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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第十二話 『誠実』

「あの槍に触れてはいけない!」


 ようやく開けた場所に出たというのに、耳に届く第一声が女の悲鳴だった。


「おいおい、おもしろいじゃねぇか」


 とベーゼは意味深に笑う。


 予想では、とてつもない強敵が待ち伏せているはずだった。


 しかしたどり着いてみれば、衝撃で変形した開けた空間。


 真ん中に明らかに怪しい『槍』が突き刺さっている。


 そのうえ、なぜか突如忠告まで飛んでくる始末だ。


「見習いくん、灯りをより広範囲で照らすように」


 とりあえず、周りの状況をより精確に把握しようと思った。


「は、はい、頑張ってみます」


 そう答えて、ロロは詠唱を重ねた。


「光の精霊よ。座標を印に、アタナの光を遍く照らさん……」


 最初は途中でくたばると思っていた少年はまだ生きている。


 ベーゼとしては彼を守るつもりはさらさらないが、どうも後ろのトリアが少年を気に入ったらしく、やらなくてもいい掃除をやってあげたようだ。


 ――死んだあとで、星槍を手に入れて照明魔法を『再現』するつもりだったのに。


 まぁ、かといって、ベーゼにしてみれば生きていても別に困ることはない。


 何事も適当が大事だ。


 常に張り詰めた状態だと、結果が出るよりもはやく心が持たなくなってしまう。


『お父さん』


 あぁ、わかってるよ、ディア。


 またしても、ベーゼは心の中で自問自答を繰り返す。


光爆(サンバースト)


 ゆらゆらと、緑の粒が上空まで飛び、そしてふっと強烈な光線を照らし出す。


「くっ、無念」


 ヒゲオヤジだった。


 魔石を媒介にするのではなく、所定の位置となる光源のおかげで、視界は開ける。


 そして、肉塊の上にちらほらと並ぶ人間の残骸が目に入った。


「あっ……」


 隣のロロが呆けた声を出す。続いて膝が抜けて、座り込む。


「残念だったね」


 二人の視線の先、かつてヒャーナと呼ばれた斥候が()()()


 幸か不幸か。おそらくまだそれほど時間は経っていないだろう。人の形を留めているせいで、それがよりひどい形で、ここに来た人間の心に刺さった。


 冒険者ギルドから支給された服はズタズタで……女性の柔肌に、おぞましい歯型が並ぶ。手も足も、肉が辛うじてついているような状態だ。そして本来腹に当たる部位――中身はなにひとつ残されていない。ただ、生気のない瞳が天井を見つめて、目元に乾いた涙の痕が残っている。


