【6-1】世界が動き出す時
護、カゲロウ、そして新たな仲間(護衛対象)であるメルの三人を乗せた乗り合い馬車が、マリーナの街を離れ、西の街道を進んでいた。 護衛任務の目的地、「囁きの洞窟」へ向けての旅の始まりだ。 しかし、その馬車の中の雰囲気は、お世辞にも良いとは言えなかった。
「ちょっと、そこの脳筋! 少しは静かにできないのかい!? 君がそわそわ動くたびに馬車が揺れて、本が読めないだろう!」
メルが、分厚い魔導書から顔も上げずに、鋭い声で護を非難する。
「なんだとー! 揺れてんのは馬車のせいだろ! それより、腹へったな! なあ、カゲロウ、さっきの街で買った干し肉、もう食ってもいいか?」
護が、荷物袋をごそごそと漁りながら尋ねる。
「…………」
カゲロウは、我関せずとばかりに窓の外の景色を眺め、一切の返事をしない。
馬車が森の入り口で止まり、一行は徒歩で獣道を進むことになった。
「はぁ……疲れた……。これだから徒歩は非効率なんだ。君が無駄に歩くのが速いせいだ、この筋肉バカ!」
メルが、息を切らしながら文句を言う。護は、その小さな体を見て、悪気なく言った。
「なんだ、疲れたのか? なら、俺がおんぶしてやろうか? お前さん、すげぇ軽そうだし、余裕だぜ!」
「なっ……! 誰がおんぶなどされるか! ボクを子供扱いするな! ボクは君たちよりも遥かに優れた錬金術師なんだぞ!」
メルは顔を真っ赤にして怒鳴る。護は「そうか? ならいいけどよ」と不思議そうな顔をするだけだ。そんな二人のやり取りを、カゲロウは数歩先から、関わり合いになりたくないというオーラを全身から放ちながら見守っていた。
その日の夜、野営の準備をしながら、護は焚き火で巨大な猪の骨付き肉を炙っていた。肉の焼ける香ばしい匂いが、森の夜気に広がる。 一方、メルは自分の荷物から、小さな灰色のバーを取り出し、かじり始めた。
「メル、それだけか? そんなんじゃ、大きくなれないぞ!」
護が、自分の拳ほどもある肉塊にかぶりつきながら言う。
「これは、一日に必要な栄養素を完璧なバランスで摂取できる、ボクの特製栄養食だ。君が食べているような、野蛮なタンパク質の塊とは違う。合理的で、効率的なんだよ」
「ふーん……でも、絶対こっちの方がうまいぜ? 一口食ってみるか?」
護が差し出した肉塊に、メルは「いらない!」とそっぽを向く。しかし、そのお腹が「ぐぅ〜」と情けない音を立てた。
「……っ!」
「ほら、食えって!」
護が無理やり肉を一切れちぎって差し出すと、メルはしばらく葛藤した後、小さな口で恐る恐るそれを頬張った。途端に、メルの目が驚きに見開かれる。
「……なっ!? この、溢れる肉汁と、スパイスの奥深い味わいは……!」
「だろ!? 俺特製のハーブソルトで味付けしたんだ!」
「べ、別に、美味しいなんて認めたわけじゃないからな! ただ、まあ……許容範囲の味ではある、と言っているだけだ……!」
メルは顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いてしまった。そんなメルの姿を、護は楽しそうに、そしてカゲロウは呆れたように眺めていた。
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