゃうくらい……それなら、ノノも応えないとだよね? ノノだってせんぱいのこと大好きだもん。せんぱいに負けないくらい、だいだいだ~いすき♡ だから、せんぱいが痛いのに喜んじゃえるように……ノノ、がんばるね♡」




