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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第六話 四天王

 北方都市モルトがいまのような状況になった経緯は、おおむねアロガンテッソ一行が知る通りだ。


 不可能だと言われる酷寒地帯を越える奇襲は、たちまち都市に壊滅的なダメージを与えた。


 しかし、もはや絶望的な状況におかれて、モルトの支配者は徹底的な抗争という道を選んだ。


 理由は残酷でシンプル。


 後方はこれ以上の難民を収容することができなくなってしまったのだ。


 限りある土地と食料。


 逃げたところで結局暴動は起こり、人類は内部から破綻する羽目になるだろう。


 どうせ前線に駆り立てられるなら、せめて自分の故郷を守るために戦う。


 幸い、北方の山脈を越えて襲いかかってきた異形は贅肉型が多く、ゆえに散開して息をひそめていれば、遊撃戦も一応まかり通っていた。


 聖王国からの援軍が来れば、反撃できる。


 そう信じて、ドンナの夫も軍に参加した。


 以来、ドンナとコメルの親子二人で瓦礫の散らばった避難所でなんとか細々と生きていた。


 ――『槍』の英雄へニット・ドリが軍隊を率いて町に来るまでは。


「そこで突然とんでもない化け物が出てきました」


「化け物?」


 ドンナが強張った口調で説明すると、アロガンテッソが聞き返す。


「ええ、背丈は贅肉型の二倍もあって、それに異形とは思えない甲冑を着込んでいました」


「なるほど。四天王の一人か」


 魔王。


 それは中央大陸の領域を統べる者。


 魔族に神として崇められている存在。


 長い歴史の中、魔王は目覚めるたびに違う姿になっていた。


 スライム、オーク、グール、ミノタウロス、コボルト、ハーピー。


 現在人間にそう呼ばれる魔族は、みな魔王によって産み落とされている。


 当然、生まれた種は必ずしもみな強いわけではない。


 魔族は基本弱肉強食というルールに忠実だ。


 どちらかというと、魔王が眠りについてすぐ消えた種族が殆どで、生き延びたほうが少ない。


 だから、人間に認識され、あまつさえ魔族の中でも四大種族と認められる種族は、強い。


 トロール、ゴブリン、エルフ、ドラゴン。


 これが今回の人魔戦争が始まるまで魔族領で最も勢力を伸ばしていた四大種族だ。


 その(おさ)たちは、魔王に力の宿った魔石を渡され、四天王となる。


 ――主に、新しい種族が生まれるまで、魔王を守るために。


 教会の教えによると、魔王に時間を与えてしまうほど強い種族が誕生するそうだ。


 第63回人魔戦争、当時は好戦的なオークが四大種族の一翼となり、勇者は長い時間をかけてようやく魔王の前にたどり着いた。


 その時生まれたのが、トロールという種族……


 醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くないが、巨大な体躯、かつ怪力で、深い傷を負っても体組織を再生できる巨人。


 強者揃いの魔族領で、数百年で四大種族に並ぶほどの存在だ。


 ドンナがいう化け物は、恐らく巨人族の長に当たる存在だろう。


 たしかに、これでミスリル王国の魔術協会の「異形はそれぞれ違う種族をもとに作られているかもしれない」という仮設の信憑性も高まるとアロガンテッソは考えた。


 もし贅肉型の原型が巨人族なら、ここだけ贅肉型の数がやたらに多いのも説明がつく。


 四天王が自分の部族を率いて戦うのは、歴史を鑑みても自然な流れだ。


「それから爆発が起きて、目覚めてから町がめちゃくちゃにされました。避難所もひっくり返されて、周りに生きている人がほとんどいない……それで娘を抱えて彷徨っていたら、ここに辿りつきました」


