尊厳は食べ物ではありません
蹂躙は唐突に。
心の準備をする時間ももらえず、僕は「ひぁっ!?」と情けない悲鳴を漏らしてしまった。
「あははっ、せんぱいの悲鳴かわいいね♡ ひあぁぁって……くすっ、くすくす♡ ノノはちょっとはむってしただけだよ? せんぱいの耳の上部分を、唇でぇ……はむっ♡」
「~~っ」
僕の耳にノノの唇が突き立てられる。唇で噛まれても唇の方が潰れるだけで、僕に痛みは無い。ちょっとした締め付けが気持ちいいくらいだ。
それなのにどうして、僕の体は震えているのか。どうして、手で押さえないと声が漏れてしまいそうなのか。
「ふふっ、せんぱいの体ビクビクしてる。お耳もぴくっ♡ ぴくっ♡ ってしてておいしそう……♡ でも歯は立てないから安心してね、せんぱい。痛いことはしたくないもん。柔らかい唇であむあむってしてるだけだからぁ……あむっ♡」
歯は立てないと、頭では理解できていた。ノノがそんなことをするはずがないと、心は信じていた。ただ、生き物としての本能が、これを捕食だと捉えてしまっていた。
真似事だと言い聞かせてみても、誤認は覆せそうにない。ノノのか弱い力に逆らえず、耳をいいようにされている事実が強すぎる。
これはノノという上位の捕食者からの格付けであり、僕は必死に敗北を認めないように抗うしかない。そうでないと、僕は先輩から食べ物になってしまう。
「せんぱい、声出してもいいんだよ? 人が来たらちゃんと教えてあげるから、ノノにせんぱいの声を聞かせて? がまんしてるカッコいい声かな? それとも、がまんできなくなっちゃったかわいい声? どっちでもいいな……♡ どっちも聞きたいな♡ ほら、せんぱい……はむはむされながら、上手におしゃべりできる? あむっ♡ はむっ♡ んぅっ……もちゅっ、んむっ♡」
軟らかいとはいえ骨なのに。硬さは唇とは比較にもならないはずなのに。まるで折り紙のように、僕の耳の形が変えられていく。
耳の上と下をくっつけるように、折りたたまれて。
耳たぶを唇で挟まれて、ぷるぷると弾かれて。
耳の軟骨をしつこくこねられて、弄ばれて。
唇を押し付けるように、ついばまれて。
今口を開けば、僕は敗北を認めてしまう。僕の意志とは関係なく、体が勝手に認めてしまう。
僕はノノに食べられる側なんだって……そしたら、もうカッコいいなんて言ってもらえなくなるのだろう。
「カッコいい……♡ がまんしてるせんぱい、すっごくカッコいいよっ♡ かわいい声を出さないように、ふーっ、ふーって息を吐いて誤魔化してるのも……しわしわになるくらい目をぎゅぅってつむって耐えてるのも……カッコいい♡ あむっ、はむはむはむ♡ がんばふぇっ、ひぇんはい♡ んむんむ、むぐむぐ♡ がんばえーっ♡ あぐあぐ……はぐっ……がぶっ♡」
「ぁっ――」
信じていた心はあまりにも容易く裏切られた。無邪気ないたずら心か、それとも僕の奥底にあった期待に応えたのだろうか。
どちらにせよ、こんな硬い物を押し付けられて、負けないでいられるはずがない。
唐突に始まった蹂躙は、終わりもまた唐突だった。これから始まるのは、敗者への調印の儀式だ。一生ノノには逆らえない、被捕食者としての契約を結ばされる。
僕にできるのは、精一杯の嫌がるフリだけだろう。




