せんぱい、大満足……?
「いいよー、じゃあもう一回――」
「あっ、待ってノノ君! その、今度はゆっくりというか……じっくりしてもらいたくて……いい?」
「ゆっくり……? じっくり……? キスを……?」
時計の秒針が回るように首を傾げるノノ。1時を回った辺りで上半身全体が傾き始めて、最終的には4時くらいの角度から僕の顔を見上げていた。
「……どうやって?」
「どうって……ただ、長くキスしてくれたらいいんだけど……難しい?」
「んー、せんぱいの思ってるとおりにできるかわかんないけど、やってみるね? 座って、せんぱい」
温もりの残る椅子に半ば無理矢理に僕を座らせて、ノノはその左隣に立った。膝に手を置きながら中腰の姿勢を取っていて、僕が少し首を回すだけで視界がノノでいっぱいになってしまう。
「せんぱい、前向いてないとダメだよ! こっち向いちゃダメ! うん、おっけー。それじゃあ、お顔失礼しますね? ……ふー♡」
「ひゃっ!?」
思わず顔を向けると、ノノは少しだけ唇を尖らせていた。それはキス待ちの顔にも似ていて、僕はしばし見惚れてしまう。
「あっ、こっち見ちゃダメなのに!」
「ごっ、ごめん……つい……」
「せんぱい、謝ってるのは口だけで今もずっと見てるよ? もう、そんなに見られたら恥ずかしくなってきちゃうよ……キスしてあげないよ?」
「やっ、やだ!」
「ぷふっ……せんぱい、赤ちゃんみたいだよ? ちゃんと前向いていられまちゅかー?」
「うっ……はっ、はいぃ……」
「はい、いいこでちゅよー。そのままじっとしていてくだちゃいねー……ふー♡」
幸か不幸か、ノノは僕への赤ちゃん扱いを気に入ってしまったらしい。年下で子供っぽいノノに赤ちゃん扱いされるなんて、普通なら怒ってやめさせるべきなのだろう。
「ふー♡ ふぅー♡ キレイになってきまちたよー。キスの前に、もう少しだけきれいきれいにしまちょうねー……ふー♡」
ノノは僕からの懇願を、丁寧なキスと解釈したらしい。今は美容師が髪を切る前に櫛を通すようなものだろうか。優しく、それでいて執拗に頬に吐息を吹きかけられていると、これからここにキスされるということを強く意識させられてしまう。
想像のずっと斜め上の展開に、僕は恥ずかしさと情けなさ、そしてほんのちょっぴりだけの興奮でどうにかなってしまいそうだった。
「はい、おしまい♡ せんぱいのほっぺ、キレイでカッコいいほっぺになりまちたよー♡ 匂いも……くんくん……すんすん……うん、カッコいい♡ ……カッコいい匂いって何だろうね? あははは」
自分で自分の言葉に笑ってしまうノノ。しかし僕にはもうその可笑しさが理解できない。ノノにキスのことしか考えられないようにされてしまったから。
「それじゃあ、ちゅっちゅって、ちまちゅよー? ちゅー――」
早く、早く早く、早く。自分からほっぺを押し付けたくなってしまうのを、ぎゅうっと身体を抑えつけることで我慢する。両目を瞑った暗闇の中で、すぐ傍のノノの気配だけを感じてその瞬間を待つ。
「――ちゅっ♡」
触れた。さっきと同じ、僕の頬に柔らかいものが触れた感触……それが今度は、止まるどころか何度も繰り返された。
「ちゅっ♡ ちゅぅっ♡ ちゅぅ~~っ♡」
柔らかな頬が、もっと柔らかい唇によって変形する。触れては離れたり、跡をつけんとばかりに強く押し付けたり。文字通りノノは唇で僕の頬を弄んでいた。
「ちゅっ……んぅ、ちゅ♡ ちゅっ、ちゅぅっ……ちゅぅ~~♡」
一生分のキスをしてもらえたと思えるくらい濃密で、でもまだ物足りないとも思えてしまう時間が過ぎた。
ノノは最後に挨拶のような軽いキスをして、僕の視界にぴょこんと現れた。
「ちゅっ♡ はい、おしまい……どうかなせんぱい。ノノ、ちゃんとせんぱいの言う通りにできた?」
「う、うん……ありがとう……満足できたよ……」
ただほっぺにキスされただけのはずなのに。直接エネルギーを吸い取られたように、僕の体は疲労困憊だった。
「あははっ、せんぱいくたくただね。せんぱいはキスされてただけなのに、どうしてそんなになっちゃってるの? お耳も真っ赤……ふー♡」
「ひぅっ!」
僕の情けない反応にケラケラと笑うノノ。
それは、ノノにとってはただのいたずらだった。
でも僕にとっては、更なる欲望のスイッチだった。
「ね、ねえノノ君……み、耳にも……して欲しいな?」




