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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第五話 室内

「コメル、母さんはずっと待っていたのよ。心配で心配で、なぜ言うことを聞いてくれないの」


 夜。


 奥の部屋から響く母親の叱責を耳にしながら、民家一階の暖炉を囲んで、冒険者たちは食事をしていた。


 娘が言うことを聞かず、一歩間違えば死に至る愚行を犯せば、それぐらいの叱りを受けて当然だろう。だが、実のところ、これは諸刃の剣ではないかとアロガンテッソは思う。


 心を込めて言葉を紡ぐというのは案外精神を削る作業だ。相手が同じ人間である以上、反発もするし、思い通りに動いてくれないことも多い。アロガンテッソがテテと呼ばれた時期には、そういう礼儀知らずが先生に突っかかるところを何度も目にした。


 嘆かわしいと思った。


 だからアロガンテッソは弟子を意思疎通のできる志願者から取ることにしている。


 魔術というのは本来生まれてからずっと英才教育を受けて、やっと一人前になる技術だ。中途半端なやり方をしていれば、弟子というより、雑用係に近い存在になってしまう……が、アロガンテッソは自分ならそういった常識を覆せると信じている。それに弟子とも合意のうえでやっていることで、文句があるわけがない。


「先生、ヒャーナさんを探したほうがいいんじゃ」


 ロロが言った。


 ヒャーナ。


 この名前を耳にすると腹立つが、弟子に八つ当たりしたところで意味はない。


 アロガンテッソは顔を上げることなく、皿に乗った料理を口に運んで、しばらく咀嚼してから呑み込む。そして言う。


「気にするでない。あの女はそう遠く離れることはないだろう。そういう度胸があるなら、とっくにひとりでミスリル王国に戻っている」


 ヒャーナはアロガンテッソと大いに揉めた。無論、内容は今後の方針についてだ。


 ヒャーナは撤退を言い出して、アロガンテッソはここに留まり、患者の様態をより詳しく調べたいと主張した。どちらの言い分ももっともだが、今回でしびれを切らしたのか、ヒャーナはどこかへいってしまった。


「そう、ですか」


「ああ、平気だ。明日の朝になれば戻ってくるだろう。あの女は隠密行動が得意とはいえ、町から出ればしばらく平野が続く。あんな場所で一人ふらついたらいくらなんでも危険だ。あの女は慎重で臆病だ。そんな愚行は犯さないだろう」 


 当然、万が一のこともある。アロガンテッソは人間が常に理性的ではないことを知っている。こうして理屈を並べているのは、ロロに危ないことをさせないためだ。


 ここ数日見ているから分かる。


 どうもロロはヒャーナに恋に近い感情を抱いているようだ。


 たしかに、ここまで来られたのはヒャーナのおかげと言っても過言ではない。とくにロロはヒャーナに何度も助けられたので、思春期の少年にこういう感情が芽生えるのも自然な流れだろう。


 でもアロガンテッソはヒャーナが気に食わない。


 力を持っているにもかかわらず、ただ自分のために使う。人間という種の存亡がかかっているこの時に出し惜しみするなど、賞金稼ぎとして風上にも置けない考え方だ。


「それよりも食事だ。ここに来て以来ずっと非常食しか食べていないだろう。せっかくドンナさんが振る舞ってくれたのだ。遠慮すると逆に失礼になるぞ」


「その、さすがに外があの様子じゃ、喉を通らないので」


「そうか。では無理しなくていい。ただ、もっと客観的に物事を見るべきだ」


 ここ数日、アロガンテッソが採取した肉のサンプルは殆どララが回収してきたものだ。


 魔法の才能ではロロが上だが、なにぶん魔術の道を歩み始めて時間はまだ短く、物事を見る目はまだ常識の範疇に留まっている。対してララは実戦における魔術の使用は不向きだが、能天気であまり複雑に考えていないからなのか、こういった作業はしっかり対処できている。


 アロガンテッソとしては、どのみち二人の成長を見守るほかない。


「すみません、お騒がせしました」


 と、その時、母のドンナが娘を連れて戻ってきた。見ればコメルの目元が若干赤い。


 お叱りを受ける子供というのは、みんな同じ顔をするもんだと、アロガンテッソは無表情に思う。


「こんなものしか出せなくて、ごめんなさい、お口に合うといいんですが」


「いえ、こちらこそありがとうございます。部屋まで貸して頂いて」


 返事したのはララだ。


 そもそも誘いに応じたのも彼女なので、アロガンテッソはこの手の対応も任せることにした。


「大変美味であった」


 アロガンテッソは素直な感想を口にする。


 干し肉とじゃがいもを煮込んだスープは宮廷の食事に遠く及ばなくても、このような場所では、恐らく考える限り最上級のもてなしだろう。


「ええ、でも……」


 ドンナはロロを見る。そして今壁際に座るヒゲオヤジを見た。


 二人とも食事に一口をつけずにいた。


「冒険、自給自足」


 ヒゲオヤジは答えた。右膝をやや立てて座る彼は、ヒャーナがいなくなったあと、あからさまに周りを警戒するようになった。いまの姿勢も素早く立ち上がりつつ、武器を振るうための座り方だ。


 すこし神経質になりすぎじゃないかね。せっかく人のいる場所に来たのに。


 アロガンテッソはそう思う。ただ、冒険者のこだわりは尊重するつもりだ。


 ヒゲオヤジは言葉こそ少ないが、冒険に熱心で純粋な人だと見た。こういう人間は嫌いではない。


「ごめんなさい。この子、ロロはすこし体調がすぐれないので」


 ララが説明すると、ロロがドンナに頭を下げて、一礼をした。


「そうですか。何か力になれることがあればいつでも言ってください。娘が世話になったので、これぐらいのお礼しか」


「いえ、とんでもないです。こちらこそコメルちゃんが来なければ、ここには来られなかったでしょう。ほんとうに、勇気のある子です」


「勇気……ね」


 ドンナの不健康そうな顔からわずかに苦笑が滲み出る。そして手をコメルの頭に乗せて、何度か撫でた。


 恐らく、町が踏み躙られた時のことを思い出しているだろうとアロガンテッソは思った。


 ただ、アロガンテッソはもとより人に気を使うタイプの人間ではない。


 ――一人前の魔術師というのは、常に己の考えを貫くものだ。


 だからこそ彼は宮廷魔法使いになったし、この場所に留まって前線病の謎を解明しようとしている。


「ドンナさん、病を治すために、幾つか聞きたいことがある。よろしいかね」


 ドンナを含めて全員が食事を終えたあと、アロガンテッソは切り出。

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