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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第十四話 再現

 歴史上、様々な勇者がいた。


 目にする不幸をだけ確実に救う勇者。


 背負いたくない使命を強いられた勇者。


 なりふり構わず魔王へ特攻を仕掛ける勇者。


 魔族の侵攻よりも一日に三度の飯を気にする勇者。


 など。


 同じく魔王打倒という使命でも、勇者によってやり方はまるで違う。


 勇者の多くは何度も挫折し、立ち上がり、やがて成長して使命を全うするものだ。


 ときには、己の宿命を投げ出す勇者もいた。


 でも、ハルトマン家出身の勇者は違う。


 勇者が頻出する家系に生まれて、物心がつく頃から英才教育を施された勇者は、研ぎ澄まされた知識と技量、そして覚悟を持っている。


 ――弱き者の盾となれ。


 ハルトマン家が思う勇者とは、道標、人間に希望をもたらす存在。


 勝つだけでは、多くの犠牲を払ってようやく得る勝利など、意味があるとは言い難い。


 代々伝わる聖遺物を手に最前線で戦い、みなの進むべき道を照らす。


 それが、ハルトマン家に生まれた勇者の生き様だ。


 そういう意識を聖遺物にも影響を及ぼしたのか、第75代勇者トルヴィス・フォン・ハルトマンに作り上げられた聖剣は、使い手が過酷な戦場にいる時ほど、光を放つ。


 私はここにいる。


 それは、敵から集中砲火を受けるための光であり、後ろに続く者たちを鼓舞するための光でもあった。


 聖剣から靡く黒い閃光は激浪に揉まれる浮標のように激しく揺れる。遠目に見てまるで旗印のようにはためいたそれを、ベーゼは赤い光が明滅する義肢で握る。


 それは、己の祝福(『再現』)を強化する時――かつて見習い神官を相手にした時使った力。


 西大陸異端討伐隊・首席の『不癒』の祝福と、東大陸で長らく義肢に携わったインク家の技術があってこそのもの。


 ――命がけの苦痛を代償にして、辛うじて掴み取れた力。


 より多くの命を守るためではなく、ただ、娘を救うためだけに。


「あれ、何かの手違いかな。話によると城壁の二倍ぐらいの高さのはずだけど?」


 おそらく、何か変異。


 でも、予定とすこし狂ったところでやることは変わらない。


 にんまり笑い、ベーゼの姿がぶれた。


 集まって、捻って、蠢く。


 町の中央に、地表の赤を剥ぎ取った血肉が竜巻を引き起こす。


 爆風に紛れて届く絶叫、うめき声。強大な引力に引きずられて、人間だった者も肢体型も関節型も一瞬のうちに地上から雲へと細長く伸びる気流に取り込まれていく。


 世界の片隅がこのまま断絶になるとさえ思わせる風景の最中、ただ贅肉型がその質量ゆえに佇んで、一斉に渦の中心に注目する。


 彼らにとって、これぞ王の帰還だろう。


 ベーゼは逆巻く血肉の上で揺れる薄氷を次々流転していく。


 城壁並みの巨体を持つ贅肉型の間をすり抜けながら、聖剣から迸る黒の閃光を引きずって、突進する。


「対人戦には不向きだよ!おまえらは」


 普通の兵士なら、攻城戦なら、きっと贅肉型は恐ろしい脅威になるだろう。だが、たった一人の人間――それも脂肪の鎧をいとも簡単に突破する男にとって、なんの意味も成さない。


