第八話 専門家
「さてと、ここで合ってるかな」
首を回して、ベーゼは首辺りの骨を鳴らしてズカズカ進む。
夜間の視界の悪さを気にすることなく、雪を軋ませて進む。その無精髭の生えた口元は余裕たっぷりの笑みが浮かんでいた。
「しっかし、遠くだと分かりにくいが、近づいて見りゃ灯りがついてるじゃねぇか。おもしろい。これぞ一直線で来た甲斐があったというものだ」
かの勇者候補モイラから奪った古びた剣。
その表面に付着した青い血を振り払って、ベーゼは隣のトリアに語りかける。
が、神官服を着込んだ少女はただ無言のまま、定かではない視線を辺りに迷わせた。
時間は、ほんの数時間前に遡る。
吹雪が荒れる森と平原地帯を抜けて、真っ先にベーゼの目に飛び込んだのは城門棟の上に舞う旗だった。青と赤が交差する印。それは冒険者たちが臨時拠点を構築する時に靡かせる合図のひとつ。
――ここは安全だ。仲間を求める。
ゆえにベーゼは正々堂々梯子を伝って城門棟に上がったが、すでに冒険者一行はここを去ってしまっていた。でも、幸い、手紙は残されている。
中には冒険者ギルドが彼らをここまで派遣した理由と、来る途中で仲間の多くを失い、数日待った末ある子供の情報より教会に向かったことが記されている。
『もしこの手紙を手にした時、すでに書いた日時から三日が経っていた場合、即座に引き返し、ギルドに報告してください』と最後のところにAランク冒険者ヒャーナのサインが残っていた。
ベーゼが取る行動はシンプルだ。
まず城門棟に固定した旗印を回収して、手紙といっしょに燃やした。
「これならしばらく邪魔は入らないだろう」
愉快そうに手を叩いて、ベーゼは即座に教会のほうへ向かった。
その一部始終を見届けたトリアは、やはり何も言わず、ただついてくる。
「おい~~、誰かいるか~~~冒険者ですよ~~と」
ほかの場所と明らかに違う匂いを漂わせる町に入って、ベーゼは声を張り上げて呼びかける。
しかし、その声はただ雪の上に反響し、闇に呑み込まれていく。
「やべーな。先に来た連中もう全員くたばったかもしれん」
異形討伐隊の人間が重傷を負って動けなくなった。
など、手紙にそんなふざけたことが書かれているから十中八九罠だとベーゼは踏んでいるが、どうも状況は想像以上に芳しくないようだ。
「おい、誰かいるか!」
ベーゼの決断は早かった。
灯りがついている民家のドアをバンバン叩いて、呼びかける。
無論、かえってくるのは沈黙だが……
「誰かいるなら三秒で返事しろ。でなければ勝手に入らせてもらうぜ」
三秒待つなんてとんでもない。
話が終わるとほぼ同時に、ベーゼは腰に提げた聖剣に触れた。
瞬間移動
いともたやすく、部屋の内部に侵入できた。
不死者狩りは常に生死の狭間で行われるものだ。
ゆえに常識もモラルも名誉も重要視すればするだけ生存率はぐっと下がる。
他人の部屋に無断侵入するのはあとで いくらでも謝れるだろう。
しかし一瞬の躊躇で好機を逃せば、往々にして不幸を招く。
「おいおいおい、これとんでもないことになってるじゃねぇか」
ひどく痩せた、青年?と思しき者がそこにいた。
ぼんやりとした目で、魂が抜けたように。石造りの囲炉裏のすぐ傍に縮こまって、窪んだ瞳で揺れる炎を見つめている。
ベーゼが部屋に入ったのに、まるで気づいていない風体である。
でも、問題になっているのは上にある土鍋のほうだ。
グツグツと音を立てて、湯気の中に鎮座するそれは、血の赤を帯びたまま踊っている。
肉だ。
艶のある、いい肉。
同時にベーゼをぞっとさせた元凶でもある。
なぜなら、隣に人間の死骸が積んであるのだ。
――ここで何かあったのか、もはや語る必要はなく、一目瞭然である。
「えっ?」
ようやくベーゼの存在に気づいたのか、ぼんやりとした表情で青年が固まる。
「げえげっげげ!」
その反応もまたベーゼを不快にさせるものであった。
反射的に顔を覆って、ベーゼから逃げるように後ずさる。あげる奇声も当然ながら不気味だが、その細
く痩せた身体はなぜか突如蠢き始める。まるで内側から何かが皮膚を突き破ろうとするかのように、歪な形態へ捻じ曲がっていく。
