【6-4☆】森の恵みと三人の食卓
一行が「囁きの洞窟」に到着する、少し前のこと。 陽が森の木々の向こうに傾き始め、辺りが夕闇に包まれようとしていた頃、彼らは野営の準備を始めていた。カゲロウが手際よく焚き火の準備をし、メルが携帯用の錬金術キットの点検を始める。そして、護は一行の食料袋を覗き込み、うーん、と唸っていた。
「やっぱ、これだけじゃ足りねえな……」
袋の中身は、干し肉と、硬い黒パン、それに少量の保存用の果物だけ。カゲロウとメルにとっては十分な量かもしれないが、護の規格外の胃袋を満たすには、到底足りなかった。
「なあ、二人とも! 俺、ちょっとその辺で食材を探してくるぜ! もっとうまい飯を食わせてやるから、待ってろよ!」
メルの「余計なことはしないで、じっとしてなさい!」という制止の声も聞かず、護は空になった麻袋を手に、意気揚々と森の奥へと消えていった。
【護の才能とメルの知識】
(ああ、もう……あの脳筋は何を考えているんだか)
メルは、携帯用の薬品リストを確認しながら、大きなため息をついた。 素人が森で食材集めなど、自殺行為に等しい。どうせ、見た目が似ている毒キノコや、アルカロイドを含む有毒植物ばかりを、満面の笑みで持ち帰ってくるに決まっている。
(仕方ない。彼が持ってきたガラクタの中から、食べられるものを判別し、ボクの天才的な知識で彼を諭してやるか。これも、凡人を導く天才の務めだ)
そんなことを考えていると、ガサガサと大きな音を立てて、護が森から戻ってきた。その両腕には、パンパンに膨れ上がった麻袋が抱えられている。
「ただいまー! すげぇぜ、この森は宝の山だ!」
護は、麻袋の中身を、清潔な布の上にどさりとぶちまけた。色とりどりのキノコ、見たこともない山菜、そして、土のついた根菜類。 ボクは、仕方ないな、という態度でそれらを鑑定し始めた。
「いいかい、脳筋。素人が採ってきたものには、大抵……」
ボクの言葉が、途中で止まる。
(これは……クレインソウ。滋養強壮に効く高級薬草……。こっちは月夜茸、出汁にすると絶品だ……。この根は、ゴルゴンの根芋。煮込むとホクホクして甘みが出る。……なぜ、こいつが……?)
次から次へと、食べられるどころか、高級食材や薬草の類ばかりが出てくる。その確率、99%。ありえない。
「どうだ、メル! すげえだろ!」
護が胸を張ると、メルは信じられないという顔で尋ねてきた。
「……君、どこかで植物学でも学んだのかい? それとも、図鑑でも丸暗記しているとか」
「ん? いや、全然? 昔から、なんとなく分かるんだよな。『こいつは美味そうだ』とか、『こいつはヤバそうな匂いがする』とか」
「……匂いと、勘、だと?」
メルと、いつの間にか隣で様子をうかがっていたカゲロウの声が、綺麗にハモった。
「「……動物かよ」」
二人が、心の底から同じ感想を抱いた瞬間だった。
「待った。一つだけ、これはダメだ」
メルが、しめじに似た一つのキノコを指さした。
「フン、素人の悲しさだね。君の原始的な嗅覚も、完璧ではなかったようだ。いいかい、これは『笑い茸モドキ』。本物の笑い茸の傘には斑点が七つあるのに対し、これには八つある。素人には到底見分けがつかないだろうがね。これを食べれば、激しい腹痛と、幻覚作用で三日は動けなくなる猛毒キノコだ」
メルが、得意げに胸を張って知識を披露する。
「へぇー! すげぇな、メル! そんな細かい違いまで分かるのか! やっぱ、お前は天才だな!」
護が、何の裏表もなく、心の底から感心して褒めると、メルは「なっ……! べ、別に、当然のことを言ったまでだ! 君が素人すぎるだけだ!」と、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
【本格異世界クッキング】
「よし、じゃあ、飯にするか!」
護は、山のような食材を前に、腕まくりをした。彼の瞳は、獲物を前にした獣のように、キラキラと輝いている。
◆(異世界産)キノコと山菜の炊き込みご飯
護はまず、大きな鍋を取り出すと、マリーナの街で買っておいた米を丁寧に研ぎ始めた。
(まさか、異世界で米が食えるなんてな……! 見つけた時、嬉しくて店の米、全部買い占めそうになっちまったぜ)
その時のことを思い出し、護はにやけてしまう。 研いだ米を鍋に入れ、水を注ぐと、彼は手際よく、先ほど採ってきた月夜茸や森しめじ、ゴルゴンの根芋を小さく刻んで投入していく。さらに、香り付けの山菜と、味の深みを出すための干し肉を細かく裂いて加える。最後に、岩塩で軽く味を調え、焚き火の上に設置した。
◆(異世界産)キノコと山菜の天ぷら
次に、護は鉄鍋に油を注ぎ、火にかける。その横で、小麦粉と水を混ぜ合わせ、簡易的な衣を作っていく。 採ってきたばかりの、傘の大きな「森ひらたけ」や、シャキシャキとした食感が特徴の「水晶草」に、薄く衣を付けて、熱した油に投入していく。 パチパチ、ジュワ〜ッという、食欲をそそる音と香ばしい匂いが、キャンプサイトに満ちていく。メルもカゲロウも、無意識にその手元に引き寄せられていた。
◆(異世界産)山菜とキノコのお吸い物
護は、最後の仕上げに、別の小鍋にお湯を沸かし、最も香りの良い月夜茸を数枚だけ入れる。茸から黄金色の出汁が出始め、極上の香りが立ち上ったところで、火から下ろす。味付けは、岩塩を一つまみだけ。素材の味を最大限に活かした、シンプルだが、最も贅沢な一品だ。
【至福の食卓】
「よし、できたぞ! 食え食え!」
三人の前に、湯気の立つ料理が並べられる。 山盛りの炊き込みご飯。揚げたての天ぷら。そして、透き通ったスープのお吸い物。 メルは、まだ半信半疑といった顔で、小さな木の器に盛られた料理を眺めている。
「……見た目は、まあ、悪くない。だが、味はどうだか」
メルは、まず天ぷらを一つ、恐る恐る口に運んだ。 サクッ、という軽快な衣の歯触り。次の瞬間、じゅわっと溢れ出す森ひらたけの濃厚な旨味。
「なっ……!?」
驚きに目を見開くメル。次に、お吸い物を一口。
「この、深いコクと、鼻に抜ける上品な香りは……! ただのキノコと塩だけのはずなのに、何層にも重なった味の深淵を感じる……!」
そして、最後に炊き込みご飯を頬張る。米の一粒一粒に、キノコと山菜、そして肉の旨味が凝縮され、口の中で至福のハーモニーを奏でていた。 メルは、もう何も言えなかった。天才錬金術師としてのプライドも、護への生意気な態度も忘れ、ただ無我夢中で、目の前の料理を口に運び続けた。
カゲロウは、黙って天ぷらを一つ食べ、次にスープを啜った。 そして、一言だけ、聞こえるか聞こえないかの声で、呟いた。
「……美味い」
その言葉には、驚きと、そして、素直な感動が込められていた。 護は、そんな二人の様子を満足そうに眺めながら、自分用の山のように盛られた炊き込みご飯を、大きな口で平らげた。
「うん、やっぱり美味いな!」
森の静寂の中に、三人の穏やかな食事の音だけが響く。それは、歪な三人が、初めて「パーティー」として心を通わせた、温かい食卓だった。
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