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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第九話 不穏な予感

 モホークは口下手だった。


 とはいえ、昔から片言しか話せなかったというわけではない。


 冒険の方針を決める時はできるだけ積極的に意見を出そうとしたし、仲間との連携も口で伝えることが多かった。


 でも、口下手なのだ。


『危険だからそっちにはいかないほうがいい』


 すると、相手は必ずなぜ、と聞いてくる。


 なぜって。


『危険だから』


 モホークはどうしても相手との考えが噛み合わない。


 だから何かを話そうとするたびに疎まれて、仲間も離れていく。


『冒険、楽しみ』


 いつからだろうかすでに覚えていない。


 気がつくと、モホークは自分を名乗ることもしなくなり、周りからヒゲオヤジと呼ばれるようになった。


 老若男女を問わず、ときには尊敬の念すら込めて。


 沈黙は金、雄弁は銀。


 ある意味この言葉の通りだとモホークは思った。


 世界最大の迷宮ターオムに潜る時にも、この沈黙はうまく功を奏した。


 モホークは仲間に呼びかけることは基本にしない。ただ自分の意見を述べる。それで仲間が勝手に取り入れて、話し合うようになる。


 ベテランとしての経験と直感で、モホークの言葉は往々にして冒険をよい方向へ転ばせた。


 いま着込んでいる鎧も、迷宮を踏破した時に、仲間からもらった戦利品のひとつだ。


 受けた力を、足元へ流す魔道具(マジックアイテム)


 同時に二つ以上の攻撃を受けると役立たなくなるが、それでも前衛ならば誰もが手が喉から出るほど貴重な品だ。これをオークションに出せば、一生遊んで暮らせる金が手に入るだろう。


 でも、モホークはそんな無粋な真似はしない。


 モホークは冒険が好きだ。


 心が躍るような大冒険が。


 願わくは、こんな冒険の中で人生の終止符を打ちたいとも思う。 


 だから、彼はいまここにいる。


 戦争なんて、単なる殺し合いだ。


 ――――


「襲ってきた奴はアズルと言うんだ。我々が来た時ここの管理者のような顔をしてた。畜生……やられた」


 魔法使いのアロガンテッソは吐き捨てるように言う。


 トリアが調合した薬を飲んで、さっきに比べて顔色はだいぶよくなったが、言葉にいつもの鋭さがない。


 モホークはそんな魔術師を一瞥して、囲炉裏に木を入れる。


「どうりでな。こっちもてっきり『慈悲』と『謙虚』のコンビだと思ったぜ。なにせあの技は奴しか使えんからな。ほんとう、先入観はよくないな。よくない!」


 足を組んで、腕も組んで、男はうんうんと頷く。


 部屋の端っこに片付けられた首なし死体に目もくれずに、興味津々な顔をしている。


 ベーゼ・バラトルム。


 元・異端討伐次席で、一時的に追放されたが、人魔大戦で再び教会の配下になった男。


 そう、モホークたちは教えてもらった。


 話によると、どうやら彼はヒャーナが残した手紙を頼りにここまで来たそうだ。


 正直、外見も気配も怪しい男だ。身なりが汚いのはともかくして、言動のはしから神への敬意が微塵もない。そのうえ、どうやら腕を義肢に取り替えているようだ。


 ――西大陸では、それだけで追放の身になるだろう。


 しかし、彼が命を助けてくれたのは事実で、現に彼の監督役という神官のトリアはララの看病もしている。


 ともあれ、命の恩人だ。


 それに、疑い始めればきりはないのも事実である。


 モホークたちはベーゼについて、この民家に入って、いまに至る。


「このアロガンテッソ・マルガーヤ・ヨンガン・ムタハッウィル・ニシャースチイェ・ミゼリゴルド・デブレッシオーネ・ヴェルゴーニャを騙すとは。必ずや報いを受けさせてやる!」


 ぶつぶつと、魔法使いは忌々しい声を吐く。


 口にした食事には毒を盛られていた、とアロガンテッソは主張する。


 ただ、モホークはそれについて疑問を覚えた。


 なにぶんあの親子二人も食事を口にしていたし、体調を壊したのは単に魔法使いの二人が北の大地の食事 が口に合わない可能性もある。


 モホークは過去似たような状況に遭遇したことがある。


 だからあれ以来冒険する時はつねに携帯食で済ませていた。


 身体の不調で冒険に欠席するというのは、なんとも悔しいものだ。


「それにしても、あの親子はどうした?話を聞く限りじゃ、大して悪いことはしてないようだ。『どうか、お引取り願えないでしょうか』みたいなことも言ったわけだし。それに宮廷魔法使いさんはピンピンしてるじゃねぇか」