 2/5


 ベーゼは聖剣を振るう。


『空間・変形』


 刃にまとわり付く漆黒――旗のように靡く光は突如硬直し、刃の延長と化す。


 飛び交う血脂。ベーゼは裂かれた腹を道にして一蹴する。


 巨体が倒れる轟音とともに、さらに一体の腹にのって、解体する。


 根無し草の大魔導メヤトを探している間、ベーゼはすこしずつ聖剣に宿っていた力を模索していた。


 第75代勇者トルヴィス・フォン・ハルトマン――『空間』

 第77代勇者ドワム・フォン・ハルトマン――『変形』

 第80代勇者カメツ・フォン・ハルトマン――『歪曲』

 第83代勇者アセレラル・フォン・ハルトマン――『加速』

 そして、第86代勇者の父、賢者ズィーゲル・フォン・ハルトマン――『封印』


 ベーゼは、聖遺物そのものの能力を駆使できるが、聖遺物の使い手の祝福まで『再現』することはできなかった。


 どうしても必要な時――昔は『誠実』の『聖約』を用いて自分に縛りをつけて、やっと二つの祝福の混和技が使えるようになった。


 しかしいまは違う。


 義肢を接続したことによって、ベーゼは五つの能力が再現できるようになった。


 当然、数を増やしたところで、上限が底上げできたというわけではない。再現した勇者の祝福も、あくまで『空間』という形で顕れるだけだ。


 ――それでも、それは人知を超えた力である。


「まぁ、完全に起動するまで時間がかかるのが玉に瑕だがな!お、っと」


 反射的に、ベーゼは足場にする贅肉型の死体から右に一歩ずれる。 


 すると風圧を纏った血の刃が容赦なく横を通り過ぎ、一瞬遅れて地面を轢き潰す。


「ったく、血を遠距離で操作できるのか」


『ニン……ゲン……!』


「ん?」


 空気が殴られたような振動が辺りを包み込んで、揺さぶる。


 ただ身体を動かすだけで巻き上がる風圧と、一面を轟かす衝撃。


 人間なら、一投足一挙手で、たとえ意識がなくとも虫を捻り潰せるだろう。


 いまのベーゼは、まさにその逆の立場に立たされている。



 血肉を吸い尽くして渦巻く竜巻から、巨大な骨格が上半身を起こす。それに合わせて経脈が生成しては受肉する。未だ空洞である眼は、まっすぐベーゼに向いた。 


 しかし、ベーゼの心を蝕むのは恐怖でも高揚でもない。ただ己の願望を遂行する、冷徹な覚悟のみ。


 駆ける。


 贅肉型を足場に、ベーゼは激流が向かう先へ一直線に突き進む。


 がくんと、再び後ろから波を打つ音がした。


 数本の血浪が周りと一線を画す鋭さを纏い、高速で近づいてくる。


 巨人の体躯と正反対なそれは、もし質量をもって体当たりすれば、人間どころか、きっと屋敷もすぐに木っ端に砕け散るだろう。


「おもしれぇ。形は背鰭だが、破壊力はそれ以上だ」


 と口ではそう言っているものの、ベーゼは確信する。


 どうやら精密な操作はできないらしいな……それとも単に頭が悪いのか。


 もし自分だったら、血を網状にして前後左右から挟み撃ちしてくるだろう。果たして効果があるかどうかはさておき、この方法で敵を仕留めるのに一番確実だからだ。


 移動(フラッシュ)


 血浪が近づく一瞬を狙い、ベーゼは贅肉型の身体に飛び立ってすぐ後方に転移する。


 鈍った断末魔とともに、異形の中で最も強い防御を誇る贅肉型――このような激流の中でも不動を貫いた異形はあっけなく取り込まれて、轢き潰される。


 そういえば、神官ちゃんたちはどうなったかな……


 地下通路、おそらく巨人の体内に当たる部分から外部まで押し出されるところまでは見ていたが、そのあとのことは分かっていない。


 ベーゼは別に心配しているわけではない。


 もしこの場にいたら攻撃を分散してくれるだろうと思っただけだ。


 3/5


「よっし」


 聖剣全体にまとわりつく漆黒は、今度は剣身を中心に大きな螺旋を描く。


 それを、ベーゼは迷わず血飛沫が逆巻き、高速に竜巻へ集約していく血肉に投げた。


「よっこらしょい」


 浮氷を蹴って、ベーゼはすかさず聖剣の剣身にのる。


 これを教会や勇者家の人間が目にすれば、きっと卒倒するような光景だろう。人間のために魔族と戦った先烈への敬意もなければ、武道に対するせめてもの矜持もない。


 このような勝利などもぎ取ったところで、いったい何が残るというのだろう。


 だがベーゼは極限な状況でさらに自分に枷をかけるような真似はしない。


 ――気持ちを優先した結果、ほんとうに大事なものが零れ落ちてしまったら、意味はない。


 不安定ながらもしっかりと体勢を保ちつつ、ベーゼは赤い激流に揉まれる聖剣をボードがわりに使う。巨人に近づくにつれて足場にできる物体が少なくなり、ちょうどいい時に第80代勇者の祝福が使用可能になった。