 ドンナの説明が続く。


「この家も、ここに来てからアズルさんが手配してくれたものです」


 苦笑して、ドンナはすこし穴の開いた壁を見る。


 外に蔓延る血肉の一部が室内まではみ出て、その隙間を縫うように滲んでいた。


 アロガンテッソから見てさぞ研究し甲斐があるものだが、棲家として適していないのは明らかだ。


「その、前線はいまどういう状況でしょうか」


 自分の知っているのはこれで全部だ。そう締めくくったあと、今度はドンナから質問した。


「前線……ね。実は、エルプシオン山から新しい異形が湧き出たんだ」


「新しい、異形?」


「ああ、胴体型(ベテン)と呼ばれる、遠距離投擲が可能な異形がね」


 魔族領に位置するエルプシオン山は、竜族の縄張りである。


 あらゆる種族より長い寿命を持ち知恵がある竜族は、いついかなる時でも中立の立場を崩さなかった。一説によれば、くだらない短命の種族の紛争に興味がないだけだとか。


 しかし、どうも今度の紛争には紛れ込んできた、らしい。


 実戦で投入可能な魔法使いが未だ訓練中のこともあり、遠距離から打ち出される石塊や異形に対応しきれない。そのせいで勇者も防衛に駆り出される始末だ。


 ハルトマン領の奪還どころか、魔王討伐がまたしても遠のいていった。


「でも、ここで前線病を解明できれば、神官たちの負担を減らすことができる。戦局も良い方向へ向かわせることができるかもしれん」


 アロガンテッソは決意を込めた口調で言う。


「ドンナさん、娘さんの話ではここの人たちは病気にかかったにもかかわらず、何ヶ月も生き延びたそうだ。それについては何か心当たりはないかね」


「いいえ、それは……」


 ドンナは一度娘の顔を見て、唇を噛んで、首を振る。


 さっきからアロガンテッソの話を聞いているうちに、彼女の不健康そうな顔はどんどん曇っていった。


 いまとなっては、落胆と絶望が混じって、なんとも言えない表情になっている。


 だが、それに構わずアロガンテッソは畳み掛ける。


「私は、もしかしていま蔓延る肉こそ解決につながるのではないかと思ってね。調べたところ、どうやら魔族と異形が奇妙な形で混ざっているようだ。もし人間もこのような状態を保つことができれば、前線病の抑止力になるのではないかと。ゆえに明日教会のほうにいって、病人たちについて調べてみようと思っているところだ。当然、できればその前に状況を把握したほうが望ましい。ドンナさん、この肉はいつから現れたのかね」


「その、爆発が起きて、避難所から出た時、すでにこうなっていました」


「なるほど。英雄と四天王が戦った後なのか。つまり、二人の力によってもたらされた可能性が高いと」


 アロガンテッソは唸る。


 四天王がどういう力を所持しているのかは知らないが、槍の英雄へニット・ドリの祝福はたしかに『逆転』だった。触れたものを逆の性質へ捻じ曲げる、有用だが危険な力だ。


「それにしても、及ぼす範囲が広すぎる。いまは北地方のほぼすべて覆いつくしているようなものだ。いったいどうして……」


 来る途中雪原の下に延々と続く肉の破片を思い出しながら、新たな情報を入手したアロガンテッソはさらに考える。


 普通、祝福といい魔法といい、使い手、あるいは標的の片方が消えれば効果がなくなるものだ。こういう不思議な現象をもたらすのは例外なく不死者によるもの。


 だからここに異端討伐隊の二人が派遣されたのも、アロガンテッソは納得した。


 しかし、魔族は不死者と違うはずだ。


 魔族から不死者が生み出されたことなんて、ミスリル王国の書庫にも記されていない。今回の人魔戦争が特別なのか。それとも……


「冒険者の方々、ひとつ、お願いがあるのですが」


 そんなアロガンテッソの考えは、ドンナの声で途切れる。


 食事を終えて、なぜか改まって座り直す母親。


 自分の娘を見て、頭を撫でて、そして結んだ唇から、必死に絞り出すように、彼女は口を開く。


「どうか、お引取り願えないでしょうか」


 その時、後ろのドアが突如が乱暴に開かれた。

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