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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第十一話 少年の恋心

「光の精霊よ。印となる座標に汝の力を宿さん。光の粒(ランプ)


 自分の腕力では若干負担になる槍を掲げて、ロロはできるだけゆっくり詠唱を紡ぐ。


 すると槍の先端の魔石から薄緑の光が迸り、辺りを照らす。


「おお、やっぱり便利だね。魔法ってもんは」と、ベーゼは満足げに笑う。


 一方、魔法を使った本人は逆に「ひっ」と悲鳴を上げそうになった。


「こ、これはいったいどういうことでしょうか」


 下へ続く階段をしばらく歩くと真っ暗闇に包まれていた。そこでベーゼの指示でロロは照明の魔法を使うことになり……眼の前の光景を眺めることになった。


 肉、肉、経脈、肉、肉、経脈、肉、肉。


 まるで腸の内部に迷い込んだかのごとく、通路の至るところが不気味な肉塊に塗りつぶされていた。足裏から伝わる柔らかな感触、ところどころ這う経脈から血が滲み、通路の奥深くへ伝っていく。


「見習いくん、怖いならすぐ引き返したほうがいいぜ」


 笑みを帯びたまま、ベーゼはロロの肩を叩いた。


「いえ、その……」


 怖くないです。


 そんな強がりを口にしようとして、しかし槍の先に灯る光が使い手の心情を如実に語っていた。


 ――輝きが、不安定に揺れている。


 一度解き放てば完成する術式と違い、光の(ランプ)は継続的に精神力を保つ必要がある。


 信じる心はあなたの魔法。


 その言葉の通り、魔法使いは常に尊大で、(たとえ表向きは謙虚な姿勢を保っても)自分の想像を疑うわけにはいかないのだ。


 アロガンテッソなら、きっと魔石の力を借りることなくても光源を作り出せるだろう。


 しかしいまのロロにとって、このような環境で正気を保つだけでも一苦労する。


 でも……


「大丈夫です。できます。すこし時間をください」


 きっぱりロロは言った。


 ロロはヒャーナを助けたい。


 道中でみんなの面倒を見てくれた、いま行方不明になった斥候を助けたい。


 また彼女が作った賄を食べたいと思うし、その顔を見て、ほっとした気分になりたい。


 最初はすぐに会えるだろうと淡い期待も抱いていたが、さっき教会で患者が突如変異したことといい、星槍さんの武器を発見したことといい。気持ちもどんどん沈んでいった。


 ミスリル王国からここまで旅してきたことを振り返って、おそらく生きている可能性は極めて低いだろう。


 でも、目の前にベーゼという男がいる。


 祝福が使える人間と戦い、余裕で勝ったほどの男だ。


 この不気味で危険な場所でも……きっと、彼がいればなんとかなると思った。


 薄淡い期待と、根拠もない信頼が少年の心を満たし、そのおかげで照明魔法が眩い光を放つようになった。


「よっし、んじゃ行くぞ」


「冒険、心が踊る」


 誰かが決めたわけではなく、フォーメーションが自然にできた。


 ヒゲオヤジが前衛を務めて、すぐ後ろにベーゼ。


 松明代わりに星槍を掲げるロロに、神官服を身に纏うトリア。


 そういえば、この神官は実に存在感が薄いとロロは思った。


 金色の髪と瞳。どこか透き通った雰囲気のせいで気づかなかったが、容姿もかなり整っているほうだ。それなのに、いつまでも無表情のまま。


 ベーゼが言うには自分の監督役らしい。(当然魔法使いのロロには聞いたこともない職務だが)、もしかして、そういう無愛想な姿勢を崩してはいけない立場なのかもしれないと考えた。


 何しろこんな危なそうなところまで躊躇なくついてくるし、ベーゼを見る目も、時折殺気が籠っていた。


 !


