第十三話 聖剣
ベーゼはどうして異端討伐隊の二人が『槍』の回収に失敗したのか理解できない。
二人ともかつてともに戦った仲間だ。
たかが触れると危険な仕掛けぐらい一目で見破れるはず。つねに魔境を歩いて任務を遂行する教会の剣にとって、むしろこれぐらいの慎重さが当たり前で、常識だ。
唯一考えうる可能性としては、その常識が仇になったことぐらいだ。
ファミリタスはもとより聖遺物回収の専門家だ。『同化』の祝福を持ち、どんな代物であろうと、物理的に自分の一部になって御することができる。
聖遺物の力をベーゼのように『再現』できないが、元の状況から剥ぎ取ることを得意とする。
教会は、『槍』を回収して再利用することを考えるだろう。
だから、ファミリタスを派遣した。
もしかして、ファミリタスはこれぐらいの仕掛け、自分にとって脅威にならないと思ったのかもしれない。
ゆえにいつものように『同化』して、回収しようとした。
でも、ベーゼからみたらありえないことだ。
異端討伐隊は、決して「思う」だけで自分と仲間の命を賭けたりしない。
経験よりも実践してより確実な方法で、自分で行動するよりも他人を使いより安全な可能性を。
これぐらいできない奴は、そもそも『慈悲』『謙虚』のような称号を与えられるまで生き延びるはずがない。
だからベーゼは理解できない。
どうしてツーベイとファミリタスはこんなつまらない死に方をしたのか。
四英雄に与えられた武具――『槍』
冒険者ギルド所属へニット・ドリの祝福――『逆転』
相打ちになった魔族四天王トロールの長――回復力。
専門家なら、この血肉の真実に気づかなくとも、なんとなく想像できて、慎重になるだろう。
ただ、とはいえ、ベーゼはその原因を追求するつもりはない。
残念だと思うが、所詮は昔の仲間だ。
ベーゼはただ娘だったものを回収できればそれでいい。
同じく『槍』を手に入れたいとはいえ、ベーゼと教会の目的はまったく違う。
――そのために、『槍』を破壊しても構わない。
ぐ、っと。
鼓膜を打つ音。
血肉に彩られる空間が収縮する。
ヒャーナの死体の傍に蹲るロロがバランスを崩して、倒れる。
みればヒゲオヤジも斧を地面に挿してなんとか踏みとどまっている状態だ。
周りの空気が押し寄せて固まり、そしてふっと剥がされる感覚は常人が耐えうるものではない。もし魔道具の鎧がなければ、きっとヒゲオヤジもすでにロロと同じ目にあっていただろう。
だが、それだけでは済まないことは明らかだ。
ぐん。
再び肉の壁が収束する。
だが今度は衝撃だけでなく、あちこち血の赤が滲み出る。
空間全体を使って叩き出す衝撃音に合わせるかのごとく、滴り落ちる血が溜まって、奏でる。
ぐん………ぐん。
「危険!回避」
ヒゲオヤジが唸り、しかしベーゼの返事はどこか浮いていた。
「大丈夫だよ。というより、逃げても仕方がねぇかな、この状況は」
息を吸って、吐く。
腹の底から静かに燃え上がる炎を落ち着かせて、ベーゼは地面に転ぶ『槍』の柄を凝視する。
『お父さん』
すまない、ディア……痛かっただろう。でも、もう少し待ってくれ……もう少しだ。いまはまだ触れてはいけない。
血がにわか雨のように降り注ぐ中、空間そのものを振動させる鼓動はどんどん加速していく。
ベーゼたちが来た道からも血がぼとぼと溢れ出て床一面にばらまき、そこら中から赤色の滝が叩きつけてくる。本来なら足元にも及ばない血が、急速に周りを呑み込んで、押しのけていく。
「しばらく息を止めたほうがいいぜ!」
別れの挨拶代わりに、ベーゼは後ろの奴らに一喝する。
遠くから轟く巨大な振動とともに、鮮血の奔流は容赦なくこの場にいた異物を殴りつけて、呑み込んだ。
―――第二防衛線 北方面 都市ミリーフ―――
「どういうことだ!まさか化け物どもが総攻撃を」
無限と思わせる轟の中、総司令のオムニアム子爵が作戦司令部に倒れ込み、ありったけの声を絞り出して叫ぶ。
―――大陸の西 聖王庁―――
聖職者の白衣で身を包む初老の男が腰に帯びた剣に手を当てて、鋭い眼光で北を見た。
「ツーベイ、ファミリタス……しくじったのか」
―――第二防衛線 東方面 ミスリル平野―――
異形との乱戦を繰り広げる真っ只中。兵士たちと一線を画する赤い甲冑を着込んだ青年が驚愕する。
「この力は……!」
―――大陸の中心 魔王城 最上階―――
「……………………」
大地が、空気が、あらゆるものが轟音と共に震えだす中、大陸に蔓延る血肉がまるで潮のように北方都市モルトへ押し寄せてくる。駆ける異形、倒壊した建物、辛うじて生きていた動植物を巻き込んで、大地を覆うありとあらゆるものを強引に引き裂いて、呑み込む。
数カ所、質量と質量がぶつかり合う狭間から、まるで天まで届かんばかりに血が噴出し、北の空まで不吉な色に染め上げる。そんな絵の具に潰されたような世界で、再び重力に囚われて降り注ぐ血滴とともに、男は落下する。
何をしでかしたかぐらいベーゼは当然分かる。
とはいえ、最初からこういう可能性を踏んで、やったことだ。
『槍』の所有者――英雄へニット・ドリが北の戦線で魔族四天王の一人と相討ちになった。
そんなの後方司令部の理想的観測にすぎない。
へニット・ドリは、恐らく戦いの末力を尽くし、自身の『逆転』を『槍』に託してトロール族の回復力を逆手に取ったのだろう。
北方大陸全体を覆う血肉といい、あまつさえベーゼたちが戦った地下トンネルも、すべては四天王の一部。
――四英雄が四天王に勝つのは当たり前。
この常識を覆すのが今回の人魔戦争だ。
「それにしても、体中の血肉をこれほど広範囲にぶちまけたにも関わらず、なお回復できるとはな。こりゃもはや不死者じゃねぇか」
目の前に広がる忌々しい光景は、確かに娘が聖遺物にされても思わず納得しそうなものだった。
しかし、あくまでも納得しただけで、受け入れるつもりはさらさらない。
これから訪れる地獄を全身全霊をもって感じるように、ベーゼは自然落下の感覚に身を任せる。
『お父さん』
ああ、分かってるよ。ディア……。
視界がどんどん狭くなり、地面にぶつかる一瞬、ベーゼは移動で近くの廃屋の上に降り立つ。
右手に聖剣。
その途端、聖剣の刃に染まる漆黒は不安定に揺れて、徐々に周囲を蝕むように、虚空を作り出し……靡かせていく。
「やれやれだぜ、ほんとうに、しょうがねぇな」
ベーゼは低い声で唸る。
『再現・勇者剣』




