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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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エピローグ 切り札

 あらゆる色彩を呑み込む漆黒。


 ベーゼはあぐらをかいて、ほっと息をつく。


 間に合った。


 ぎりぎりの勝負だが、一歩はやかった。


 巨人の頭を破壊して、意識が蘇生するまでの時間を引き延ばして……これで、ようやくお膳立てはできた。


 淀んだ漆黒がそこら中に


 張り巡って蠢く。


 その中に、巨人が立って、動かない。


 山脈と比べても遅れを取らないその巨体は頂きの見えない輪郭を描いて、固まっている。


 一方、ベーゼは組んだ足にのった『槍』を撫でて、どこか、やつれているような、同時に感慨深そうなな顔をしていた。


 冒険者ギルドから選ばれた者に与えられる『槍』。


『杖』の素朴な作りと違い、冒険者が愛用する変形武器の機能を重心に置き、拵えた武装。


 通常状態としては槍。


 仕掛けを動かせば三節棍。


 投擲の可能性も視野に入れて、槍頭には複雑な呪文が刻まれている。


 巨人の心臓とともに引きちぎられて、地に落ちた破片を、ベーゼは封印とともに回収できた。


 突き刺さった状態では見えにくいが、実に冒険者好みの武器だとベーゼは感心する。


 そして、娘なら、こんな無骨な姿になるはずもないと思った。


「ええと……そういえばお互い自己紹介はまだだっけ」


 慎重に『槍』の破片を側に置いて、『杖』と並び、ベーゼは立ち上がる。


「オレはベーゼというんだ。まぁ、詳しい事情は話さねぇぞ。意味ないからな。ただ、お前がいずれここから出る時のことを教えようと思って」


 巨人からの反応がない。


 正しくは反応のしようもない、ということだが。


 だからベーゼは一方的に語りかけることにした。


 心臓を引き出すことで完全体に戻り、筋属の鎧を纏った巨人。


 しかし身体全身が沼にはまって動けない状態では、恐れるに足りない。


「ちなみに、ここは聖剣が作り出す異空間の中だ」


 ベーゼは笑う。


「普段は荷物とか適当に預ける場所だが、封印に組み合わせて使うと、あんたみたいなデカブツも苦労はするが、取り込めるわけよ」


 んで、とベーゼは肩を竦める。


「いくら強靭な肉体を持っていようと、せめて駆使できなければ話にならない。拳を突き出して初めて攻撃になるように、だ。いまのあんたは身体の隅から隅まで漆黒にまとわりつかれて、力を持っていようと無駄なわけさ」


 でも、困ったものよ。


 ベーゼは装備を検める。


『再現』の上限がひとつ減ってしまって、加えて聖剣と『杖』は封印に使われたため、しばらくの間は使えない。左足の接続部の痛みも、正直行動に支障をきたしてしまうほどだ。


『槍』といえば両断されたせいで、なんとも言えない状態だ。


「さすがに今回は堪えたわ」


 幾分疲労混じりに、ベーゼはつぶやく。


 異端討伐隊で、数多な修羅場をくぐり抜けたベーゼでも、これほど過酷な戦いは滅多にないものだ。


「いや、話がそれたな。おまえがここから出る時のことだっけ」


 いますぐぐったり倒れたい衝動を抑えつけて、ベーゼは言葉を募る。


 そして、その顔から飄々とした雰囲気が少しずつ薄れていく。


「まずおまえに言っておきたいのが、オレは決して教会の味方ではないということだ」


 教会の敵。


 でも、異形の敵でもある。


 決して、人間の敵ではない。


「そして、今度ある場所であんたを解き放つつもりだ」


 それが聖王国かもしれないし、ハルトマン領になるかもしれない。


 どのみち、切り札として使う算段だ。


「その時は好きなだけ暴れるといいよ。あんたの小さい脳みそじゃ信じてもらえないかもけどな」


 ため息をついて、ベーゼは懐の辺りを探る。


 酒が切れた……。


 こういう時に限って、幻聴がでてこないものだが……落ち着いた気分で楽しめると思っていたのに……


「ったく、返事がないのも寂しいもんだな、神官ちゃんでもあるまいし、こんなデカブツに独り言をつぶやく趣味はねぇな」


 なので、ベーゼは立ち上がることにした。


 まだやるべきことはある。


 ボロボロの身体を無理やり駆り立てて、闇を払う。



 ――――――



 聖剣の外部に行くと、ベーゼは口笛を吹いた。


 すべての血肉が巨人により吸いつくされて、ただの廃墟が残された町。


 至る所に白がちらほら見えて、薄い雪化粧が施されている。歪な形に変えられた大地。積み重なる住処だったもの。すこし人間か異形の遺体が混じっていて……


 その先に、擦れた、ボロボロになった神官服を着込んだ少女が立っている。


 長い金髪を吹く風に任せて、どこか遠くを見据える。その顔は儚い。


 正直、絵になる光景だ。


「良い眺めだな」と、ベーゼはにんまり笑う。


 別にこの廃れた雰囲気を褒めているわけではなく、少女の神官服が破れ、細い肩、あまつさえ薄い胸元まで露わになっていることを注意するための言葉だが、トリアは気づかない。


 不死者だから、寒さにも耐性ができているのかな。


 そんな推測が自然に出た。


「こちらにいらしてくださいませんか」


 ベーゼに向き直って、トリアが言う。


 ?