『空間・歪曲』


 聖剣が触れる空間を歪ませ、ある意味剣を盾としての役割を発揮する能力だ。


 波乗りの要領で、ベーゼは血肉を押しのけて浮遊する聖剣を制御する。


 うしろから血の弧が再び追従してくる。


 巨人が生成したものだけに、速い。


「ったく。やはりそう簡単に見逃してくれないか」


 ベーゼの横を切って、血の波は左右からベーゼを挟み撃ちする。


 呑み込まれれば瞬時に肉の破片だろう。


 腹に力を入れて、ベーゼは聖剣を蹴上げると同時に反動の力で跳ぶ。


 滞空時間は一秒足らず。


 ベーゼは回転して再び聖剣を手にする。


 だが握り締めたのは柄ではなく、漆黒の光だった。


 さっきまで、たしかに血の波に為す術もなかった。


 血のような液体を物理的に切断したところで、意味はない。だが『歪曲』の力は違う。


 空間そのものを捩じ込ませて攻撃を解体する防御は、内部の魔素を混乱させる。


 それを、ベーゼは大きく振り回して追いかけてくる血の波に打ち付ける。


 ピシャリと、あっけなく、まるで膝の骨が粉砕されたかのごとく、さっきまでベーゼを追いかけていた左右両方が同時に崩れて、血肉の海に溶け込む。


 とりあえず目の前の敵だけを片付けて、ベーゼは再び巧妙に身を翻して、聖剣の上にのる。


 うしろからまだまだ血の波がしつこく追ってくるが、このような産物はいくら倒しても湧いてくるだろ

う。


 当面の危機を凌いでいればそれでいい。


「しっかし、さすが四天王というべきか」


 乱舞する血肉の風壁が薄くなるにつれて、蹲る巨人が姿を現していた。城壁どころか、山脈を軽く上回る図体。隆々たる筋肉に覆われる両腕、その間に垣間見える、広くて頑丈な胸板。町の中心からひときわ存在感を放つトロールの長は、きっと、動くだけで多くの災厄をもたらすことになるだろう。


 でも、弱点がないわけがないけどな……。


 しつこく邪魔してくる血潮を余裕にさばきながら、ベーゼはあくまで冷静に分析する。


 みれば、巨人の両足は強靭の上半身に比べて危うさを感じるほど脆弱だ。ところどころ骨の白さが見え隠れたり、加えて腹の中身はなく、肉と、突き出した肋骨が歪に絡み合っている。


 間違いなく、槍頭のほうがなお『逆転』を発揮して回復を邪魔しているせいだろう。


 少なくとも、歩けるほど回復したとは言い難いだろう。


 ただ、ベーゼが想像していたのと違っていたことが、一点ある。


 野太い巨人の手に、真っ白な何かを掴んでいた。


 人間なら、この手の武器をガリアンソードと呼ぶだろう。


 幅広の片刃剣で、分割された刃節をワイヤーで繋いだ変形武器。スイッチひとつで刀身を伸ばす事で遠距離へ攻撃、いわば鞭のように振り回すことが可能な存在。


 ただ、巨人が握るものは、やはり少々趣が違う。


 巨大で歪な椎骨が、強靭な筋肉によって貫かれて……まるで、どこかから強引に剥ぎ取ったような痛々しい印象を受ける。それは巨人が徐々に回復するにつれて不規則に乱れて、あちこち引きずり、廃墟となった町をかき回す。


「お~~~い。聞こえるか」


 少しでも常識がある人間なら、息をひそめて逃げるだろう。あるいは恐怖のあまり尻餅をついて、失禁するかもしれない。でも、聖剣にのるベーゼはいつもと変わらぬ飄々とした風体で、山脈に比例する巨人に手を振った。


 そんなベーゼの言動を、巨人は挑発として受け取ったのか。


 ギシギシと骨を鳴らす音が響いて、手に持った脊髄剣を、そのまま高く振り上げた。


「へ~~そうくるか」


 一瞬遅れて吹き狂う乱気流。血肉の武具を、巨人は振り下ろす。筋肉によって貫かれた椎骨は、鞭のように血肉に覆われた大地に叩きつけ、血潮を巻き起こす。その衝撃で辺り一帯を覆う雲でさえ一気に払われて四散する。


 柔軟なリーチを備えているゆえに、巨人の豪腕により辺り一面を破壊しつくしたあと、再び地表に引きずって薙ぎ払う。


 その膨大な質量はいかなる物質も見逃さない。


 いやはや、こりゃ廃墟ところか、北方都市モルトという場所が完全に地図から消えることになるんじゃねぇか。


 風圧に巻き込まれながら、ベーゼは転移(テレポート)で初撃を躱して、動きと動きが接続する一瞬を見極めてすかさず脊椎剣の上へ駆ける。


 男にとって、この一撃はむしろちょうどよかった。


 4/5

『空間・加速』


 聖剣にから靡いた漆黒はベーゼの腕にまとわりつく。命が宿っているように蠢き、やがて何十層も重なり合って、無骨な形状に固まる。もしこの場にハルトマン家の人間がいれば、一目で分かるだろう。これぞまさしく第83代勇者がかつて身にまとっていた鎧。防御という機能を最低限に抑えて、ひとの身体を速度という言葉の通りに仕上げるための武装。