 絶叫。そして重苦しい呼吸音がベーゼの後ろから届いた。


 ロロだ。


 ヒャーナの死体を目にした瞬間、光の(ランプ)に灯る緑が消えた。


 かといって、ベーゼは少年を気遣うつもりはない。


 なにせ、『同化』の祝福を持つ少女は、すでに目の前に来ている。


「コメルちゃん、だっけ」


 さっきまで二十代の女性に縋って泣いていた子供に、ベーゼは声をかける。


 一方、コメルはというと、恐怖と困惑が入り混じった目でベーゼたちを見た。その視線は幾度となくうしろにいる母のほうに向いて、不安定に揺れている。


 困惑を装っているのか。あるいは母親の叫びで訳が分からなくなっているのか。


『お父さん』


 ああ、分かってるよ、ディア。まずは話をしよう。


 心の声に答えつつ、ベーゼは聖剣を鞘に戻す。


 このように出てきたということは、いわば交渉可能ということである。


 無論、いつでも移動(フラッシュ)できるよう、ベーゼは手は柄に添える。


「コメルちゃん、ここで何かあったかおじさんに教えてくれるかな」


 ベーゼは屈んで、辛抱強く話を促す。


 子供の視点ってのは案内低いものだ。


 だから話しかける時はできるだけ視線を合わせたほうがいい、と昔妻によく言われた。


 娘なら、そのまま抱き上げることもできるだろうが、さすがに『同化』の祝福を持った相手にそれをや

るのはいささか無謀としか言いようがない。


「コメルちゃん、おじさんはただ話が聞きたいだけだ」


 繰り返して、優しい口調で、念を押すように、ベーゼは促す。


 でも、コメルはただうつむいて、目を合わせてくれない。


 まぁ、所詮は子供だな……自分が何をしているかさえ正しく認識していないかもしれん。


 そうベーゼは思ったが、ぽつりと、若干震え混じりの声で、突如言葉が返ってきた。


「コメルは、お母さんを助けたいの」


 ベーゼはすぐには聞き返さなかった。


 意図的に間をおいて、気持ちを整理する時間を与えてから、「ほ~それで?」と口を開く。


 するとコメルが真っ青な顔になりつつも、やがて鼻にかかった声が返ってくる。


「でも、お母さんはお肉を食べてくれなくて、また寝ちゃった……コメル、すごく頑張ったのに……ただお母さんと一緒にいたいだけなのに……」


「じゃコメルちゃんは、どうしてさっきお母さんが叫んだのか分かるかな」


「おじさんたちを死なせたくないから」


「ほほ……これはこれは、コメルちゃんは正直者だな」


「お母さんに、嘘をついてはいけないって、言われたから」


 服の裾を掴んで、コメルはやはりうつむいたままで答える。


「でも、アズルさんは聞かれていないことを言わないのは、嘘にならないって」


「ハハハ、それはそれで正論だな」


 普通なら嫌悪する価値観だが、ベーゼは面白がる。


 アズルってのは、自分が殺ったじいさんだっけと思い出しながら。


「で、コメルちゃんはおじさんたちにあの槍に触れてほしいのかな」


「うん、おじさんには、触れてほしい」


「どうして?」


「きっと、おじさんの肉を食べれば、お母さんは元通りになるから」


「コメルちゃんはお母さんが大好きだな」


「お父さんも、お母さんも、大好き……」


「いい子だ」


 子供は嘘をつかない。


 なんて迷い事をベーゼは信じたりしない。


 でも、今までの状況を鑑みて推測できることはある。


 まず、あの槍は安易に触れないほうがいい。


 次に、いま怪物になった奴らはどうやら人間を食べることで正気を保っているらしい。


 正気の定義についてはさておき、少なくとも人間を食べれば表面上は人間らしく振る舞える。


 そして、祝福を持った相手を食べれば、その能力を獲得することができる、かもしれない。


 さてと、正直ここの奴らはどうでもいいが……問題はどうやって『槍』を抜くかだ。


 ベーゼは顎髭を撫でて、考える。


 心当たりはすでにあるわけだが、果たして最善かどうかは見極めたい。


 こういう時に限って予想外のできことが起こるものだ。


「ところで、コメルちゃん、お母さんはおじさんのどのあたりを食べれば正気に戻れるかな」


「危険!」


 ヒゲオヤジが前に出た。


 おそらくベーゼの言葉で何か勘違いをしたのか。


 コメルからベーゼを守るように、武器を構えた。


 それを、ベーゼは手を上げて制した。


 たしかに祝福を持たない人間にとってコメルは脅威になりうる存在だが、ベーゼにしてみればやはりただの子供だ。


 怪我をすれば泣くし、首を刎ねれば死ぬ。


 少々変なものが混ざっているようだが、やはり不死者とは違う。


