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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第十話 途中

「見習いくん、おまえいい度胸してるな」


 部屋を出て、教会へ向かう途中。


 ベーゼはロロの背中を叩いた。


「半人前が先生の言葉に背くなんて、普通は破門だろう。まさか女ひとりのためにここまでやるとはな。これぞ見かけによらず、ってもんだな」


 ズカズカと雪を軋ませて、先頭にモホーク、続いてベーゼ、ロロ、トリアの陣形で四人は雪が積もる街道を通る。向かう場所は当然、教会だ。


「先生なら、きっと分かってくれると思います」


 一方、ロロは若干恐縮しつつも、答えに迷いはなかった。


「へ~、あれでか」


「先生は別に悪い人ではありません。ちょっと周りが見えていないだけです」


「そっか?オレには温室育ちの世間知らずに見えたけどな」


 にんまり笑い、ベーゼは肩を竦める。


「自分の考えを押し付けて、そして誰もが自分と同じ考えを持っていると信じて疑わない顔をしていたから」


 ただ、学術の塔に籠もる魔術師とはそういう連中だとベーゼも理解している。むしろ面子がとにかく大事な学術派がさっきのようにわざわざ状況を説明して協力を仰ぐのが異常だ。


 といっても、他人の都合なんてベーゼにはなんの関係もない。


 あくまで自分のやり方を貫く。


「あの、ベーゼさん」


 すこしだけ歩み寄って、ロロが話しかけてきた。


 少年のわりに身長があり、吐き出す白い息の温かみがベーゼの頬に当たった。


「トリアさんって、最初からこんな感じですか」


 おっとと、これは面倒な質問だな。


 と、ベーゼは心の中で唸る。


 金髪の見習い神官は、やはり一言も話さず、ベーゼとある程度の距離を保ちながらついてくる。現在ベーゼは一応元異形討伐隊(監督役付き)ということになっているが、これもあくまでトリアが余計なことを言わないのを前提にしているのだ。


『神官ちゃんなら分かると思うが、余計なことを口に したらこの場にいる全員が死ぬからな』


 そんなふうに釘をさしているため、正直少年に興味を持たれるとややこしい。


 ベーゼにとって、冒険者たちは所詮情報を手に入れるための手段にすぎないのだ。さっきの小屋で全員

を始末してもよかったが、まだ利用価値があるのは本当だし……それに、どちらにしろ、この人数では無事に聖王国まで帰還できないだろう。


「見習いくんはいま思春期だもんね。分かる分かる、分かるぜ。おまえぐらいの年頃は身体が自然に女を求めるもんだ。はぁ~おじさん、羨ましい限りだぜ。しかし残念なことに、いま抱くよりも女をからかったほうがよっぽど満たされるよ」


