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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第七話 潜伏

 ヒャーナはいま街道の片隅に潜伏している。


 服 で身をきつく包んで、凍えそうな空気からなんとか身を守る。


 アロガンテッソたちと喧嘩別れしたあと、ヒャーナは区画を出たふりをして、すぐ引き返した。


 あれだけの勢いで言い争ったのだ。


 きっと誰も疑わないだろうし、わざわざヒャーナを探し出そうとする人もいないだろう。


 あの魔術師は『槍』の回収を忘れているんじゃないかと思わせるぐらい血肉の研究に興味津々で、なんというか、口では人類の命運を言っているわりに、自分の課題のほうが重要というオーラが滲み出ている。


 きっと、アロガンテッソは自分がわざと挑発的な言い方をしたのに気づいていないはずだ。


 今頃血肉について根掘り葉掘り聞いている姿を、なんとなくヒャーナは想像できる。


 まぁ、真実味があってむしろいいか。


 とにかく、これでヒャーナは心置きなく町を探索できるようになったわけだ。


「ふ~、やっぱり寒いな」


 北の大地では夜になると体中の筋肉が縮まるが、ヒャーナはなんとか自分を奮い立たせる。


 この区画はどうもきな臭いのだ。


 贅肉型がそこら中を歩き回っているにもかかわらず、ここには近づいて来ない。


 見方によっては、この区画を守っているように見える。


 その上、教会以外ほとんどの場所は寂れて、鳴りをひそめている。


 当然、こんな場所で活気を求めるのはお門違いもいいところだろう。


 ヒャーナを単独行動へ駆り立てた決め手は、異端討伐隊の二人にある。


『慈悲』のツーベイと『謙虚』のファミリタス。


 ヒャーナは二人についてあまり知らない。


 異端討伐隊という教会直属の武装集団に所属する聖職者は、少なくともS級冒険者に当たる存在だ。行う任務はほとんど報酬を求めない過酷なもので、ヒャーナが関わりのないタイプの人種である。


 が、長い間旅を続けていれば、たまに鉢合わせることもある。


 あれは、南で魔獣退治の依頼を受けた時のことだ。どうも魔獣が 暴れている本当の原因は不死者にあるようで、そこで『謙虚』と『慈悲』の()()二人コンビが魔獣の巣窟まで潜り込んだ。


 一人はアタッカー、もうひとりは治療を含めた遠距離を得意とする。その戦いぶりは実に鮮やかで、ヒャーナの心に焼き付くものだった。


 だから、包帯を巻かれた()()()が『慈悲』と『謙虚』だと言われた時、ヒャーナはすぐ嘘だと見抜いた。


 見抜いて、でも誰にも話さなかった。


 いまのところ信頼のおける人間は見習い魔法使いのロロしかいないが、少年はまだ未熟で、何かを知っていればすぐ顔に出る。だから、あくまで保険のために「もし朝になっても自分が戻らなかったら、危険だとヒゲオヤジに教えてください」とだけ忠告しておいた。