 孤児院では、周りはこういう子ばかりだ。


「それは、ちょっと分からない」


 コメルの顔から怯えの色が少し薄れて、逆に困惑が強まった。


「おじさんと約束してほしいんだ」


「やく、そく?」


「ああ。そうすればお母さんは助かるし、おじさんもあの槍が手に入るわけさ。みんなハッピーってことだ」


「ほんとう!コメル、おじさんと約束したい」


「ああ、いい子だ」


『お父さん』


 心の中からいつもの幻聴が響く。


 それに返事することなく、ベーゼは言葉を紡ぐ。


「コメルちゃんがいま使っている祝福って、『同化』だよな。実は、これは『槍』を回収するのに一番適した能力なのよ」


「祝福って、なに……」


「ハハハ、まずはそこからなのか。いいよ。おじさんが一から説明してやる」


 祝福とは、西大陸の人間が生まれ持つ異能。


 不死者とは、異能が強大なあまり身体まで異変が生じた者の総称。


 それを討伐して、人々の生活に安寧をもたらすのが、異端討伐隊。


 一方、聖王庁直属の異端討伐隊には九人しかいない。


 その原因は、ひとえに末席の監督官に代々伝わる『聖約』の力だ。


 いくら祝福を持っていようと、人間と不死者の間には天と地ほどの差がある。


 蟻がどれほど集まっても象を倒せないのと同じように、直接災害の現場へ赴く人たちは、まず力を底上げする必要があった。


『聖約』は、自分に制限をかけることで、祝福の力を強化する異能。


 元・次席『誠実』のベーゼ――祝福・『再現』――制約・約束を違える。

 第四席『慈悲』のツーベイ――祝福・『雷電』――制約・殺人。

 第八席『謙虚』のファミリタス――祝福・『同化』――制約・単独行動。


「このように、課せられた『聖約』は本人によってそれぞれだが、破った時受けるダメージも大きい。祝福の力が大きく弱まるだけでなく、場合によっては死に至ることもある」


 少しずつ、ベーゼは自分にとって都合のいいように話を誘導する。 


「あの『雷電』の力を取り入れた爺さん、名前はなんだっけ……まぁ、いいや。とにかくあの爺さんが簡単におじさんに負けてしまったのは人を殺して、あまつさえ食べているからだよ。コメルちゃんも薄々感じてはいるだろ?なんだか力がうまく働かないって」


「うん、それは、なんとなく、だけど」


「ああ、『単独行動』すれば、必然的にそうなるのよ。んじゃ話をまとめてみよう」


 頃合いを見て、ベーゼは締めくくろうとする。


 正直、こんなことを子供に言っても意味はないが、段取りを踏むことは重要だ。


 子供というものは、たいがい自分の分からないものに信頼を寄せるものだから。


「長々とすまなかったな。要するに、だ。コメルとおじさんが約束を交わしたら、おじさんは絶対に守るってことだ。これを踏まえて、おじさんの言うことを聞いてほしい」


「は、はい!」


 なんか……妙に昔を思い出すな。


 ディアも、真剣に聞こうとすると眉を寄せて口をへの字に曲げるんだっけ。


 だが、そう思っても、ベーゼはやるべきことはきちんとこなす。


 血肉が群がる空間で、すでに人間とかけ離れた少女に、ベーゼは切り出す。


「さっきも言ったように、『同化』って能力はまさしく『槍』を回収するのにちょうどいい能力なのよ。あ~もちろん、おじさんはコメルにあの槍に触れさせるつもりはないぞ。いきなり死んでしまうかもしれないからね。それはいくらなんでも酷というものだ。ただね、この能力をもっていたお姉ちゃん、その装備がほしいわけよ」


 ベーゼの目的は、それだ。


『再現』による異端討伐の祝福の使用。


「それを渡してくれれば、おじさんは安心してあの槍に触れるんだ。代わりに、お母さんの正気を取り戻してやる。そうだね。祝福を持った人間をここに連れてくることもできるし、なんなら、おじさんが餌になってもいいよ」


「ほんとう?」


 コメルの目が輝いた。


 血肉が蔓延る空間にふさわしい、眩しくて、不気味な笑顔だ。


 うしろからヒゲオヤジたちが息を呑む音が聞こえた。


「ああ、ほんとうだよ」


 ほんとうだけど、いつ叶えてやるかまでは、約束していない。


 ベーゼは思う。


 首席のあの男なら、きっと、さらに細かく条件を決めて、反故した場合できるだけ自分を衰弱させるだろう。


 決して、『聖約』を逆手に取るような真似をさせない。


 ベーゼはわりと気分次第で約束することが多い。ハルトマン領の時だってそうだ。領民たちには生き残

れば連れ出すと約束したし、隊長のファルミにはトリアを生かすことを約束しても、傷つかないことまで約束しなかった。


 しかし……


「その槍を抜くわけにはいきません」


 ?