「くっ」


 おぞましい肉塊の道路をしばらく歩くと、突如ヒゲオヤジが唸った。


 ほぼ同時に、足元の肉塊が潰れる。


 ベーゼは口笛を吹く。


「いい鎧じゃねぇか」


 そこでロロはようやく状況を把握できた。


 横の肉壁から、何か白いものがねじれて鋭く抉ってきている。 


 そして狙うのは、ほかでもなく頭だ。


 普通なら兜があっても、衝撃を受けるだろう。


 しかしヒゲオヤジは魔道具のおかげで、受けた力の殆どを地面に流すことができた。


「キン」と機械仕掛けの音。


 両手に持つ巨大な斧を、ヒゲオヤジは迷うことなく真っ二つにする。


 ――変形武器。


 冒険者があらゆる状況を想定してから動くという需要に応じて職人が開発した武装。


 両手で持つ戦斧は開けた場所で振り回してこそ威力を発揮するものだ。


 狭い通路の中では、()()()を駆使したほうがよほど効率的である。


「こ、これはなんですか」


 明らかに肉塊の範疇ではない何か――人間の手足と思われるものが壁から突き出す。


 うがって来る攻撃を盾で防いで、ヒゲオヤジは片手で斧を振り下ろす。


 しかし攻撃というのはある意味隙も意味する。


「気にしなくていい。これが普通だよ、普通」


 ベーゼはヒゲオヤジの背後を取ろうとする肉塊を余裕で切り流して、ロロに答えた。


 ヒゲオヤジの鎧は、同時に二つ以上の攻撃を受けなければ、衝撃をそのまま足元を伝って地面に流すこ

とができる。


 ベーゼはそれが支障なく作動できるようにサポートした。


 本来なら魔法使いの仕事だ。


 でも無詠唱でないとどうしても戦況に追いつかない。


「見習いくんは灯を保て、あとはおじさんたちに任せておけ!」


「は、はい」


 言い終えるよりもはやく、ロロは後ろから冷たいものをかけられた感触を覚えた。


 血だ。


 自分と歳のそう変わらない少女は、さっき倉庫で拾ったと思わしき短剣を手に、背中から襲ってくる者の腕を切断して、蹴りで蠢く肉の壁にめり込む。


 見れば前も後ろも、次々湧き出てくる。


 さっきから壁から突き出している骨は、なんとまだ人間の一部だった。


 筋肉が辛うじてついて、内臓がどろどろと溢れる姿をした者たち。


 よたよたと歩いて、すがるように襲ってくる。


 これが、異端討伐隊……の領分なのか……


 ロロは心の奥底から湧き上がる嫌悪感を堪える。


 もし先生と一緒に学術の塔に籠もる頃の自分だったらすでに吐いていただろう。


 でも、異形と何度か遭遇しているうちにある程度の耐性ができていた……


 これもあれも、ヒャーナが旅を始めた最初の頃に面倒を見てくれたおかげだ。


「見習いくん、集中だ!あとで綺麗なお姉ちゃんがいる店に連れて行くからな」


「そ、そういうわけではなくて」


 思いっきり誤解されて、ロロは慌てて否定する。


 しかしその声は後ろから伝わる声――蛙が潰されたような悲鳴によって掻き消される。


 振り向くとトリアが壁から伸ばされた手を切り落とすところだった。


 硬い面持ちのまま、眉を動かさずに血肉まみれの存在たちを次々片付けていく。


 しかし、心の中で驚嘆しつつも、なぜかロロの目は無意識に神官の薄い胸に向いた。


 動く度に、神官服が引っ張られ、体のラインが強調される。


 ダメだダメだ。何を考えているんだ私は。綺麗なお姉ちゃんがいる店という言葉に影響されてどうする。


 一瞬だけ、星槍の先に灯る光が明滅する。


「次、くるぜ!」


 ベーゼが声を張り上げた。


 すると一瞬遅れて突如地響きが通路の奥からどよめく。


 ドン  ドン


  ドン  ドン


ドン  ドン  ドン


 強い質量を感じさせる何かが、あちこちにぶつかって、凄まじい速度で襲ってくる。


「なんなんだあれは……」


 ロロは呆けた声を出した。


 ――太い。


 手も体も。


 筋肉を無理やり身体に嵌めたように、ただ真ん中に小さな頭が浮かぶ不気味な肉塊が自分の手が届く場所すべてを叩き壊して、邪魔となる者たちを押しつぶして突っ込んでくる。


 ロロは旅の途中でヒャーナが言っていたダンジョンの罠を思い出す。


 きっと、後戻りできない空間で鉄球を放り込まれた時の気持ちはこういうものだと身をもって実感した。


 これなら、きっと、まだ動きがのろまな贅肉型の方が対処しやすい。                                           

「させない!」


 覚悟を纏った声。ヒゲオヤジは迷いなく両腕で盾を掲げて前に出た。


 カンと金属がぶつかる鈍い音。


 常人なら捻り潰されなくとも吹っ飛ばされていただろう。しかし鎧のおかげで、ヒゲオヤジが受けた力は足裏に流される。肉でできた通路は一瞬にして無数の傷跡が刻み込まれて、大量の血液が噴き出る。


