そのキスが意味する暗示は誘惑
「はっ、早くっ……はやくっ」
「くすっ、せんぱいってば、おやつを前にしたワンちゃんみたいだね。前足で乗っかってきて、フスフス鼻を鳴らしておねだりしてるワンちゃん……かわいいね♡ 慌てないで、せんぱい。チャイムは鳴っちゃったけど、まだ10分くらいは大丈夫だもん……よかったね、せんぱい。10分もあるんだよ……♡」
10分とだけ聞くと短いけれど、10分もノノにいじわるされると思うと長すぎる。はたして僕は10分後まで、ノノの先輩のままで居られるのだろうか。
僕の不安と期待に追い打ちをかけるように、ノノは無邪気な顔をしながらポンと手を叩いた。
「そうだせんぱい! これも着けてあげるね! おめめを隠してれば、キョロキョロしないでお耳に集中できるでしょ?」
返事を待たずに、ノノは白いハンカチを僕の顔に巻き始めた。薄っぺらなハンカチ一枚に負けてしまう目……脳はそんな役立たずからリソースを取り上げて、代わりに聴覚へと注ぎ込んでいく。
鋭敏で過敏になった耳は何でも過剰に感じ取ってしまう。学ランの衣擦れも、なんてことのない吐息も、唇が鳴らすリップノイズも。僕の体内の方がずっとうるさいのに、耳はノノの音ばかり拾っていた。
鼻先が耳に掠るくらいノノが近くに居ることだって、手に取るようにわかった。
「お待たせ、せんぱいの右耳さん♡ 寂しかった? それとも怖いのかな? これから食べられちゃうよーって、だから震えてるの? それとも……早くちゅってして欲しくて仕方ない? くすっ、かわいい♡ ほら、もうすぐだよー……どんどんお口が近づいていって、もうノノの声しか聴こえない距離でしょ? 安心して、せんぱい。かわいいせんぱいはノノだけのせんぱい……だから今のノノも、せんぱいのだけのノノだもん♡ ふたりだけでいいの。ふたりきりで、ふたりだけを感じればいいの……わかったら、お返事して? ノノが欲しい言葉、ちゃんとわかるかな?」
わからないはずがない。だって、僕は素直になればいいだけだから。自分を全部晒せば……えっちな部分だけは省いて晒せば……ノノは褒めてくれるって、何度も教えられたから。
「好き……大好き……僕は、ノノ君のことが好きです。好きで、好きでっ……好きっ、すきぃっ。ノノ君、ののくんっ……すきぃっ、しゅきぃっ」
トロトロに蕩けてしまった僕の告白を、ノノは笑った。堪えきれないという風に、心底嬉しそうに、可笑しそうに。くすくすと、けらけらと。
「せんぱい、ちょっと必死すぎるよ……♡ そんなにノノのこと好きなの? お口がふやけちゃうくらいに……? くすっ……ふふっ……♡ ありがとう、せんぱい。ノノ、とっても嬉しい……ちゅっ♡」
柔らかくて温かいものが右耳に触れた。それはぷっくり膨らんだ形状で、少しの潤いも感じられて、欲しくてたまらなかったものだった。
「いっぱいしてあげるね♡ ちゅっ♡ ん、ちゅっ……ちゅー♡ 長くされるのがいい? こうやってぇ……んー、ちゅうぅ――って♡ それとも、短く何度もして欲しい? ちゅっ♡ ちゅ♡ んっ♡ ちゅー♡ あははっ、どっちも嬉しそうだね、せんぱい♡ でも、ちょっともったいないかな? くんくん♡ すんすん♡ せんぱいの匂いがどんどん消えていっちゃいそうで……でも、せんぱいからノノの匂いがするのも、それはそれで嬉しいかも……♡」
耳の形の型を取るように、長く強く唇を押し付けられて、思わず息が止まって縮こまってしまう。
耳に感触を覚えさせるように、何度もしつこくキスされて、声も空気も全部が体内から漏れ出てしまう。
きっと耳が脳に近すぎるせいだ。キスの度に暗い視界の中で火花が散って、熱くて、眩しくて、何も考えられない。言葉になり損ねたおねだりを唇の隙間から漏らすことしかできない。
耳にキスをされる度に、僕の心と体に一生消えることのないスタンプが押されていく。僕の中が、ノノの所有物になっていく。
「ちゅっ♡ ちゅぅっ♡ せんぱい、嬉しい? ノノにキスされて嬉しい? うんうん、そっか……何言ってるかわかんないや♡ でもでも、せんぱいが喜んでくれてるのはわかるよ。せんぱいが喜んでくれてノノも嬉しい……♡ それじゃあ、いただきまぁす♡」