ベーゼが取る行動はシンプルだ。
左の反撃剣を抜き、すっとその首を刎ねた。
「ったく、驚いたのはこっちだぜ。なんてもんを見せるんだ」
噴き出る血煙。
ばったりと倒れる身体から首が勢いよく跳ねて、部屋の陰に転がっていく。
きな臭いな……こいつらやばいもんを喰っていやがる。
壁際。
外で蔓延る異質な血肉が部屋の中に侵入し――しかし中の一部は無理やり抉り取られた痕跡があった。見ればあちこち排泄物の痕跡があり、匂いが立つ。
きっと、青年は長い間部屋の中に引きこもっていたのだろう。
出どころ不明の肉を食って、人間も食って……。
あちこち腫れ上がっている死体に、ベーゼは躊躇なく斬りつける。
「さてて、ちょっと腹の中を拝見させてもらおうか」
案の定、腸の部分に不気味な魔石が嵌まっていた。
緑色で、鮮やかな色を放つ魔石だ。
前線病と呼ばれる異形の病は、末期になると人の体内に魔石を生成させる。
「しかし、こんなもんができてたらだいたいはもう危篤状態だろう。どういうことだろうね」
疑問は深まる一方だが、とりあえず、ベーゼはまずドアを開けることにした。
「神官ちゃん、入っていいぜ」
そう呼びかけて、てっきりこれで見習い神官は無表情で部屋の中に入ってくると思いきや、街道の真ん中に佇んでいる少女は視線を区画の奥に向けたまま、ベーゼを相手にしなかった。
「おっと、こりゃいつの間にかおもしろいことになったようだね」
火だ。
めらめら辺り一面を焦がす火ではない。
真下から火山のように吹き上げる、従来の法則を無視した上級魔法――溶撃。
どうやら手練の魔術師のようだ。ってことはあの冒険者の一行かな。これが使われたということは、戦いがあったということだろう。
ベーゼは即座に行動に移す。
無論、トリアは置いていく。
聖剣で屋上まで転移して、まっすぐ夜空を裂く赤い火炎の元へ駆ける。
にしてもそれでも異形は近づかないのか、おもしろい。
ベーゼの推測では、この区画の周りは少なくとも百体以上の贅肉型がさまよっているはずだ。
これだけ派手な魔法が使われたのに集まってこないとは。やっぱここはやばいところだな。
鼻で笑い、ベーゼはとりあえず疑問を切り捨てる。
――冒険者の一行がすでに目の前にいるのだ。
身を翻し、ズドンと雪を巻き上げて突入した。火炎の衝撃であちこち小屋の残骸が飛び散っている中、聖剣と反撃剣を抜き払って、ベーゼは対峙する両方の間に立つ。
「みんな、喧嘩は良くないぞ」
似合わねぇ~。
自分で言っておいてなんだが、ベーゼは噴き出すのをなんとか堪えた。
とりあえずは状況を観察する。
なんてまどろっこしいことベーゼはしない。
敵の敵は味方というんだ。
この場合、さきに攻撃を仕掛けてくるほうを倒して、残ったほうと仲良くすればいい。
突如乱入されたせいで双方はともに驚いたのか、ぱったり動きを止めた。
ふむ、四対一、いや、一対三かな。ひとりはもう伸びてる。
冒険者の格好をしている連中三人が帽子とマフラーで顔を隠している男と対峙している。にもかかわらず、冒険者のほうが緊張した面持ちだ。
斧を持ったヒゲオヤジ。格好から前衛の戦士だろう。
後ろは立っている魔法使い二人。
ひとりは腹を押さえて苦痛の表情を浮かべているが、広いつばの帽子に魔石を嵌めた杖。さきほどの魔法を放ったのは奴で間違いないだろうとベーゼは踏んだ。そして、年齢からして見習いの少年ひとり、(一応まだ立っているが)顔から血の色が引いている。
対して、正体を隠している男は佇まいからして熟練した猛者といったところか。
「つっ!」
男は武器を持っていなかった。
しかしその右手から突如稲妻が迸る。
「おいおいおい、嘘だろう」
『電光連斬』
ベーゼが知っている技だ。
上段、中段、下段から同時に凄まじい圧を放つ剣技。
異端討伐隊七位――『慈悲』のツーベイが不殺の信条を貫くために研磨した奥手。
だとしたら、どこかに八位――『謙虚』のファミリタスがいるはずだ。
状況を把握しつつ、ベーゼは一歩引くと同時に二本の剣を交差して聖剣を盾のように構える。
反撃剣は物理攻撃しか効かない。無理やり相殺したところでポッキリと折れるだけだ。
!
