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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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間話 ヒャーナ

 失敗した失敗した。

 失敗 した 敗した。

 失 敗し た失 敗し た。

 失 敗 し た 失 敗し た!


 ヒャーナは転がるように走る。


 視界のない暗闇の中で、いろんなところにぶつかりながら。


 情報を探るべく倉庫に入って、はぐれた仲間の装備を見つけてしまった。


 そこで撤収すればよかったものを、直感でさらに奥へ進んだのがいけなかった。


 下へ続く階段を見つけたヒャーナは、同時にそこに住まう人間の形をしていた何かに遭遇した。


 畜生畜生畜生畜生畜生、なんで、いったいどこまで通じているんだ、この通路は。


 多勢に無勢で、突如伸ばされた無数の手でヒャーナは通路の奥深くまで引きずりこまれた。


 服がズタズタに裂かれて、藻掻いたせいであちこちぶつかって、手足の至るところを噛まれていた。


 いたい。


 身体の芯から燃えるような痛さだ。


 もしヒャーナが普通の人間で、ベテランの斥候ではなかったら、きっと、すでにこの世にいないだろう。パーティーのために単独行動をして偵察を行う斥候だからこそ、こっそり保身用に道具を忍ばせていたのだ。


 ヒャーナが使用したのは、『転移(テレポート)』のスクロール。


 望んだ場所に飛ぶ魔法で、 オークションで高い金を払ってようやく手に入れた貴重なものだ。


 それが、中途半端な形で効果を発揮した。


 そのまま地上に戻りたいと願ったのに、視界がないせいで、ヒャーナは逆に見知らぬ通路にたどり着いた。


 無論、壁の中に挟まって即死するという『転移(テレポート)』にとって最悪の結果こそ免れてはいたが、やはり状況が好転したとは言い難い。


 いつも持ち歩いているカバンがない。


 あらゆる状況に対応できる装備を失ったいま、ヒャーナが頼れるのはもはや長年の経験と勘だけだった。


 帰り道が化け物で塞がっている。


 よってヒャーナが取る選択は、一度広い場所に出て身を隠し、やり過ごすことだ。


 残ったナイフ一本をなんとか護身用に握り締めて、ヒャーナは指に唾をつけて、風の方向を確かめる。


 視界がない状態でも行動できるような訓練をうけたのが、幸いだった。


 仲間たちは頼れない。


 ヒャーナはロロに「もし日付が変わっても戻らなかったら撤退を説得するように」と伝えてあるから。


 それでも、足を引きずり進みながら、ヒャーナは肉の壁に記号を刻んでいく。


 これもあれも全部あの傲慢な魔術師が悪いと思いながらも、ヒャーナはいまはその魔術師の執念に期待するほかない。



 …………!



 ヒャーナの足が止まった。


 首筋に、気配がしたのだ。


 あと一歩でも動けば自分が死ぬという寒い気配が。


「おばさん、ここで何をしているの?」


 子供の声。


 何度も聞いても、実にうさん臭い無邪気な声。そして、人を苛つかせる呼び方。


 コメル。


 ヒャーナは何か言い訳を探さねばと思った。


 そもそも、自分の意志でここにいるわけではない。


 でも、こんなところでコメルと会ったのは何を意味するか、ヒャーナは理解している。


 暗闇のせいで、お互いの姿がまったく見えないはずなのに、相手は的確に自分を認識できている。


 ここで何をしている?


 むしろこっちが聞きたいぐらいだ。


「コ、コメルちゃん?」


 ヒャーナはすかさず返事した。


 緊張のせいで、若干声が不自然になったが、それを気にする余裕はない。


 ヒャーナは内心の恐怖を堪えつつ、無力を演じる。


「コメルちゃんなの?わたし、ヒャーナおばさん。なぜか雪の上を歩いてたらこんなところに落ちちゃった」


 偵察に行ったなんて口が裂けても言えない。


 そして咄嗟に出た言葉がこれだった。


「そう、なの?」


 やや困惑したような声である。


 ヒャーナはコメルが首を傾げるのを想像した。


 でも、いけなかったと、ヒャーナはすぐ後悔の念に駆られた。


 なんで弱気になっているの、私!


 人間は自分にとって必要ないものには大抵容赦がない。


 さっきは、もっと格好をつけるべきだったのだ。


 せめてヒゲオヤジたちと一緒に来たとでも言えばよかったのに!


 失敗した。


 ほんとう、失敗した。


 ヒャーナはなりふり構わず走り出す。


 暗闇の中でも、壁を伝っていれば、なんとかして距離を取ることはできる。


 ヒャーナは自分の呼吸音が聞こえる。


 重くて、心を押しつぶすような音だ。


 足裏から伝わる悪寒を気にする余裕もなく、ただ肺の空気を吐き出し尽くす勢いで、ヒャーナは逃げた。

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