【16-2】氷解する心と、愚直なる誓い
「……あの鎧騎士。お前の知り合いか?」
重苦しい沈黙を破ったのは、カゲロウだった。 彼は壁際から動かず、部屋の隅でうずくまるセラフィーナに鋭い視線を向けていた。冷徹に聞こえるその問いかけは、しかし彼女の膿を出すためのメスのような鋭さを持っていた。
その一言が、引き金となった。 セラフィーナの肩が大きく跳ねる。閉ざされていた唇がわななき、堰を切ったように彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「……あ……ぅ……」
嗚咽と共に、途切れ途切れに語られる過去。それは、彼女が一人で背負い続けてきた十字架の物語だった。 あれは五年前。まだ彼女が騎士見習いだった頃のこと。王都の下層街で発生した「朱の市場暴動」。食糧難に喘ぐ民衆の怒りが爆発し、街は炎に包まれた。
「地獄……でした。燃える家、逃げ惑う人々……。なのに、上層部は政治的な駆け引きばかりで、騎士団の出動命令を出さなかったのです」
そんな中、たった一人、命令を無視して飛び出した騎士がいた。 アーサー・グライドウェル。セラフィーナが誰よりも尊敬し、その背中を追い続けた先輩騎士。
『セラ、怖がることはない。俺たちが、守るべきもののために剣を振るう。騎士とは、そういうものだろう?』
彼はそう言って笑い、たった一人で暴徒と魔物の群れの中に飛び込んでいった。 燃え盛る炎の中で、子供たちを庇い、散っていった彼の最期を、セラフィーナはその目で見ていたはずだった。彼こそが、彼女の「正義」の象徴だったのだ。
「先輩は……あの日、民を守って死んだはずでした。誇り高い、騎士として……!」
セラフィーナは、自分の腕を抱きしめ、爪を立てて叫ぶ。その声は悲痛に満ちていた。
「なのに……あんな……あんな姿に……! 心も、誇りも奪われて、ただ殺戮を繰り返すだけの人形にされて……! わたくしは……彼が変わり果てた姿になっても、何もできなかった……! 逃げることしか、できなかった……! 騎士失格です……!」
絶叫に近い彼女の慟哭が、狭い部屋に響き渡る。 誰もかける言葉が見つからない。あまりにも救いのない現実に、メルも顔を歪めて俯いた。
その時、軋むベッドの音がした。 護が立ち上がったのだ。彼は痛む体を引きずりながら、セラフィーナの前に歩み寄った。そして、その大きな手のひらで、彼女の頭を――クシャっと、少し乱暴に、けれど壊れ物を扱うように優しく、掴んだ。
「……っ?」
驚いて顔を上げたセラフィーナの視界いっぱいに、護の顔があった。 そこには、同情も、憐れみもない。ただ、どこまでも穏やかで、揺るぎない太陽のような光があった。
「よく分かんねえけどよ」
護の声は、腹の底に響くように力強かった。
「あんたが、そいつのこと、すげぇ大事に思ってたのは分かった。だったら、話は簡単だ」
護は、ニカっと笑った。
「俺たちが、あいつを取り戻しに行けばいい」
「……な、何を……」
「あんたの先輩を、あんな操り人形にしてる公爵も、その裏にいるモルゴーって奴も、俺はぜってぇ許さねえ。あんたの先輩がどんな奴だったか、俺は知らねえよ。けどな……」
護の手が、セラフィーナの涙を不器用に拭う。その指先はゴツゴツとしていて、温かかった。
「あんたが泣いてる顔は、見たくねえんだよ」
理屈じゃない。損得でもない。ただ「泣いている女の子を助けたい」。その単純すぎる動機が、今のセラフィーナには何よりの救いだった。
「だから、今は休んでろ。あとは、俺たちに任せとけ。必ず、連れ戻してやるからよ」
その言葉は、どんな慰めよりも温かく、セラフィーナの凍てついた心に火を灯した。彼女は、護の服の裾を握りしめ、子供のように泣きじゃくった。それは、絶望の涙ではなく、再生のための涙だった。
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