衝撃を受けた一瞬。
ベーゼは体勢を屈めて力を流し、回転する。
隙を見計らって反撃剣を腰に戻すとともに、両手で聖剣を握りしめる。
普通の人間なら電撃を受けただけで麻痺して動けなくなるだろう。
しかし『空間』の祝福を付与した聖剣は違う。
空間を噛み砕く漆黒の刃は、断絶の効果を発揮する。
「ったく、こんなところで鉢合わせるとはなぁ」
この場合、一番正しい選択は先にファミリタスを始末することだが、どこにいるか分からないうえに、うしろの冒険者一行を危険に晒してしまう。
ツーベイは不殺ではあるが、廃人を作るのが得意なのだ。
――頭だけ焼き殺すには、一瞬でこと足りる。
「っつ!」
動けない。
足に力を入れようとして、ベーゼはふっと緊迫感を覚えた。
雪の下からいつの間にか細い触手が大量に生えてきて、義肢にしがみついている。
「ファミリタスちゃん、しばらく見ない間に姑息な手を使うようになったじゃないか!」
『謙虚』のファミリタス。
その祝福は『同化』。
物事と一体化することで、壁をすり抜けることはもちろん、場合によっては物体を身体の一部のように操ることもできる。そのうえ治癒を含めた援護を得意とする。
いまは、恐らく雪の下にある肉と一体化したのだろう。
妙だ。良からぬ物質と同化した時は自分の身にも害をもたらすはずだ……どういうことだ。
昔の猫背で巨乳を隠している少女の姿を思い出しながら、ベーゼは困惑する。
しかしそんな考えがまとまるよりもはやく、稲妻の突貫が眼前まで迫ってくる。
転移に頼って束縛を抜け、ベーゼは紙一重で躱して下から払うように斬り上げる。
チッ、さすがにはやい。
稲妻が一閃。瞬く間に距離を取られて、今度は男の手に白い雷電が集う。
「雪の精霊よ。その身を…持ってわれを守らん!氷壁」
幾分の苦痛混じりに、魔法の詠唱が零れる。
男が一瞬遅れて投げる雷槍を、突如隆起した三重の氷壁が防ぐ。
プツプツと断末魔をあげる魔法の造物――最初の二枚があっさりと突き破られるが、ギリギリで攻撃を防ぐことができた。
「やるね~」
高熱で溶ける寸前の最後の一枚の氷壁を見て、ベーゼは口笛で賛嘆する。
案外、いまうしろにいる冒険者たちはできる奴だと状況を再認識した。
「加勢する。冒険、助け合う」
「おうよ、じゃこいつは任せた。オレはどこか隠れてる女のほうを探す」
と、言っておいて、ベーゼは咄嗟の反応で男のうしろに転移する。
騙すのは仲間から、というのがベーゼのモットーで、とくに『慈悲』と『謙虚』の二人コンビが相手ならなおさらだ。
案の定、ファミリタスの援護がこない。
ベーゼが取る行動に迷いはない。
納刀。
左足を一歩下げ、体勢を低くして、手を柄に添える。
この戦いにおいて、ベーゼは終始優勢だった。
なぜなら、昔の仲間であるため、二人の手の内は最初から明からされているも同然。
対して、ベーゼの祝福『再現』は、装備を切り替えるたびに違う能力を発揮する。
「男は速いだけじゃ駄目だぜ。坊主」
もはや手で刃を御するのではない。捻った体勢を利用して衝撃を流し、ベーゼは再現しうる限り最速の一斬りを相手に見舞ってやる。
刃に付着する空気を鞘の底に収め、凝縮し、一気に吐き出す。
これぞハルトマン領の警備隊長――ファルミが『気』の祝福を応用して生んだ技。
間合いなど気にする必要はない。延びた風圧は鋼鉄であろうといともたやすく両断できる。
おや?