 だから、ベーゼは自己流で茶化すことにした。


「いえ、そ、そういうわけではありません」


 案の定、ロロは慌てて手を振った。そこでベーゼはさらに畳み掛ける。


「そういえばあの斥候はどういう人なんだ?美人なのか。もしかして胸がデカかったりして」


「とととても親切してくれた方なんですよ。見た目なんて関係なく」


「なるほど……」


 年頃の男の子にとってはお姉さんがいいのか。


 ベーゼは自分の過去を思い出す。


 たしかに最初の頃はいろいろうまくやれなくて、年上に助けられたことも多かった。


 でも、それはやはり恋とは違い、安心感に近い何かだといまははっきり言える。


「じゃ斥候ちゃんは何か 言い残したことはあるかな。さっき居場所を知っていると言ったっけ」


「こ、これです」


 ローブの内側から取り出したのは、小さな手帳である。


 冒険者が愛用する、聖王国産ではよく見かける革製のものだ。


「中に暗号を解読するためのものがあります。ヒャーナさんは時々これに書き込むのです」


「さすがAランクの斥候だね、どれどれ」


 口では褒めているものの、内心では舌打ちする。


 厄介な。もしかして城門棟のところにもこんなもんが書き込まれているかもしれん。援軍がきたら面倒だな。


 やはりここは速攻で片付けるか、とベーゼは手帳を適当にめくってから、ベーゼはロロに返した。


「大事にしろよ。こんなもんは斥候にとっての命だ。他人に渡すというのは、それぐらい信用されているってことだ」


「はい!」


 ロロは若干嬉しそうにローブにしまった。


 ここで手帳を取り上げることもできるが、ベーゼはそうしなかった。というより、そこまでする理由もない。


 ――できれば、悪いことはしたくない。


  これは偽りなく、ベーゼの本心である。


 だからハルトマン領でクリシスも見逃したし、しばらくトリアを連れ回したあとも逃がそうともした。


 無論、これは甘いと評する人もいるだろう。


 でも、余裕があるうち――異端討伐隊・主席のあの男が来ない限りは、まだ適当なことをやっていられるだろう。


 心のバランスを取ることも、戦士にとって重要な能力のひとつだ。


『お父さん』


 あぁ、わかってるよ、ディア。


 こんなふうに、酒が切れると娘の声がいつまでも響いてしまうから。


 ベーゼは心の中で頷いて、考えを切り替える。


「教会、到着」


 先方からヒゲオヤジの声がした。


 視線を辺りに一度彷徨わせてから、ベーゼは目の前の建物を観察する。


 北方都市モルトにしては規模がやや小さい教会だ。


 恐らくこの区画だけを任されているのだろう。責任者は助祭が精一杯だ。


 そして、正門の足跡はかなり乱雑である。


「お邪魔するぜ」


 とくに策を考えていたわけではないので、ベーゼはドアを蹴っ飛ばした。


「なっ」


 当然ながら後ろのヒゲオヤジとロロは呆けた顔になるが、ベーゼはそんなのお構いなしである。


 創世神ボエニークスの彫像が目に入った。


 続いて、冒険者たちが言う地面に転がり感染者も。


 だが 聞いていたおとなしい風体とは違い、転がる数体の影が突如悲鳴をあげて、身体のあちこちが異様なほど腫れ上がる。


「さっそくお出ましってところか」


 ベーゼが抜き払ったのは反撃剣。


 踏み込んで、鋭い角度から頭を跳ねて次々流転していく。


 動きはできるだけ軽やかに、あらゆる状況に対応するために余裕を残すのがコツだ。


「す、すごい……」


 さすがにここまで来た人間なら血ぐらいで不快感を覚えることはないのか。


 あがる血煙とともに人の首が転がり落ちたにも関わらず、ロロの口から漏れるのは感嘆だった。


「さて、包帯の二人はどこだっけ」


「案内、奥」


 ヒゲオヤジの反応は速かった。


 しかし……


「目標、喪失」


 たどり着いたのは神父の寝室。並ぶ二つのベッドの上に、黄色の染みだけが残っている。


 ヒゲオヤジの声は悔しさ混じりだった。


「いえ、ここに暗号が残っています」


 発言したのはロロだ。


 ベーゼの後ろについていた魔法使い見習いは、手帳を捲って壁際にかかれている印を解読した。


 どうやら斥候が仲間がここに来ることを想定して残したものらしい。


「倉庫、という意味だそうです」


「なるほど、そういうわけか」


 ベーゼの行動は迷いがなかった。


 聖剣を抜き払い、そのまま壁ごと破壊する。


 飛び交う砕けた石。雪に覆われた後庭が視界に映る。


 引き返して迂回するより、こっちのほうが遥かに効率的である。


「ふん、どうやら当たりのようだな」


 雪の上に倉庫まで通じる足跡は複数あった。にもかかわらず、そこから出る痕跡はない。


 壁際にぽつんと建った小屋を、ベーゼはさっきと同様に手っ取り早くドアを破壊する。


「どうやら戦闘があったようだ」


 本来なら物品を保存、収納する役割を果たす場所だ。しかし倒壊した棚のせいで、ところどころに積んであるはずの服やらの装備が散乱して、ある意味ごみ溜めに近い有様を呈していた。


「星槍!理解不能」


 ベーゼの横から室内に入って、ヒゲオヤジの片言が珍しく焦りを覚えた。


「これはSランク冒険者『星槍』の装備です。その、前に言ってたはぐれた仲間の」


 ロロがうしろから説明を補足した。


「なるほど、そういうことか。じゃついでに拝借しておくか」


 冒険者一行がここまで来た経緯は一応聞いていたので、ベーゼは瞬時に状況を呑み込んだ。


 ――はぐれた仲間の装備と思わぬところで出くわした。


 経験上、それは裏切られたのか、仲間が死んだかのどっちかになる。


 この場合、おそらく後者にあたるだろう。


 金属ではなく、魔石で先端に固定した槍をベーゼは握る。


「ふむふむ」と唸って、『再現』で本来の持ち主がいかなる使い方をしたのかを把握した。


「ロロ、これはおまえが使え」


「えっ?」


「別に驚くことはないだろう。この槍は杖としても使えるんだ。見習いのおまえはまだ杖を持ってないだろう」


「いや、そういうことではなくて」


 案の定ロロは恐縮して手を振るが、ベーゼは顎である方向を示す。


 それは、倉庫のずっと奥。


 乱雑に倒れ込む装備の下。割れた床から、下へ続く通路があった。

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