【3-4☆】秘密の女子会〜乙女のホンネと筋肉と〜
その夜、マリーナの街の一角にある、少しお洒落なレストラン『蒼のテラス』の個室は、華やかで賑やかな女性たちの笑い声に満ちていた。 ギルドの仕事終わり、コーラルが企画した「秘密の女子会」。普段、仕事用の笑顔の裏に隠している本音を、美味しい食事とお酒と共に解放する、彼女たちにとって大切な時間である。
「「「「かんぱーい!」」」」
クリスタル製のグラスが、心地よい音を立ててぶつかり合う。メンバーは、主催のコーラル。そして、今日は本部の視察で王都アウロラから来ていた、同僚のエレオノーラ・グレース。マリーナ支部で働く、少し気弱だが頑張り屋の後輩受付嬢のリナ。そして、コーラルの友人で、槍使いのCランク女性冒険者、セレーナの四人だ。
「はぁ〜、仕事終わりの一杯は最高ね! やっぱりマリーナのエールは一味違うわ!」
セレーナが、泡立つ琥珀色のエールを豪快に飲み干す。日々の依頼で引き締められた、しなやかな筋肉を持つ彼女の姿は、そこらの男性冒険者よりもずっと頼もしい。
「セレーナさん、相変わらず飲みっぷりが素敵です……。あ、こちら、新作のシーフードグラタンです。どうぞ、熱いうちに」
まだあどけなさの残るリナが、おずおずと湯気の立つ大皿を取り分ける。彼女の前には、ベリーがたっぷり乗った甘そうな果実水が置かれている。
「あら、ありがとうリナちゃん。気が利くわね。……で、エレオノーラ。王都はどうなのよ? こっちの田舎と違って、何か面白い噂とかないわけ?」
セレーナが、焼きたてのパンをちぎりながら、ニヤニヤとエレオノーラに尋ねる。銀の髪を優雅にまとめ、上質なドレスに身を包んだエレオノーラは、扇子で口元を隠し、意味ありげに微笑んだ。
「面白い噂、ですって? ええ、もちろんありますわよ。今、王都で一番の話題と言えば、やはり『勇者』様ご一行の活躍ですわ」
「勇者!」
その言葉に、一番に食いついたのはリナだった。彼女の瞳が、物語のヒロインのようにキラキラと輝き出す。
「噂では、聖剣に選ばれたアレス・ウォーカー様は、息をのむほどの美青年だとか。その上、性格も清廉潔白、どんな逆境でも仲間を励ます、まさに物語の王子様そのものだそうですわ。先日、王宮に招かれた際も、その気高いお姿を一目見ようと、貴族のご令嬢たちが殺到したとか」
「へぇー、勇者様かぁ。見てみたいもんだね。でも、いくらイケメンでも、いざという時に背中を預けられないような軟弱な奴はご免だけど」
セレーナが、エールをおかわりしながら現実的な意見を言う。
「あら、ご心配なく。彼のパーティーには、回復魔法の使い手である聖女ルナリア様や、大陸屈指の天才魔導師セレスティア様といった、錚々たる方々がいらっしゃるそうですから、実力も折り紙付きですわ」
エレオノーラが最新の王都情報を披露すると、リナはうっとりとため息をついた。
「いいなぁ、勇者様……。私、一度でいいからお会いしてみたいです……」
「あらあら、リナちゃん。あなたには、あなたの『勇者様』がいるじゃありませんか」
コーラルが優しくからかうと、リナは「ち、違いますよぅ!」と顔を真っ赤にして否定する。彼女には、最近Dランクに上がったばかりの、剣士の幼馴染がいるのだ。
「なんだい、まだ付き合ってないのかい? この間、彼が依頼の報酬で買った髪飾りを、あんたにプレゼントしているのを、あたしはしっかり見たぜ?」
セレーナの追撃に、リナは「あ、あれは、その……いつもお世話になってるからって……!」としどろもどろになる。
「まあ、なんて初々しいのかしら。王都の駆け引きまみれの恋愛劇に比べたら、清らかな泉のようですわ。わたくし、そういうお話、大好きですのよ。もっと詳しくお聞かせ願えませんこと?」
エレオノーラが身を乗り出して詰め寄ると、リナは「あうぅ……」と茹でダコ状態になって、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。その微笑ましい光景に、三人は楽しそうに笑い声を上げた。
「でも、最近こっちで話題の男と言えば、もっぱら『クラッシャー』だけどな」
