【10-2】砕かれた日常、そして再生
ある夜のことだ。 研究の見学をしていたボクは、一人でどこかへ向かうモルゴーの姿を見つけた。 胸騒ぎがした。あんなに遅い時間に、研究所の奥へ向かうなんて。好奇心と、得体の知れない不安に駆られ、ボクは音を立てないように慎重に彼の後を尾行した。
モルゴーは、研究室の最奥にある資料室へ入り、本棚の隠しスイッチを操作した。 ゴゴゴ……と重い音を立てて、壁が開き、地下へと続く階段が現れる。 彼はその闇の中へと消えていった。
ボクは、少しだけ開いた扉の隙間から、中へと滑り込んだ。 そこに広がっていたのは、地獄だった。
鼻を突く、強烈な鉄錆と腐敗の臭い。 壁には、無数の魔物が、まるで標本のように張り付けにされ、生きたまま解剖されていた。床に転がる狭い檻の中には、魔物だけでなく、人間らしきものの姿も見える。 そして、部屋の中央にある巨大な円筒形の水槽には、様々な生物の部位を無理やり継ぎ接ぎした、冒涜的な合成獣が、緑色の溶液の中で蠢いていた。
恐怖で、声も出なかった。足が凍り付いたように動かない。 見てはいけないものを見てしまった。
「メル! こんな所にいたのか!」
その時だった。ボクを探しに来たパパとママが、隠し部屋に入ってきたのだ。 そして、彼らもまた、その惨状を目撃してしまった。
「モルゴー博士……! これは、一体どういうことです!?」
パパの声が裏返る。 その問いに、モルゴーは驚く素振りも見せず、心底うんざりしたように振り返った。
「ああ、見つかってしまいましたか。静かな研究室は、どうも性に合わなくてね」
「ふざけるな! この地獄のような光景はなんだ! 我々は、魔物と人類が共存するための『魔物避けの魔石』を開発するために、このプロジェクトに参加したはずだ! こんな、生命を冒涜するような研究のために来たのではない!」
パパの激しい非難に、モルゴーは冷ややかに肩をすくめた。
「だから、君たちは凡人なのだよ。生命とは、あるがままを愛でるものではない。支配し、作り変え、超越するからこそ価値がある。君たちも、私の崇高な『理想』を理解できないのか」
モルゴーは、失望のため息をつくと、まるで虫を払うかのように冷酷な命令を下した。 彼がお気に入りのキメラが、水槽を突き破り、パパとママに襲いかかる。
「安心しろ。あの子供も、後で綺麗に解剖して、私の実験に使わせてもらう。君たちの才能は、私の糧となって生き続けるのだよ」
絶望的な光景の中、ママがボクを庇うように抱きしめた。 パパは、最後の力を振り絞り、研究していた魔石を暴走させた。
『メル……生きなさい……!』
最後の言葉と共に、視界が真っ白な光に包まれた。 凄まじい爆発と衝撃。ボクの意識は、そこで途絶えた。
次に気がついた時、ボクはアウレリア師匠の腕の中にいた。 周囲は、燃え盛る研究所の残骸。黒い煙が空を覆い隠していた。
「パパは……? ママは……?」
師匠は、何も答えず、ただ強く、痛いほどにボクを抱きしめるだけだった。 その温もりと、焦げ臭い匂いの中で、ボクは全てを悟った。
その後の数ヶ月、ボクの世界からは、光も、音も、匂いも消えた。 心を固く閉ざし、一言も話さなくなった。錬金術の道具を見るだけで、吐き気がした。あんなものがあるから、パパとママは死んだんだ、と。
師匠は、そんなボクを責めもせず、急かしもしなかった。 ただ静かに、毎日温かい食事を用意し、夜は物語を読み聞かせ、優しく髪を梳かしてくれた。
ある日、師匠はボクを自分の研究室に連れて行った。 ボクは嫌がったが、師匠は無理強いせず、ただ見ていてほしいと言った。 そこは、モルゴーの地獄のような実験室とは違い、ハーブの優しい香りと、鉱石の放つ穏やかな光に満ちていた。パパとママの研究室と同じ、懐かしい匂い。
師匠は、ボクの目の前で、透明な液体に特殊な花の蜜を数滴垂らした。 すると、液体の中で、光の粒が集まり、美しい花の形の結晶がゆっくりと生まれていった。
「錬金術は、何かを壊すためだけにあるのではありません。こうして、美しいものを創り出すこともできるのです。……あなたのご両親が、愛した世界です」
その光景に、ボクの凍てついた心が、音を立てて溶けていった。 瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、あの日以来、初めて流す涙だった。
その日を境に、ボクは再び錬金術の道を歩み始めた。 両親が目指した、「誰かを救うための錬金術」を、今度こそ自分の手で証明するために。
お読みいただきありがとうございます!
もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、 ページ下の【☆】マークから評価や、ブックマーク登録をしていただけると、作者のモチベーションがマッハで上がります! (感想もお待ちしています!)
★更新予定 毎日19時に更新します。ストックはあるつもりなので、安心してお付き合いください。




