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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第四話 病村

 しかし、あれ以来、ヒャーナたちは異形と接触することはなかった。


 アロガンテッソがおとなしくなって、偵察からの連携がうまくいった。


 というわけではない。


 数がめっきり減ったのだ。


 目的地に近づくにつれて、異形の姿が減っていく。


 不気味なぐらい関節型と肢体型が減り、ただ贅肉型がやたら多く歩き回っている。


 ゴン……ゴン…ゴン…ゴン……ゴン…ゴン…。


 連なるように鳴る地響き。


 ヒャーナたち一行はその発生源からできるだけ離れるように教会へ向かう。


 贅肉型は攻城戦においてまさしく致命的な存在だが、その動きは鈍く、索敵も反応速度もかなりのろまである。


 ヒャーナは思う。


 ここに大量な贅肉型が屯っているのは、いま蔓延る血肉のせいではないかと。


 見ればこのあたりに付着している肉は城門棟付近と違い、鮮やかな光沢を帯びていた。


 足裏から伝わる感触もそうだ。たまに上の雪を踏み抜くと、しっかりメリハリのついた、いい質感のものになった。


 デカイ図体の贅肉型なら、日に消耗する食料は尋常ではないはずだ。


 命を持つ者である限り、化け物でも食事をする必要がある。


 異形の主な食料は、人間である。


 戦って死んだ人間と、戦わずに逃げ遅れた人間。


 戦いが勃発した最初の頃、異形は人の造物であれば建物であろうと呑み込んでいたが、最近はそれが自

分の身には害を成すと学習したのか、口にするものを選ぶようになった。


 ゆえに異形はつねに攻め続ける。


 そうしないと食料がままならない……前線の話によると、異形はときに共食いも行うらしい。


 自分が死ぬのか、それとも敵が死ぬのか。


 これは頭ではなく足裏で考えても分かることだ。


 ましてモラルの概念がない異形なら、なおさらである。


 来る途中で、その血肉を無造作に頬張る肢体型と関節型の姿を思い出し、ヒャーナは異形にも縄張りと

いうものがあるのではないかと想像してみた。


「あそこです」


 コメルが言った。


 小さな指を立てて、町の居住区と思われる方向を示す。


「ん?」


 そこは、周りと比べて明らかに浮いていた場所だ。


 長年雪に覆われる北方都市モルトは廃墟と化したせいで、建物の殆どはおおよその輪郭しか見えない。なのに、目の前の区画はしっかりと元の形状を留めていた。おそらく市街戦を想定して構築したのだろう。街道の入り口に砂袋やらが積んであり、簡易な防御施設にもなっている。守備に当たる人間は当然と言わんばかりに見かけない。


 まさか英雄へニット・ドリがこの区画を守ったのか。


 そこら中に見かける亀裂や穴といった破壊の痕、それでも踏みとどまっている建築群を見て、ヒャーナは考える。


 異端討伐隊の人間がここに来たことといい。もしかして『槍』はほんとうにここにあるのか。


 ――だとしたらなおさら慎重を重ねる必要がある。


「みんな、こっち」


 そんなヒャーナの気持ちを知る由もなく、コメルは突然嬉しそうにさきに駆け出す。そのあとを、ララが慌てて追う。


「コ、コメルちゃん!」


「ったく、もう!」


 ヒャーナは髪を掻きむしる思いだった。


 アロガンテッソはというと、意味深な目で周りの肉塊を凝視しているだけで弟子の愚行に目すらくれない。


 知識ばかり吸収していると、人間はみんな頭がいかれてしまうのか……。


 若干、ヒャーナの学術派魔術師に対する偏見がさらに強まった。


「冒険、仲間、助ける」


 一方、ヒゲオヤジが低い声で唸って、足を速めて二人のあとを追う。


 仕方なく、ヒャーナも覚悟を決めるほかなかった。


「ママ!あたし、冒険者の方を連れてきたの!」


 コメルがぴょんぴょん跳ねて、一人の女性の懐に飛び込んだ。


 見た目はヒャーナとそう歳が離れていない女性だ。


 なるほど、これならおばさんよばわりされても納得する。


 なぜかヒャーナの心に真っ先に浮かんだ感想はそれだ。


 やや窶れて不健康そうな顔をしている母親は、自分の娘を複雑な表情……心配混じりで、でも仕方なさそうに頭を撫でる、続いてヒャーナ一行に一礼をした。恐らく寒風の中で長い時間待っていたせいだろう。その動きはややぎこちなく、表情もこわばっている。


「その、娘がお世話になりました。母のドンナと申します」


「いえ、我々もちょうど待ち合わせの場所で人が来ていなくて、困惑していたところです。むしろ助かりました」


 ほかの人が余計なことを言ってしまうと面倒になるので、ヒャーナはさきに前へ出た。


「よろしければうちに来ませんか。大した持て成しはできませんが、ささやかなお礼なら……」


「その、我々は教会の者を探しているのですが」


 北の人間は直情的でわいわい騒ぐのが好きである。だから客好きも多い。


 世界最大の迷宮ターオムも北に位置するため、ベテラン冒険者にとってこれは常識の範疇だ。だが、異形に囲まれるど真ん中で、しかもほかの人間の姿を見かけない街道で顰めっ面で誘われては、さすがに身構えてしまう。