肉を断ち切る音。
再び手に稲妻を集って突っ込んでくるツーベイ。
ベーゼとしてはその勢いを消すことができれば目的達成だが……
勢い余ったせいで雪に紛れて引きずる臓器。
熱い中身が酷寒に晒されて白い息が立ち昇り、やがて周囲の環境に溶け込んで、匂いが立つ。
――なぜか、あっけなく、男が腰から真っ二つにされたのだ。
「つまらんな。感動の再会ができると思ってたのに」
上半身だけが足元まで滑る死体を見て、ベーゼはすこしがっかりして息を吐く。
そして、すぐ違和感を覚えた。
「誰だこいつ……」
たしかに追い出されて五年は過ぎただろう。
でも、五年で人がこんなに老けてしまうことはあるだろうか。
ベーゼの記憶の中にあるツーベイは、顔つきが精悍な坊主頭だった。小柄だが異端討伐隊の中でもとくに振る舞いが乱暴で、人の命を含めた細かいことは気にしない。
だから、『慈悲』の称号を与えられ、不殺の誓いをたてた。
少なくとも、決して、こんな歳月に蝕まれて、萎んだ野菜のような顔はしていないはずだ。
見れば顔の形も全然違う。
まさかどこかで不死者との戦闘でやられたのか。
そんな可能性が一瞬頭に過ぎって、すぐ自分自身で却下した。
彼が知る教会は手負いの者を最前線に送り込んで無駄死にさせるほど愚かではない。
なにより、仲間の足を引っ張るような連中を使うのはリスキーだ。
あの緩急自在な攻防を得意とするツーベイが、こんなあられもない姿になるとは思えない。
「おい、 ファミリタスちゃん。これはどういうことだ」
ベーゼが張り上げる声は、雪の街道に紛れて数度反響する。
しかし、返事が返ってこない。
冒険者の一行を見る。
髭の長い戦士がすこし屈んで、周りを警戒するように力を溜めている。
つばの広い帽子をかぶった魔法使いは額に汗が浮かび、顔が青ざめている。
隣の少年はガタガタと震えているが、横になっている女を抱えて、なんとかしようとしているように見える。
逃げたのか。
しばらく不穏な空気が流れて、それでも相手 が襲いかかってこないので、ベーゼは結論を出す。
『謙虚』の称号を与えられたファミリタスは単独行動を禁じられている。
死んだのがツーベイではないなら、攻めてこないのも一応理屈に合う。
無論、油断はしない。
異端討伐隊は撤退するが、あくまでそれが最善な時だけだ。
この状況において、相手の油断をついて襲いかかるのも最善の一手になりうる。
ベーゼだったら、 目の前の冒険者たちはこのタイミングで始末する。
「だれだ!」
ずた、ずた、ずた。
ゆっくりと落ち着いたリズム を刻んで、雪を軋ませる足音が近づいてくる。
声を上げたのは魔法使いのほうだ。
顔色が優れないせいで、どうも虚勢を張っているように見える。
一方、ベーゼにとっては知っている人物だ。
トリア。
金髪の見習い神官は遠巻きに冒険者たちを観察して、そしてベーゼのほうを見た。
周りはやはり静まり返って、ただ風が音だけが耳元をかすめる。
とりあえず、ベーゼは聖剣を鞘に戻した。
『雷電』の祝福がなければ、反撃剣だけでことたりる。それに、できれば生け捕りしたいのが本音だ。いま足元に横たわっている死体はどっちかというとアクシデントの部類に入る。
「まぁ、まず話でもしようか?」
肩をすくめて、ベーゼは冒険者の四人に切り出す。