 ベーゼは聞いた。


 どうやら彼もモホークと同意見らしい。


「ふざけたことを!この私がこの程度で済んだのは即座に無詠唱で胃袋の中身を全部引きずり出したからだ。でないととうに弟子と同じ目に遭ってるぞ!」


「ふむ」


 ベーゼは唸る。


「親子、侵入者目撃、消失」


 その隙を見計らって、モホークは状況を伝えた。


 するとベーゼはなぜか面白がるように一度モホークを見て、続いて視線をいま横たわっているララに向けた。


 三つ編み髪の見習い魔法使いは顔が真っ青でいまなお意識不明の状態である。


「そういえば宮廷魔法使いさん、どうしてついでに弟子の治療をしなかったんだ?」


「もしかしてそんな余裕があるように見えたかね。身体が違和感を覚えたとほぼ同時にあの者が部屋に入

ってきたんだぞ!それに魔法使いは神官ではない。他人の身体をいじるのは殺傷行為に等しいぞ」


「いやいや、正しい判断だと思うよ。あの『溶撃(マグマブレイク)』がなければ、オレはそっちに気づかなかったわけで」


 アロガンテッソがあからさまに不機嫌になるが、ベーゼは止めない。


「あれは援軍を呼ぶための合図のようなもの、と私は考えたわけで。ただ、宮廷魔法使いさんは私たちが来ていると知らなかったはずだ。はたして誰に、あっ、そういえば、城門棟に手紙を残した斥候はどうした。姿が見えないけど?」


「そんなもん、知らん!」


 やはり腹の調子が悪いのだろう。


 普段なら喧嘩腰になってもおかしくないのに、怒りを露わにするアロガンテッソは何も言い返せないままそっぽを向いた。


 しーんと、部屋の中は突如静まり返る。 


「ええと、ヒャーナさんは、その……一人で戻りました」


 そこで口を開いたのは、見習い魔法使いのロロだった。


 弱くて、でもよく鍛えれば、もしかして立派な冒険者になれるかもしれない、というのがモホークの印象だ。


「一人で、戻った?」


 ベーゼが訝しむ。


「オレが冒険者の斥候に対する認識が 間違っていなければ、Aランクの斥候はそんな真似をしないはずだが?」


 斥候は冒険者パーティーにおいて極めて重要な存在だ。


 未探索領域の偵察はもちろん、敵の追跡を含めて、仲間たちの力をフル活用するための知識が叩き込まれている。ときに戦闘力が秀でた者もいるが、多くの斥候はパーティーの補佐を務める。物腰やわらかく、慎重で、人とのコミュニケーションを得意とし、ついでに物資の調達能力も優秀。斥候は、いわばパーティーの中枢だ。そんな者がパーティーを離れるということは、手足だけ残して、胴体だけがどこかに行ってしまうのと同じ意味である。


 モホーク自身も自覚しているように、ヒャーナが離れてから周りが明らかに余裕をなくしている。きっとアロガンテッソもそう感じているだろう。


 あの慎重なヒャーナがいれば、そもそもあの食事を口にしないで済んだかもしれない。


「その、ええと……」


 視線をベーゼとアロガンテッソの間に幾度か往復させたあと、ロロは結局何も言わず、口ごもる。すると、ベーゼは「なるほど」と面白がるように笑った。


「んじゃ、ひとまず状況を整理してみよう」


 足を組んだまま、ベーゼは適当に地面から幾つか石を拾い上げる。


「まず一番怪しいのは異形が入ってこないことだね」


 周りが見えるように円を描いて、ベーゼは石でとんとんと地面を叩く。


「この区画、オレたちには見えない境界線のようなものが存在するようだ。入るまで異形はひとに襲いかかってくるが、その中で起きたことには一切関心を向けない。実におもしろい」


 モホークも知っている情報だ。


 いまさら聞かされたところで時間の無駄だろうが、しかし作戦会議とはそういうものだとわきまえている。


 だから髭を撫でて、真剣に耳を立てる。


 アロガンテッソがつっかかるのではないかと心配だったが、顔が真っ青な魔術師はなんとか意識を奮い立たせて、集中している。


「次におかしいのはこの区画の住民だな」


 いま横に転がっている各部位が腫れ上がった死体を指して、ベーゼは肩をすくめる。 


「確定事項として、奴らはこの大地に蔓延る血肉と、人間をそのまま喰ってるらしい。そしてどうも()()()()()はすでに人間じゃないようだ。ただ、一部意思疎通のできる個体以外、俺たちに対して明白な敵意を抱いてない。といか全員部屋の中に引きこもって、出て来ないんだ。これはさっきの戦闘でよ~く分かったと思う」


 うん、とモホークは頷く。


「中でもオレ的に一番気になるのは奴らが異端討伐隊の技が使えるってことだな。『慈悲』のツーベイと『謙虚』のファミリタス。奴らの祝福はそれぞれ『雷電』と『同化』だ。昔ともに戦った仲間として言わせてもらうが、使う技までそっくりだ。二人が本当に都市モルトに派遣されたら、死んでいなくとも何かあったのは間違いないだろう。方法は不明だが、ここの感染者は他人の祝福を使うことができるのかもしれない」