 ヒャーナは後ろのアロガンテッソを見る。


 この生意気な魔術師がまた何か厄介なことを言い出すのではないかと心配だった。


 しかし意外なことに、広いつばの帽子をかぶった魔術師は興味深な目で壁に付着している肉を観察して、ヒャーナたちの会話にはこれっぽっちの興味も示さなかった。


 いったい城門棟あたりの肉とどんな違いがあるのかヒャーナには分からないが、黙ってくれるならどうだっていいと思った。


「コメルちゃんの話だと異端討伐隊の方たちが怪我したようですが、いまは面会できますか」


「教会の方たち、ですか」


 なぜか、ドンナはあからさまに視線をそらした。


「ちょっとアズルさんに聞いてみないと分かりませんが……」


「アズルさん?」


「はい、じつは……」


 どうも、いまこの区画はひとりの老人によって管理されているらしい。


 重傷を負った異端討伐隊の面倒を見ているのも彼とか。


「すぐ行きましょう」


 無論、ヒャーナの決断は早かった。


 できるだけ状況を把握して、駄目だと判断したらすぐ仲間に撤退を説得する。


 自分たちは英雄ではない。英雄の真似事もご勘弁だ。


 昔冒険の途中にも幾度もあったことで、心苦しいが、いまさら他人のために命をかけるつもりはない。だから、隣のコメルが母親の手を繋いで「ねね、お母さん。これでみんなの病気は治るかな」のような会話も、ヒャーナの心に届くことはない。


 ドンナに連れてもらって目的地の教会にたどり着く


 そして、そこにはヒャーナが想像した通りの光景が広がっていた。


 壊れたステンドグラスの窓から吹き込む寒い風。両側に片付けられた長椅子。床に転がる苦しげに悶える人たち。


 前線で異形の病気にかかった人間を収容する施設とは、大抵こんな感じだった。


 そして感染者の多くは数日の苦しみを味わったのち、なくなる。


 こんな光景を前にすれば、アロガンテッソが必死に前線病の打開策を研究するのも納得するだろう……でも、ヒャーナはそこから目を背ける。


 とりあえずドンナが言う責任者――アズルを探すことにした。


「大変申し上げにくいんですが、異端討伐隊の方たちにはお目にかからないほうがよろしいかと」


 歳を取り、教会の者ではないが人望はあり、ゆえに責任者になった。


 そんな村の長老のような爺さんがヒャーナたちの姿を見た最初の反応は驚きで、そして心苦しそうに首を振った。


「どうして?」


 と反射的にヒャーナは聞き返すが、アズルはため息をついて「まぁ、よかろう」とあるき出す。ただ、ドンナとコメルは外で待つようにと言いつけた。


 案内されたのは、部屋の奥、本来なら担当の神官が泊まる寝室だ。


 並ぶベッドの上に、二つの人の形をする者。


「二人を見つけた時、すでにこのような有様でした。おそらく肢体型に噛まれたのでしょう……刃物とは思えないちぎれたあとが見えます。それでも今日まで生きてこられたとは、ほんとうに強いお方たちですよ。ただ、ここには神官がいなくて、ろくに治療を施すことができません。こんなふうに衰弱させてしまいました……」


 身体の曲線からして、どうやら二人は男のようだ。殆ど全身が包帯で巻かれて、わずかな隙間から本来の肉体が見える。顔は、一人が鼻を無くし、もうひとりが目のあたりが負傷したようで、やはり包帯で見えない。どちらにしろ、もはや虫の息だ。情報交換なんて無論不可能に近い。


 ヒャーナを含めて、この場にいる全員の顔がこわばる。ララは口を押さえて、室外に出た。


 思わず前線の神官不足を思い出させるような光景だ。


「彼らはなんと名乗っていましたか」


 それでも、ヒャーナはとにかく確認をいそぐ。


「『慈悲』のツーベイと『謙虚』のファミリタスだそうです。以前お会いしたことは?」


「いえ、異端討伐隊の方たちは聖王庁直属の部隊なので、わたしごときでは」


 二人の側に折り畳んだ――神官服よりも冒険者に近い服装を一瞥して、ヒャーナはこめかみに手をかざした。


 さて、状況は考えていたよりずっと深刻だが、どうしたものか……


「アズルと名乗る者よ」


 すると、うしろからやたらに偉そうに声が届いた。


「私はアロガンテッソ・マルガーヤ・ヨンガン・ムタハッウィル・ニシャースチイェ・ミゼリゴルド・デブレッシオーネ・ヴェルゴーニャ。ミスリル王国の宮廷魔法使いだ。君に幾つかぜひ協力してほしいことがある」


 その言葉が耳に入った途端、ヒャーナは激しい頭痛を覚えた。

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