 ヒャーナは、あくまで撤退すべきと考えている。


 正直回収しろと言われた『槍』についてはすでに諦めている。


 だから確固たる証拠があれば、アロガンテッソはともかく、ほかの人たちを説得できるかもしれないと思った。


 だから、いまこうして、雪原で足跡を隠すような面倒な作業をしている。


 空からひらひらと雪の花は降ってくるが、積もるまで時間がかかる。


 ヒャーナはこの区画に入った時の足跡に合わせて、教会のほうへ向かう。


 爪先を立てて、できるだけ音を立てずに動く。


 それから正面の礼拝堂を通らず、壁際に沿って後ろの庭に入る。


 目的地は後庭の倉庫だ。


 いま教会のベッドに横になっている男二人の正体は検討もつかないが、この状況でなんの装備も持たずにこの都市に来るとは考えにくい。


 倉庫なら何かしらの手かがりが手に入ると思った。


 無論、このようなリスクを犯して真実だけを求めるヒャーナではない。


 教会の倉庫はある意味宝の山だ。証拠を持ち出すついでに幾つか懐にしまえば、今回の任務が失敗に終わっても少なくとも損はしなくて済む。


 彼女のような斥候にとって、どさくさに紛れて利を得るのも冒険の醍醐味だ。


 鍵ね……


 身軽に崩れた柵から後庭に這って、ヒャーナは古びたドアを覗く。


 思った通り、教会の職人が制作した鍵が使われている。


 雑嚢から道具一式を取り出して、ヒャーナは 慣れた手つきで二本の細い棒状のものを差し込む。


 普段冒険する時は鍵をそのまま叩き壊すのが一般的だが、宝箱を手に入れるとき、時々乱暴な開け方をすると中身ごと爆発してしまう代物もある。だからピッキングは斥候にとって必須スキルのひとつだ。


 まぁ、中でも一番簡単なのが教会の鍵だけどね……


 こんな状況でなければ、西大陸で教会に手を出す泥棒はまずいない。


 実のところ、ヒャーナが昔練習用に使っていた鍵もだいたい教会のものだったりする。


「ふむふむ」


 いとも簡単に解錠して素早く倉庫の中に入ると、ヒャーナはまず品定めを始めた。


 まず、案の定冒険者の装備らしきものがあった。


 槍、短剣、革鎧、マント、冒険者ギルドが提供する公式の防寒具まで。


 どれも薄汚れて、明らかに使い込んだ代物だ。


 しかし、窓から漏れる月光を辿って倉庫の奥に視線を向けると、ヒャーナの満足げな表情は徐々に固まっていく。


 凍えた空気から、外で蔓延る血肉と別質の錆びた匂いが鼻に刺さってくる。


 なぜか、至るところに、冒険者の装備が積んであるのだ。


 その数は十や二十という一目で数え切れるようなものではない。少なくとも数百以上――それも全て様式がバラバラで、ひと目で使い込まれたとわかる代物だ。


 良くない。すぐ逃げなければ。


 そう直感が働きかけて、ヒャーナは逃げ腰になるが……


 手ぶらで帰ったところで意味はないという理性がヒャーナを決して広くない倉庫のさらに奥へ進ませた。


 まさか、この町の住民はみんな冒険者なの?


 でもなぜここに隠す必要がある。


 足音を立てずに進み、ヒャーナの疑問はどんどん深まっていく。


 やがて、彼女は一式の装備を前に止まった。


 人の目を奪う、紫がかった暗い青。


 戦士の身で魔法が使えるように、上質な魔石をすりつぶして金属に混ぜて拵えた鎧。


 これは……!


 Sランク冒険者『星槍』の装備だ。


 月光に照らされてまるで星空のごとく輝く様は、ヒャーナは 今回の任務が始まって以来ずっと見てきた。見れば対となる槍も側にある。


 金属ではなく、魔石で先端に固定した槍は、いわば杖の役割も果たす。


 ――こんな武具、偶然に二つもあるとは思えない。


 どういうこと、奴らは異形と死んだはずじゃ、なんでこの場所に……。


 ヒャーナはここまで来る途中しんがりを務めた仲間を思い出す。そもそも、城門棟で入ってからずっと動かなかったのは彼らを待つためでもあった。


 まさか先にこの場所まできていたとは。


 室内に入って、たしかにすこしは温まってきたが、ヒャーナはむしろ別の意味で寒気がした。


 極度に緊張する時、身体はいつもそう勝手に反応する。こういう場合は大抵冷静に判断を下せるはずがないので、撤退こそ一番賢明な選択だろう。


 しかし……


 ヒャーナは見てはいけないものを目にしてしまった。


 倉庫の奥、そこには地下へ通じる入り口があった。


『星槍』を手に、これを確認したらすぐ戻ろうと思ったヒャーナは足音を忍ばせて、息も止めて、物音を立てずに近づいていく。


 そこで、人の形をしている何かと、ぱったり目が合ってしまった。

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