 迸る漆黒の閃光。


 脊椎剣を踏み抜いて、ベーゼは瞬く間に巨人の腕によじ登る。


 緩い斜面ならば走り、ひどい角度は漆黒をロープ代わりに使う。


 速さと、技量。


 それは巨人を怒らせるに十分すぎるものだった。


『おのれ……!』


 視線の至るところに赤が飛び交う。


 巨人の毛穴から血液が噴き出て、熱を帯びた射線が遍く交錯する。


 ベーゼの決断ははやかった。


『歪曲』の断絶で初撃を防いで、すぐ『空間』の瞬間移動で回避する。


『変形』で伸びた聖剣の刃を、今度は『加速』の移動力を駆使して満遍なく巨人に刻み込む。


『がっぁぁぁあっぁ!!』


 悲鳴がどよめき、苦痛の声が巨人の口から漏れ出る。


 これが、歴代勇者の力。


『空間』という不完全な形で『再現』されたとしても、死y天王を屠るのに十分通用する。


 ベーゼはある種の全能感に支配されつつあった。


 そして、すぐに溺れてはいけないと自分を自制する。


 なぜなら、これだけでは、この戦いはいつまで経っても平行線のままだ。


 巨人は大地の一部となるまで散ったにもかかわらず、なおここまでの力を取り戻したのだ。


 傷を負わせてすこしずつ殺していく手は、おそらく通用しない。


 必要なのは、決め手となるもの。


『空間・封印』――最終防衛法陣。


 しかし、ベーゼは別に四天王を倒したいわけではない。


 あくまでも残った槍頭を回収するのが望みである。


 もし四天王が意思疎通できる存在ならばある意味ウィンウィンの関係を築くこともできるし、わざわざ危険を犯してまで戦う必要はない。


 人間が滅んでしまうのは困るが、この敵はどうも主席のあの男と相性が良さそうだから、むしろ戦わせたほうが好都合だろう。


「ねぇ、でかぶつ」


 巨人が放つ攻撃がことごとく不中に終わる。


 本来なら、巨体にしがみついている虫など、身震いひとつで振り落とせるだろう。拳ひとつで区画を潰し、数キロに及ぶ範囲の死傷を出す。身体中から血液を噴き出す攻撃も、あらゆる障害を振り払うはずだ。


 でも、これらの攻撃はベーゼに通用しない。


『空間』を用いて攻撃・防御・速度を強化したベーゼにとって、凸凹となる巨体を駆けることはもはや手に取るようにたやすい。速度に身を任せながら切断し、防御。漆黒を纏った男は、とうとう重力のしがらみから解き放されたかのように縦横無尽に仕掛けた。


 だから、力を見せつけたこのタイミングを狙って、ベーゼは切り出す。


 協力の可能性を。


「オレと取引をしないか。オレがおまえの身体をもとに戻してやる。かわりにこっちはいま身体に刺さってる『槍』をいただく」


 巨人の下半身はいま間断なく血肉を吸い込んでいるにもかかわらず回復の兆しが見えない。言うまでもなく、『槍』の頭が中途半端な形で刺さっているのが原因だろう。


 だから、ベーゼから見ても、この取引は決して悪い話ではないはずだ。


『矮小なる者よ。儂を見くびるな!』


 巨人は咆哮する。


 果てしない怒りを声で具現化しようとするかのごとく、感情に任せて。


『一度に飽き足らず二度と儂を騙そうとするとは、簡単に許されると思うなよ』


 一度?二度?


 さすがにベーゼもこれで一瞬困惑した。


 いや、そういうことか……!


 トロールという魔族はもとよりさほど頭が良くなかった。冒険者の中では、出くわした時戦うより巧妙な話術で翻弄したほうが身のためという不文律があるほどだ。

『槍』は冒険者ギルドから選ばれた者が授かることになっている。


 だとしたら、ベテランの中のベテラン――英雄へニット・ドリはどういった経緯で巨人の解体に至ったのか。


 ことの流れを、理解するのは、そう難しくなかった。


 ぎし、と、岩が擦れた不気味な音がして、続いて轟音が周りの空気を殴りつける。


 己の覚悟を示すように、巨人にまとわりつく血肉と無数の膿瘍が突如膨れ上がる。


「っつ!」


 ベーゼはすかさず距離を取った。


 巨人の身体から離れ、空中に転移する。


「ったく、こっちは真剣に交渉しようと考えてるのによ!」


 おそらく、自爆。


 ベーゼはいろんな力を駆使できるが、所詮は人間。


 怪我してしまえば治療が必要で、過度に体を駆使すれば衰弱もする。


 ?/5


『空間・封印』


 北方都市モルトと呼ばれる場所で、黒と赤の閃光が天地を貫く。

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