一頻り笑った後、セレーナがふと思い出したように言った。
「ああ、磐座さんのことですね……」
その名が出た瞬間、コーラルの表情が、わずかに遠い目になる。
「聞きましたわ、コーラル。なんでも、ドワーフ製の鑑定用魔力水晶を、素手で握り潰したとか? 前代未聞ですわ。王都のギルドでも、そんな話は聞いたことがありませんもの」
エレオノーラが、扇子の向こうで興味津々の目を輝かせる。
「それだけじゃないんだ。あたしも昨日、オーガロード討伐後の『鋼鉄のグリフォン』の連中から話を聞いたけど、とんでもないぜ。Bランクモンスターを、ほとんど無傷で倒したって言うじゃないか。あの実直なレオが、『あいつは俺たちの英雄だ』なんて手放しで褒めてるくらいだからな。よっぽどのことだよ」
セレーナの言葉に、リナも顔を上げて参戦する。
「私も聞きました! 街の屋台を全部食べ尽くす勢いで、港のお魚屋さんたちと腕相撲をして、全員に勝っちゃったそうです! それで、すごく美味しそうに食べるからって、みんなから色々サービスしてもらってたって!」
次々と出てくる護の規格外なエピソードに、エレオノーラは楽しそうにクスクスと笑った。
「まあ、なんて面白い方。まるで物語の登場人物ですわね。それでいて、冒険者になった目的は『女の子にモテたい』から、なのでしょう? ふふ、なんだか可愛らしいじゃありませんか」
「可愛い、かねぇ……? あたしは、街で女の子に声をかけては、真顔で逃げられてる姿を何度も見たけど。この間なんて、猫の獣人の子に声をかけて、尻尾の毛を逆立てられて逃げてたぜ。さすがにちょっと気の毒になったね」
セレーナが呆れたように言うと、エレオノーラはぱちんと扇子を閉じた。
「でも、コーラル。噂では、その彼、あなたにだけは特別なようですわよ? 毎日ギルドに顔を出しては、『コーラルちゃん、コーラルちゃん』って、まるで大きな犬が尻尾を振っているようだと、もっぱらの評判ですわ」
「そ、そんなんじゃありません!」
今度はコーラルが顔を赤らめる番だった。
「そうかぁ? 絶対あんたのこと好きだよ、あいつ。初対面の時から、あんたを見る目だけは違ったって、ギルドの連中も言ってたぜ?」
「ないない! 絶対にありません!」
セレーナの断言に、コーラルは全力で首を横に振る。
「磐座さんは、その……良い人だとは思います。とても純粋で、裏表がなくて……。でも、なんて言うか……趣味じゃない、というか……」
「趣味じゃない?」
「ええ。例えるなら、そう……『歩く天災』みたいな存在なんです。いつ、何を、どうしでかすか全く予測がつかなくて、心臓がいくつあっても足りません。恋愛対象というよりは、目が離せない巨大な弟か、あるいは、しつけのなっていない大型犬のペット、みたいな……」
コーラルの必死な説明に、三人は顔を見合わせて、どっと笑い出した。
「でもまあ、」
一頻り笑った後、セレーナが真面目な顔で、腕を組んだ。
「あの肉体は、正直、同じ戦士として尊敬するよ。無駄な脂肪が一切ない、戦うためだけに作り上げられた、まさに『鋼』の体だ。あれは、日々の血の滲むような努力の賜物だよ。口先だけの奴らとは、覚悟が違う」
その言葉には、一同も静かに頷いた。
「私も朝早くから、その磐座さんの姿を見たことがありますわ。港沿いの道を、上半身裸で走っておいででした。その肉体は……まさに、神が創造した芸術品。王都の芸術家たちが見たら、ぜひモデルにと殺到するでしょうね」
エレオノーラがうっとりと言う。
「う、うらやましい、かも……。私の幼馴染も、もう少し鍛えてくれたら……」
四人は、それぞれの思いを胸に、マリーナの街を騒がせる、規格外の新人に思いを馳せる。彼の存在は、この街に、そして彼女たちの心に、間違いなく新しい風を吹き込んでいた。
「さ、しんみりするのは終わり! 飲もうじゃないか!」
セレーナの威勢のいい声に、女子会の夜は再び賑やかさを取り戻していく。護の仲間探しの旅が、相も変わらず難航していることなど、今の彼女たちの知るところではなかった。
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