【17-2】トロイの木馬作戦
「なるほど。フェルディナント公爵の屋敷に潜入したい、と」
ヴィンチは顎髭を撫でながら、三人の話を聞いていた。 護が「モデルの約束は果たしたぜ! 頼むよ、親父!」と食い下がる。
「面白い! 実にドラマティックだ! 悪徳貴族の屋敷に忍び込む英雄たち……創作意欲が刺激されるシチュエーションだね」
ヴィンチはニヤリと笑った。
「公爵は私の作品を多数購入してくれる、重要なパトロンだ。そして偶然にも、近々、公爵邸に新作の『巨大な戦士の彫像』を納品する予定がある」
「それだ!!」
護が指をパチン!と鳴らす。
「その彫刻の中に紛れ込んで、俺たちを屋敷に連れて行ってくれ!」
「バカ言え。彫刻の中にどうやって入るんだ。くり抜くのか?」
カゲロウが冷静に突っ込むが、ヴィンチは「ふむ」と考え込んだ。
「通常なら不可能だが……今回の彫像は、中空構造にする予定だった。補強さえしっかりすれば、人間一人が入るスペースは確保できるかもしれん」
「マジか! さすが芸術家!」
「だが、それは難しい相談だ。公爵の屋敷への納品は、家人が直接このアトリエまで受け取りに来る上、警備も非常に厳重だ。中身が入っていることがバレれば、私もただでは済まない」
ヴィンチが難色を示すと、護はさらに身を乗り出した。
「そこを何とか頼むよ、ヴィンチの親父! 俺たち、どうしても奴を止めなきゃならねえんだ! あいつに操られているやつを助けたいんだよ!」
護の真剣な眼差し。 ヴィンチはしばらく護を見つめていたが、やがて口元を三日月のように歪めた。
「……よろしい。協力してしんぜよう」
「本当か!?」
「ただし、条件がある」
ヴィンチは人差し指を立てた。
「君には、これからも私のモデルとして、定期的にこのアトリエに通ってもらう。君という最高の芸術品を、私が納得いくまで描き続ける権利をもらう。それが、君が支払うべき対価だよ」
それは、護にとって断る理由のない、しかし一生付きまとわれるかもしれない悪魔的な契約だった。
「おう、いいぜ! 俺の筋肉が芸術になるなら、本望だ! いくらでも描いてくれ!」
「交渉成立だ!」
◆
数日後。作品納品の日。 ヴィンチのアトリエに、公爵家の家令と、屈強な私兵たちが彫刻を受け取りにやってきた。 アトリエの中央には、布で覆われた巨大な彫像が鎮座している。
ヴィンチは家令に対し、もったいぶった態度で切り出した。
「この作品について、ぜひ公爵閣下に直接ご説明したいのですが」
「申し訳ありません、マエストロ。公爵閣下はお忙しい身。作品だけをお預かりします」
家令は事務的に断る。しかし、ヴィンチは引かない。芝居がかった口調で、言葉巧みに家令の不安と功名心を煽る。
「おや、それは残念だ。この作品は、光の当たり方ひとつで表情を変える、私の最高傑作。設置場所の微調整や、光の加減についての口伝が必要不可欠なのです。もし、適切な設置ができず、作品の真価が損なわれたとしたら……公爵閣下は、さぞお嘆きになるでしょうな。その責任、あなたご自身が取られるので?」
「うっ……」
家令の顔色が変わる。公爵の芸術への執着は有名だ。機嫌を損ねれば、自分の首が飛ぶかもしれない。
「……分かりました。一度、屋敷の方へお越しください。閣下にお目通りできるよう手配いたします」
「感謝します」
ヴィンチは優雅に一礼した。 そして、搬出作業が始まる。私兵たちが、巨大な戦士の彫刻を持ち上げようとして、顔を真っ赤にした。
「ぐぬぬ……! なんだ、これ!? クッソ重いぞ!」
「大理石の塊とはいえ、ここまで重いか……!?」
「おい、手を貸せ! 落とすなよ!」
男たちが総出で、脂汗をかきながら彫刻を荷車へと運んでいく。 その中には、息を潜め、極限まで体を縮こまらせた護が入っているのだ。120キロの筋肉が詰まっているのだから、重いのも当然である。
「(く、くるしい……鼻が痒い……!)」
護は必死に耐えていた。
◆
公爵邸の応接間。 ヴィンチは、弟子を装ったカゲロウとメルを連れ、公爵との面会を果たした。
「ほう、ヴィンチ殿。今回は、お弟子さんもご一緒かな?」
公爵が、値踏みするように二人を見る。 カゲロウは無精髭を剃り、髪を整え、画材道具を抱えた寡黙な弟子を演じている。メルもまた、薄汚れたスモックを着て、おどおどとした使い走りの少年のふりをしていた。
「ええ、弟子というより、荷物持ちですかな。それよりも閣下、今回参上いたしましたのは、新作のご紹介もさることながら、以前納品させていただいた、わたくしの可愛い子供たち(作品)が、このお屋敷で元気にしているか、顔を見に来たのです」
ヴィンチの話術が炸裂する。
「必要であれば、修正も加えさせていただきたいと思いまして。つきましては、夜明けの光、日中の光、そして夜のランプの光……それぞれの光の下で、子供たちの表情を確かめたいのです。今宵一晩、お屋敷に泊めていただくことは、かないましょうか?」
「はっはっは、さすがはヴィンチ殿だ。作品への愛情が違う。よろしい、客室を用意させよう。存分に、芸術の神髄を追求したまえ」
芸術への理解者を気取る公爵は、上機嫌でヴィンチたちの宿泊を快諾した。
◆
夜。公爵邸のゲストルーム。 豪華な部屋に通された三人は、家令が出ていくのを確認すると、ようやく一息ついた。
「はぁ……息が詰まるかと思った。あの公爵の、ねっとりとした視線、実に不愉快だ」
メルが窮屈な変装を解く。
「上手くいったな」
カゲロウも荷物を下ろす。 そこに、ヴィンチが静かに入ってきた。いつもの派手さはなく、真剣な眼差しだ。
「さて、諸君。わたくしにできるのは、ここまでです。あの『彫像』は、中庭の回廊に設置させました。……中身の彼が、酸欠で倒れていなければいいのですが」
ヴィンチは、ニヤリと笑った。
「ここから先は、あなた方『冒険者』の仕事。……せいぜい、わたくしの芸術的な計画を、台無しにしてくれるなよ?」
ヴィンチはウインクを残し、部屋を出て行った。 部屋に残されたカゲロウとメル。そして、屋敷のどこかに「置物」として潜んでいる護。 三人の、公爵邸攻略作戦――「トロイの木馬」作戦が、今、静かに幕を開けた。
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