【9-4】太陽の約束
護は、黙って聞いていた。 難しい政治の話や、国家間の事情なんてものは、よく分からない。 だが、目の前の女性が本気でメルを心配していること、そしてメルが今、独りぼっちで泣いていることだけは、痛いほど分かった。
「……難しいことは、よく分かんねえ」
護は、あぐらをかいた膝をパンと叩いて立ち上がった。その瞳には、いつもの能天気さはなく、静かで熱い決意の炎が宿っていた。
「けどよ、俺はあいつに言ったんだ。『大丈夫だ、お前のことは俺たちが絶対守る』ってな。男に、二言はねぇよ」
迷いのない、真っ直ぐな言葉。 それは、理屈や損得を超えた、護という人間の根源的な強さだった。
カゲロウもまた、静かに立ち上がり、刀の鯉口を親指で弾いた。
「……そのモルゴーという男が纏う臭いは、俺も知っている。己の欲望のために、他者を踏みにじることを何とも思わない……そういう下衆の臭いだ。俺には、そいつらに返すべき借りがある」
復讐に生き、過去に囚われてきた剣士。彼だからこそ、メルの痛みが分かるのだろう。
二人の覚悟を見たアウレリアは、張り詰めていた糸が切れたように、ふっと表情を和らげた。 その顔に浮かんだのは、涙混じりの、しかし美しい聖母のような微笑みだった。
「……やはり。私の目に、狂いはなかったようですね」
「へ?」
「実は、ギルドからあなた方の話を聞く前から、一度だけ、街であなたを……護さんをお見かけしたことがありました」
アウレリアは、懐かしむように護を見る。
「これだけ永い時を生きてきましたが、あなたほど大きく、そして……温かい気を放つ人間は、見たことがありませんでした。まるで、歩く太陽のようだと……そう、思ったのです」
アウレリアは、護の大きな手に、自分の震える手を重ねた。
「だから、コーラルさんからあなたの話を聞いた時、すぐに『この人なら』と確信いたしました。……どうか、あの子を。メルを、よろしくお願いいたします」
「任せとけって! 必ず連れ戻してくる!」
護はニカっと笑い、アウレリアの手を力強く握り返した。 カゲロウが、玄関の方へと歩き出す。
「……行くぞ、護。夜になる」
「おう! ……あ、そうだアウレリアさん。メルはどこに行ったか分かるか? あいつ、足速いからな」
護の問いに、アウレリアは窓の外、海の方角を指差した。
「あの子が心を乱した時、いつも一人で行く場所があります。港を見下ろせる、西の岬です。そこに、一本だけ大きなクスノキがあります。……きっと、その下にいるはずです」
「西の岬の、クスノキだな! 了解!」
護とカゲロウは、アウレリアに見送られ、夜の帳が下りたマリーナの街へと駆け出した。
護の心の中には、ただ一つの想いがあった。
(メル……)
ただの生意気なガキだと思っていた。 口が悪くて、態度のデカい、天才少年だと。 だが、あいつは背負っていたんだ。俺なんかじゃ想像もつかないくらいの、重くて暗い過去を。
(待ってろよ。俺が……俺たちが、絶対にお前を、その悪夢から救い出してやるからな)
夜風が、二人の背中を押すように吹き抜けた。 本当の冒険は、ここから始まるのだ。
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