 ゆっくりと紡がれる言葉。


 凛と響いて、血肉が咽るような空間に寒気を一瞬もたらす。


 ヒゲオヤジが目を丸くして、ヒャーナの傍に寄り添っていたロロも若干驚いたように振り返る。そして、ベーゼの心から湧き上がる感情は不快と呆れだった。


「神官ちゃん、おまえな……」


 その声音は、ベーゼが数ヶ月ぶりに聞く、見習い神官トリアのものだった。


「この場所がどうしてこうなっているのか、わたくしは知っています。もしその槍を抜かれたら、きっと、コメルのお母さんは消えてしまいますわよ」


 流れるような長い金髪が揺れ、神官服を着込んだ少女はコメルを見据えて、念を押すように繰り返す。昔あった温厚な雰囲気はなく、光の失せた金色の瞳はナイフを含んだように尖っていて、冷たい。


 でもベーゼには分かる。これはきっとトリアがコメルを思って口にした言葉だろう。


 なぜなら、このタイミングで、彼女は『この男は嘘つき』ではなく、『母親が消える』と指摘したから。


「神官ちゃん、それを言われると、さっき、おじさんが長々と説明したのが馬鹿みたいじゃねぇか」


 ベーゼはなぜトリアがここで口を開いたのか分からない。


 ただ現状から言うと、たとえトリア本人がその意志がなくとも、ベーゼを邪魔したのだ。


「ええと……」


 コメルの目には困惑が過る。


 ベーゼを見て、うしろのトリアを見て、そしてヒゲオヤジとロロ、最後に母のほうを見た。


「でも、お母さんは、それを望んでいるのではないかと、わたくしは考えております。聖書第三章第五節


『現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、他のどんな被造物も、等しく神のもとへ誘われる』。誰も、神の愛から私たちを引き離すことはできないのです。まして、定められた運命から逃れるために誰かを傷つけることは、断じて許されるべきではありません」


 トリアが最も神官らしい言葉を口にした。


 ベーゼにとっては皮肉にも聞こえる言葉だが、なるほど、子供にこういうことを説こうとしているわけか、と肩を竦める。


 トリアはどうもこの血肉に関して何か知っているようだ。


 そして、この事実をコメルに教えて、自分で決めてもらうようにしている。


 だがベーゼにしてみれば、この町の運命はとっくに決まっていた。


「ひどいことをするね、神官ちゃん」


 いつものような不真面目な口調で、ベーゼは言う。


「他人の口車にのって無残な結末を迎えたら、少なくともこれを他人のせいにして逃げることができるというのに」


 ――子供に、こんな選択を強いることは酷というものだ。


「コ、コメルはわからない。コメルは、お母さんが傍にいればいいの」


 案の定、唇を噛んで、コメルの顔はぐちゃぐちゃになっていく。涙と鼻水が混じり、そして噎せるように小刻みに泣き出した。


 子供っていいな。自分の気持ちを素直に表に出せる……


 その光景を、自分と無関係のように見つめて、ベーゼは左手で鞘に触れた。


 ぽよぽよと、コメルが立つ場所から奇妙な泡が立って、それにつれて小さな身体は沈む。ひとによっては血肉に呑み込まれたとも取れる光景だが、ベーゼが知る『同化』の祝福とそっくりの使い方である。


 恐らく、こうして身を隠しながら、町のあちこちに散らばっている冒険者たちを連れてきていたのだろう。


「まぁ、いいや」


 難しいことがある時、子供はときに何もかも構わずに逃げ出す。大人にしてみれば意味がなくても、子供にとってその場しのぎできればそれでいい。


 呆れて、肩を竦める。ベーゼは身体をひねる。


 その途端、腰に下げた鞘がガタガタと震え、風圧が漏れ出る。


「みんなには若干申し訳ないが、勝手にやらせてもらうぞ」


 トリアがベーゼの前に立った。コメルを守るように位置をずらして、なんとかして『同化』で地下に潜るまで時間を稼いでいるのだろう――しかし、ベーゼにしてみれば嬉しい勘違いだ。


 刃に付着する空気を鞘の底に収め、凝縮し、一気に吐き出す。


『お父さん』


 ああ、分かってるよ。ディア。


 ――抜刀。


 聖剣の『空間』を『気』の祝福に載せた斬撃。


 黒い弧は、いともたやすく『槍』――この空間の支配者のように立つ聖器を両断した。

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