 うん、とモホークはさっきと比べて強く頷く。


 たしかに、これは最悪の状況だ。


 モホークのような冒険者にとって、祝福が使いこなせる人間なんて雲の上の存在だ。小さい頃から憧れを抱いていただけに、敵になった時の危険性を知っている。

「とはいえ、我々も別に真正面から ぶつかり合う必要はない。この区画の謎なんて謎のままでいいと思うぜ。なぜなら上から与えられた任務はあくまで()()()()()()にある。様子からしてこの辺りに存在する可能性は極めて高いだろう。さっさと持って帰れば一件落着だ」


「それは困る」


 掠れた声。


 今までずっと探査に固持していた人物。アロガンテッソだ。


 さっきまで横に 置いていたつばの広い帽子をかぶり直し、アロガンテッソは不健康そうな顔を隠して、譲らない姿勢を見せた。


「ここ数日の調べで分かったことがある」


 口を開くたびにつらいのだろうか。アロガンテッソは一旦呼吸を整える。


「いま蔓延る肉塊。外部ではまったく感じ取れないが……この場所に近づくにつれて内部に秘める魔素が多くなっている……」


 モホークたちには一度も聞かされていないことだ。


 衰弱したせいか、それともベーゼの強さを信頼しているのか、アロガンテッソがすこしだけ素直になったとモホークは感じた。


 もっとはやく話せば、ヒャーナとうまくやれたかもしれない。


 若干、残念な気持ちも湧き出た。


「ここにいる人間たちはたしかにおかしい……でもこんな異形のど真ん中に放り込まれても死ななかった……もしこの肉塊の副作用を取り除くことができれば……もしかして戦争の助けになるかもしれん……いま前線では病で死んだ兵士も大勢いるんだ……だから、この区画を調べることはとても重要だ」


 アロガンテッソの意見はこの状況においてやや非現実的だが、もっともだ。


 しかし……


「オレには関係ないことだな」


 そんなのどうでも良さそうにベーゼは笑って一蹴した。


「なっ」


 あまりの清々しさに、周りの者(神官以外は)はみな絶句した。


「まぁ、貴重な情報を教えてくれて感謝するよ。宮廷魔法使いさん。こういうのって、知る限りじゃ発表すると大抵受賞もんだろ?しかし勘違いしないでほしいな。我々は異端()()隊だ。人ならざるものを狩るのが専門で、人を助けることに関しては素人だ。やりたいなら勝手にしろよ」


 腰から小瓶を開けて、ベーゼは酒だと思われるものを舐める。それが空っぽになった途端突如立ち上がり、ドアのほうへ向かった。


 外は、おぼろげな月光が滲んでいた。


 アロガンテッソはまさか自分の提案が断られると思わなかったのか、若干魂が抜けたような声を出す。


「お、おい。どこに行く」


「オレは教会に行くよ。お前らのいう全身包帯の異端討伐のヤツってのが気になってね。ちなみに夜が明けたらはやく城門棟まで戻ったほうがいい。ここはおまえらにとっちゃ荷が重い場所だ」


「冒険、やり抜く」


 モホークは立ち上がった。


 愛用の斧を持ち上げて、迷いなく。


「おや?」


 ベーゼは若干困ったように振り向いた。


「オレは邪魔だと言ってるんだけど、分からないかな」


 人の気持ちをこれっぽっちも考えない男だ……


 モホークは口下手だからうまく説得できる自信はない。


 だからいつものようにただ立ち上がり、ベーゼをまっすぐ見据えた。


「お、お待ちください。わ、わたしにも、行かせてくださいませんか」


 これはさすがにモホークも驚いた。


 声をあげたのはなんと、ロロだ。


 今回の依頼を引き受けて以来、アロガンテッソの後ろについて、おどおどとしていた少年。


 果たして、彼は自分がいま選択した道の意味を本当に理解しているのか。


 やや心配になるモホークだが、やはり不必要な言葉を省くことを選んだ。


「じつは、ヒャーナさんの居場所を知っているんです。出る前に、私にだけ……もし朝まで帰れなかったら、師匠に撤退するのを説得するって」


 予想外の人物からの思いがけない言葉。


 アロガンテッソもかなり衝撃を受けたようで「ロロ、おまえ」と言葉を失った。


「先生、申し訳ございません。でも、やはりヒャーナさんが心配なんです」


 一度深々と自分の師に頭を下げて、少年もベーゼのほうを見た。


 すると男は「ハッハッハ」と快活そうに笑った。


 付いてこようとする連中がおかしいのか、それとも魔法使いの境遇を嘲笑っているのか分からない笑い声だ。


「好きにしろ、だが安全は保証しねぇぞ。あそこの神官ちゃんと同じように、ね」


「うむ」


 金髪の神官はいつの間にか立ち上がり、ベーゼのうしろに立っていた。


 なるほど、これが監視官の腕前なのか。


 だが驚きをよそに、モホークの心はむしろより強く踊った。


 ある意味、これぞ冒険の醍醐味とも言える場面だ。

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