【8-1】祭壇の守護者
三人は、洞窟の最奥手前にある巨大な広間に立っていた。 天井からは光脈石がシャンデリアのように輝き、広場全体を青白く照らしている。その光景は静謐でありながら、どこか肌を粟立たせるような異常さを孕んでいた。空気そのものが重く、濃密な魔力が渦巻いているのが、素人の護でさえ感じ取れるほどだ。
「なんだ、この魔力の濃さは……。月光苔の生育に必要なレベルを遥かに超えている。それに、この祭壇……。文献にも、ギルドのどの調査報告にも、こんなものは存在しなかった。明らかに、後から誰かが設置したものだ」
メルは、広場の中央に鎮座する異様な祭壇を睨みつけた。そこに刻まれた文様は、古のエルフの様式とも、ドワーフの幾何学模様とも違う。彼女の膨大な知識の引き出しにも存在しない、未知の術式だった。 メルは警戒を露わにしつつ、調査のために祭壇へと歩み寄ろうとする。
「なあ、メル。調査もいいけど、さっさとあの扉の向こうに行って、苔を採って帰ろうぜ。なんか、ここ、嫌な感じがするんだ」
護の言葉に、メルは足を止め、一瞬考え込んだ後、小さく頷いた。 彼女もまた、この広間の異常な雰囲気を肌で感じていたからだ。学者としての探究心よりも、生物としての生存本能が警鐘を鳴らしている。
「……それもそうだね。脳筋の言うことを聞くのは癪だけど、長居は無用だ。早く採取して帰ろう」
メルはそう言うと、最奥へと続く巨大な扉に向かって歩き出した。 メルが、その扉に手をかけようとした瞬間、護が「待った!」と大声で制止する。
「な、何だい、急に!」
「ゲーム的な考えでいくと、こういうのは絶対罠だ!」
「ゲーム……? 何を馬鹿なことを……。第一、さっさと帰ろうと言い出したのは君だろう?」
メルは呆れ返るが、護は至って真剣だった。
「ボス部屋の前の、だだっ広いだけの何もない部屋! そして、やけに分かりやすい場所にある扉! これは、扉に触ると罠が発動するっていう、お約束のパターンなんだよ! アクションゲームなら床が抜けたり、RPGならボスが降ってきたりするんだ!」
「非科学的で、非論理的だ。この祭壇の構造上、扉と連動した魔術的トラップなどありえない」
メルは護の主張を一蹴する。しかし、護は頑として譲らない。 見かねたカゲロウが、二人の間に割って入るように呟いた。
「……好きにさせろ。どうせ、こういう時のこいつの勘は当たる。それに、力任せに罠を作動させるなら、こいつほど最適な『罠解除役』はいないだろう」
カゲロウの言葉に、メルは不満げに鼻を鳴らしたが、しぶしぶ引き下がった。二人は護から距離をとり、安全圏から様子を見守ることにする。
◇
護が、慎重に、かつ大胆に扉へ手を伸ばし、押し開けようとした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……!
地響きと共に、洞窟全体が激しく揺れ始めた。 三人の足元、広場の床全体に、今まで隠されていた巨大な魔法陣が幾重にも重なって浮かび上がり、紅い光を放ち始める。
「なっ……!?」
「言った通りだろ!」
光は、広場中央の祭壇へと収束していく。 そして、祭壇の上に、今まで見たこともないような存在が具現化する。滑らかな白い装甲を持つ、美しい人型の巨体。それは、神殿に飾られる彫像のように荘厳でありながら、同時に生命感のない不気味さを漂わせていた。 白いゴーレムだ。 三人が突然の出来事に固まっていると、白いゴーレムの頭部が、機械的な音を立てて護の方を向く。 次の瞬間、その巨体からは想像もできないほどのスピードで、護に襲いかかった。
「はやっ!?」
回避する間もなく、護の体は壁に激突。壁が陥没し、凄まじい轟音と共に土煙が上がるほどの衝撃だった。
「護!」
カゲロウは、即座に敵だと判断し、抜刀する。 白いゴーレムの動きから、関節部が比較的脆そうだと判断し、神速の斬撃を叩き込もうとする。しかし、ゴーレムはカゲロウの動きを予測していたかのように軽々とそれを回避し、逆に薙ぎ払うような一撃を放つ。
(速すぎる……! 読まれているのか!?)
カゲロウが死を覚悟したその一撃を、壁から飛び出してきた護が、強烈なタックルでゴーレムにぶつかり、軌道を逸らす。
「わりぃ、油断した! こいつ、ただのゴーレムじゃねぇぞ!」
二人が体勢を立て直す。ゴーレムは、再び機械的な動きで二人を観察している。
「メル! あいつのこと、何か分かるか!?」
護が叫ぶが、メルからの返答はない。 メルは、目の前の光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あんなもの……見たことも、聞いたこともない……。文献のどこにも載っていない……。どうすれば……」
天才であるメルが、初めて直面する、知識の及ばない「未知」。その瞳に、明らかなパニックの色が浮かんでいた。 護は、ゴーレムの猛攻を戦斧で受け止めながら、パニックに陥っているメルを感じ取り、叫んだ。
「メル!」
メルの肩が、ビクッと震える。
「知らねえなら、今ここで解明らしちまえばいいだろうが!」
護は、ゴーレムを力任せに押し返しながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前は天才なんだろ? だったら、俺たちを信じろ! 俺とカゲロウがお前を守る! どんな攻撃も、この体で止めてやる! だから、お前はお前のやるべきことをやれ! 道筋を、見つけ出せッ!」
護の、魂からの咆哮。それは、メルの恐怖を吹き飛ばし、メルの心に再び火を灯すには十分すぎた。
(そうだ……ボクは、天才だ……!)
メルは、震える手で分析用の水晶を取り出すと、ゴーレムから距離を取り、必死にその動きを分析し始めた。
「分かったぞ! あれは、普通のゴーレムじゃない! 祭壇から魔力供給を受けながら、私達の戦闘データをリアルタイムで分析・最適化しているんだ! 同じ攻撃は二度と通用しないと思え!」
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