【4-4】絶望の行進
翌朝。護が焚き火の準備をしていると、地平線の向こうからおびただしい数の魔物の群れが土煙を上げて押し寄せてくるのを発見した。
「おい、あれ、なんだ?」
護は隣で寝ていたマーカスを叩き起こす。
【マーカス視点】
護に叩き起こされ、目を開けた俺は、一瞬で悪夢の底に叩き落された。 地平線を埋め尽くす、魔物の大群。地響き。咆哮。
「ス、スタンピードだ! 魔物の大発生だ! お、終わりだ……」
全身の血が凍り付く。足が震えて動かない。死ぬ。Dランク冒険者の俺が、こんなものに巻き込まれて、助かるはずがない。 俺が絶望に打ちひしがれていると、隣の護は、信じられないことに、冷静に敵の群れを観察していた。
「なんでだよ! なんでそんなに落ち着いていられるんだ! 見ろよ、あの数を! 俺たちはここで死ぬんだぞ!」
俺が護の胸倉を掴んで喚いた、その時だった。
「しっかりしろ!」
雷のような一喝。護に肩を掴まれ、俺はハッと我に返った。
「お前も冒険者だろ。なら、最後まで足掻け! お前はギルドにこのことを知らせろ! ここは俺が食い止める!」
「な、何を言ってるんだ! あんな数、一人でどうにかできるわけな……」
「いいから行け! これが……カゲロウが俺に与えた試練なんだよ!」
護はニカっと笑い、スタンピードの軍勢に向かって一人、走り出す。その背中を見て、俺は忘れていたじいちゃんの御伽話を思い出していた。絶望の淵で、たった一人で国を救った英雄の物語を。
(ああ……英雄ってのは、本当に、いたんだな……)
俺は、涙を拭い、必死でマリーナへと駆け出した。
【コーラル視点】
その頃、マリーナのギルドは、朝の穏やかな空気に包まれていた。私は、新人の冒険者に薬草採取の依頼について説明していた。
「この薬草は、葉の裏に三つの斑点があるのが特徴ですから、間違えないでくださいね」
そんな平和なやり取りが、ギルドの日常だった。少なくとも、あの扉が弾け飛ぶように開かれるまでは。 血相を変えたマーカスさんが、転がり込んできたのだ。
「はぁ、はぁ……! 大変だ! スタンピードだ!」
その一言で、ギルドの空気が凍り付く。私は、すぐさまカウンターから身を乗り出した。
「マーカスさん!? 落ち着いてください! 場所と規模は!?」
「西の街道だ! 数百は下らねえ魔物の群れが、街に向かってる!」
西の街道……その言葉に、私の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。そこは、先日組合長のダリウスから聞いた、磐座さんがあの無茶な見張りをしている場所……! 私の思考を裏付けるように、マーカスさんは泣きながら叫んだ。
「クラッシャー、磐座護が一人で足止めしてくれているんだ!」
嘘でしょう……? あの人が、一人で……? 数百の魔物の群れを? 無謀とか、そういう次元の話じゃない。それは、ただの自殺行為だ。 私が言葉を失っていると、ギルドの入り口にいた影が動いた。カゲロウさんだった。彼は、マーカスさんの報告を聞いていたのか、いつも冷静なあの人が、信じられないほどに険しい、焦燥に満ちた顔で外へ飛び出していった。
【カゲロウ視点】
ギルドの入り口で、その一部始終を聞いていた。
(たった一人で、足止め……?)
その言葉を聞いた瞬間、カゲロウの脳裏に、遠い日の記憶が鮮やかに蘇った。仲間を守るために、無謀な数の敵の前に一人で立ち、そして死んでいった親友の姿が、目の前の光景と重なる。
『先に行け、カゲロウ! ここは俺が食い止める!』
あの時と同じ、馬鹿正直な笑顔。
(馬鹿が……! あの時と、同じじゃねぇか……!)
カゲロウは、誰にも聞こえない声で悪態をつくと、疾風の如くギルドを飛び出し、護の元へ向かう。
【ダリウス視点】
マーカスの報告と、飛び出していくカゲロウの姿。その騒ぎに、俺はギルド長の部屋から出てきた。
「どうした、騒がしいな!」
「ギルド長! 西の街道に、大規模なスタンピードです!」
コーラルの報告に、俺の表情が瞬時に険しくなる。
(西の街道だと……? まさか、あの小僧がいる場所じゃねえか!)
驚きはすぐに、指揮官としての厳しい表情に変わる。
「コーラル! 騎士団と衛兵隊に緊急出動要請! マリーナの全戦力で西の街道を防衛する! Bランク以上のパーティーは俺のところに集まれ! Cランク以下は、街の防衛隊を組織しろ! 急げ!」
俺の檄が、混乱していたギルドに秩序を取り戻させた。
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