【9-2】師の告白
夜の帳が下りる頃、一行はマリーナの街外れにあるアウレリアの邸宅へとたどり着いた。 扉を開けたアウレリアは、三人のただならぬ雰囲気を一瞬で察知したようだった。
「……お帰りなさい。無事だったようですね」
静かな声で招き入れられるまま、三人はリビングへと入る。 ハーブティーの香りが漂う穏やかな空間。しかし、今のメルにはその安らぎさえも棘のように感じられた。
バンッ!
メルは、震える手で握りしめていた羊皮紙を、テーブルに叩きつけた。
「師匠! 説明してください!」
その声は悲鳴に近かった。
「これは一体どういうことですか! なぜ、あんな辺鄙な洞窟に、あの男の研究メモがあるんですか! この筆跡、この術式の癖……見間違うはずがない!」
アウレリアは、テーブルの上のメモに視線を落とす。そこに記された歪な紋章を見た瞬間、彼女の美しい翠色の瞳が、悲しげに揺れた。
「……やはり、あの子の仕業でしたか」
観念したような、重い溜息。 護が、二人の間に漂う不穏な空気に割って入る。
「なぁ、アウレリアさん。さっきから言ってる『あの男』とか『モルゴー』ってのは、一体誰なんだ? アウレリアさんの知り合いなのか?」
アウレリアは静かに頷き、メルを、そして護たちを見据えた。
「ええ。……隠していてごめんなさい、メル。ドクター・モルゴーは……わたくしが遥か昔に教えを授けた、数多の弟子の一人なのです」
「――ッ!?」
メルの喉から、空気を飲むような音が漏れた。 時間が止まったかのような静寂。
「彼は、誰よりも才能に溢れていました。わたくしの知識をスポンジのように吸収し、瞬く間に頭角を現した。……しかし、その才能を、彼は間違った方向へ使ってしまった。生命の理を捻じ曲げ、弄ぶ、禁断の研究へと」
アウレリアの声は、悔恨に震えていた。
「わたくしは彼を破門しました。二度とわたくしの前に現れるな、と。ですが……その時にはもう、手遅れだったのです。彼という怪物を、世に解き放ってしまった後でした」
「な、なぜ……」
メルの唇がわななく。
「なぜ、そのことを今までボクに黙っていたんですか!? ボクの両親を殺した男が、まさか師匠の弟子だったなんて……! どうして一言も……!」
「メル、それは……」
アウレリアが手を伸ばそうとするが、メルはそれを拒絶するように後ずさった。
「あなたに、復讐という呪いを背負わせたくなかったのです」
アウレリアは、伸ばしかけた手を力なく下ろした。
「憎しみは、人の心を蝕む猛毒です。わたくしは、かつての弟子の過ちを、あなたに繰り返してほしくなかった……。あなたには、その類稀な才能を、誰かを傷つけるためではなく、誰かを救い、未来を創るために使ってほしかったのです」
それは、師としての、親代わりとしての、偽らざる本心だった。 だが、アウレリアはそこで一度言葉を切り、さらに震える声で、胸の奥底に隠していた本当の恐れを吐露した。
「……そして、何よりも。わたくしが彼の師であったという事実を知ったあなたが、わたくしを軽蔑し、憎むことを……怖れていたのです」
賢者と呼ばれる彼女が見せた、あまりにも人間的な弱さ。
「真実が、あなたとわたくしの間にある絆を、壊してしまうのではないかと……。そう思うと、どうしても言い出せなかった。……わたくしは、卑怯者です」
アウレリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。 しかし、その告白は、今のメルにはあまりにも残酷だった。信じていた世界が、足元から崩れ去っていくような感覚。
「そんなの……勝手だ……!」
メルは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でアウレリアを睨みつけると、弾かれたように背を向け、邸宅を飛び出していった。
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