 さてと、これはどういう風の吹き回しかな。


 ベーゼは顎髭を撫でて、面白がる。 


 やはり、どこか雰囲気が変だ。


 同じく無口ではあるが、何かに縋るように自分の後ろについていた時とは違い――いまは、ちゃんとした意志が潜んでいるように見えた。


 普通なら身構えるところだが、ベーゼは大して迷いもなく進んだ。


 敵意があるかどうかぐらい、分別がつく自信がある。


 ズカズカと、左足の痛みを堪えながら。


「これは……」


 死体がひとつ。


 原型を留めているほうだ。


 それは、あちこちに散らばる人間や異形と比べて一回り小さい、子供の、死体。


 なんて名前だっけ。


 頑張って思い出そうとするが、ベーゼはこの娘だけでなく、冒険者たちの名前も忘れていたことに気づく。


 相変わらず、名前を覚えるのが苦手。


 そういえば、あの冒険者たちはどうなっただろうと思った。


 こんな戦いのあと、まだ生きているとは考えにくいが。


「これを」


 ぽつりとつぶやいて、トリアは手に握ったものを見せる。


「いや~これはまいったな」と、ベーゼの声は若干上ずる。


 トリアが手にしているもの。


 手袋と指輪。


「この娘のすぐそばに落ちていました。あなたに渡そうとしていたのではないかと」


 それを、トリアはベーゼに差し出す。


「神官ちゃん、自分がいま何をしているのか分かってるよね」


「ええ、承知しております。これは異端討伐隊、七位『慈悲』のツーベイと『謙虚』のファミリタスの持

ち物でしょう」


『それを渡してくれれば、おじさんは安心してあの槍に触れるんだ。代わりに、お母さんの正気を取り戻してやる。そうだね。祝福を持った人間をここに捕らえることもできるし、なんなら、おじさんが餌になってもいいよ』


 あの時、ベーゼは母を救おうとする子供にそう言った。


 まさかあの状態で、ほんとうに二人の遺品を探しにいったとは。


『同化』の祝福を振り切って使えば、助かったかもしれないのに。


 罪悪感がない。


 といえば嘘になる。


 娘を正しく導きたい母と、母を守りたい娘。


 まるで自分の生き様と正反対の存在だ。


 ベーゼは苦笑する。そしてトリアに向き直る。


「で、これを持てばオレは何ができるか、弁えてるよね」


「無論です」


 トリアの返事はきっぱりしていた。


「これを手にすれば、あなたは二方の能力、『雷電』と『同化』が『再現』できるはずです。それを使い、残りの『剣』と『弓』を集めるのでしょう」


「ほう~ならどうして」


「べつに、とくに理由なんかありません」


 トリアは静かに首を振った。


「あなたはこの娘に二人の装備を渡せば母親を助けるとおっしゃいました。これがあなたに渡したいという願いを、代わりに全うしたにすぎません。もちろん、受け取るか否かはあなた次第ですが」


 ベーゼはためらった。


 あそこまで自分を嫌っていた娘が急にこんな態度を取れば、むしろ警戒しないほうがおかしい。ただ……ベーゼにとって、最初からほかの選択肢は用意されていない。


「もらっとくよ。ちょうど困ってたところだ。それに昔の仲間という意味でも、せめて遺品ぐらいはちゃんと家に届けてやりたい」


 ベーゼは手袋と指輪を握った。


 その途端、勝手知ったる力が漲ってくる。


 指輪に手袋……おまえらはいつでも一緒だな。


 左足の痛みを『雷電』で痺れさせて、そのうえ『同化』で強引に接続させる。


 義肢の知識について通じる者がいない西大陸では、これ以上ない手当だろう。


 少なくとも、痛みはすっと消えた。


「で、神官ちゃん、このオレに教会を破滅させる武装を渡して、あんたはこれから何をするつもりだ。一緒に来るか」


「いいえ」


 少女は否定する。


「不死者は必ずしも災厄ではないことを、すこしだけ、分かったような気がします。しかし、わたくしにとってこれは人を傷つけていい理由になりません」


「いやはや、耳の痛い話ですな」


「ですから、わたくしは自分なりの納得できる道へ進もうと思います」


「自分の納得いく道、ね……」


 トリアの目。


 瞳の奥に過ぎる光は、いつしかハルトマン領で会った不死者――クリシスと似たものがあった。まだ若干靄がかかっていてはいるが、少なくとも、己の存在を肯定するだけの熱量はすでに備わったようだ。


 まぁ、これはこれでいいっか。


「了解した。んじゃ、お礼としてはなんだが、私からひとつどうでもいい情報を差し上げよう」


「?」


 トリアはすこしだけ首を傾げる。


「いやはや、神官ちゃんには大して意味もない情報だよ。実はね、四天王も魔石で動いているのよ、脳ではなく。つまり、すでに異形と化したということだ」


「……!」


 まだあちこちに残る血の光沢を目にして、ベーゼの口元が緩む。


 正直、この娘の驚きの表情が見られただけでも話した甲斐があった。


「達者でな。トリア・ファベル・ヒルンド」


『槍』を手に入れた以上、ここには用はない。


 魔石のことについても、多くを語らないのが吉だろう。


 残る時間は、すでにそう長くない。


 本来なら『弓』を回収したあと『剣』を回収しにいくのが一番堅実的だが、これだけ暴れれば教会もさすがに警戒するだろう。


 もうそんなに悠長にはいられない。


 手袋と指輪を確かめるように握りしめて、ベーゼはあるき出す。


 次は、聖王国だ。

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