「よくやった!」


 ベーゼは腰に帯びたもう一本の剣を抜き払った。


 ロロがこれを見るのは三度目である。


 導魔性の優れたミスリル、宝石。使う素材だけで舌を巻くほどなのに、両刃を備えた剣身に、コスモスの花の金銀による食刻が施され、この世のものと思えない精巧な作りをしていた。


 先生のアロガンテッソが使う杖でさえ、すこしだけミスリルが混ざっている程度だ。


 きっと、これは聖遺物だとロロは思った。


 両刃を備えた剣身から迸る漆黒が一閃。


 前方に跳躍し、ベーゼは回転しながら武器を叩きつける。


 するとヒゲオヤジの防御で体勢を崩した筋肉だるまが硬直した。

「ひっ」


 ロロの口から小さな悲鳴があがる。


 なぜか分からないが、巨大な肉塊――その上に嵌った頭はまっすぐ自分を睨みつけていた。


 でも、それもあくまで一瞬のこと。


 ピシャリ。


 まるで弾けた泡のように、肉塊の内側から内臓と脳漿が混じった体液が四散する。


 その中、ロロはただ懸命に星槍に灯る光を保っていた。


 辛い光景に慣れても、さすがにこれは胃に堪える。


「さて、これからはどっちに行けばいいだろうね」


 顔にかかった血は適当に拭って、ベーゼは剣で肉の壁を叩く。


 どっち?


 その言葉に困惑してベーゼの視線をたどると、なんとこの一方通行の閉鎖空間の中に分かれ道があった。


「こちらです」


 ロロは迷わなかった。


 より狭い通路のほうを指して、焦ったように声を出す。


「ん?どうしてだ」


「ここに暗号があります」


「ほほ~」


 ベーゼは興味深そうに顎を撫でて、ズカズカロロが示した方へ進んだ。


「つまり、あのヒャーナって斥候がここを通ったってわけか」


 無論、ヒャーナが通ったとはいえ、必ずしも正しいルートというわけではない。


 あくまでもヒャーナがいる可能性が高いルート、である。


「よっし、んじゃいくぞ」


「そ、それでいいのですか」


 あまりにあっさりと決めてくれたので、ロロが逆に心配そうになった。


「なにをいう。ここに行けばヒャーナに会えるってことだろう。間違ったら引き返せばいいことさ」


「そうですね……でも……」


 ロロは隣のヒゲオヤジを見る。


 さすがにさっきの一撃で堪えたのか、ヒゲオヤジは若干息が上がっていた。


 もしヒャーナがこの場にいたら、きっと一回休憩と提案するだろう。


 冒険は探査と休憩を繰り返すことで成り立つものだとヒャーナはよく言っていた。しかし……


「ん?行かないのか」


 動かないヒゲオヤジとロロを見て、ベーゼは逆に訝る。 


『好きにしろ、だが安全は保証しねぇぞ。あそこの神官ちゃんと同じように、ね』


 ロロは小屋を出る時にベーゼが言ったことを思い出す。


 つまり、お荷物になったら迷いなく捨てるという意味だ。


 正直、ロロは光を灯すだけで精神力をかなり消耗した。


 一方、ベーゼといいトリアといい、二人とも平気な顔だ。


「冒険、無理、常在」


 ヒゲオヤジが言った。


 盾を拾い上げて、片手斧で胸当てを叩く。


 自分を鼓舞するための音が、通路のずっと奥まで響く。


 するとベーゼはにんまり笑う。


「そうこなくちゃな」と、そしてロロに見て「いいな」と確認してきた。


 ロロはすぐ頷き返す。


 いまが踏ん張りどころだ。


 時間との勝負……もしかして、まだヒャーナに会えるかもしれない。

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