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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
番外編 血肉の檻
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第三話 移動

「「壮麗な氷河よ。汝の力を我に貸し、敵を射抜く槍となれ。氷槍(アイスランス)!」」


 早口の詠唱とともに、尖った氷の塊が雪の白さに混じって穿つ。


 ぶすと肉に刺さった音。関節型(アルトゥス)の胴体から青い血が噴き出る。


 冬の大地はその酷寒ゆえに氷が形作りやすく、また周りの環境に溶け込むことができるため魔術師たちは好んで使う。


 それは理解できる。


 理解できるが、魔法使いには異形がそう簡単に倒れないことも理解してほしい。


 致命傷に至らない限りどこまでも動き続ける。だからこそ異形は厄介なのだ。


 一撃で仕留められるものを、なぜわざわざ手間を掛けてやるのか。


 ヒャーナの心はもどかしくて、いまにも狂いそうだった。


「静寂なる結晶よ。その姿を変え、内なる力を解き放たん。爆散(エクスプロージョン)!」


 見習い魔術師の一人は詠唱をする。


 ぎりぎり間に合うように、異形が甲高い悲鳴を発するよりも一瞬はやく。


 打ち込まれた氷槍は突如粉々に砕け散り、その破片が異形の体内から突き出す。


 こうして、関節型という魔王の尖兵はようやく静かに雪に覆われた廃墟に倒れる。


 手のひらに滲む冷や汗を拭いて、ヒャーナは「行くわ」と後ろに呼びかける。


 なにせ、最初に撃ち出した二本の氷槍――うちのひとつが的を外れて、明後日の方向に飛んでしまったのだ。


 万が一仕留め損なったら、異形の群れを呼び寄せる可能性があるのに。


 そうなったら一巻の終わりだ。


 ヒャーナは後ろを見る。


 一番まえにヒャーナが先導して、うしろに戦斧を持ったヒゲオヤジ、続いて見習い魔術師のロロとララ、コメル、最後にアロガンテッソが殿を務める。


 元々メンバーが不足している陣形に、未熟者、子供、ひねくれ者が並び、ある冒険の初心者よりもひどい有様だった。


 現在最短ではなく、壊れた城壁を伝っていくルートを選んだのもそのため。


 目的地まで大きく迂回しなければならないが、こうなれば城壁である程度敵の視界から守られ、発見される可能性が低くなる。


「す、すみません、外してしまいました」


 やはりどこかしまらない声で、でも顔を蒼白にしてララは謝る。


 彼女はさっき氷槍を外したのだ。


 ふざけんじゃないわよ!命がかかってるんだから。


 そんなこと、無論ヒャーナは口にしない。


 もとはと言えば悪いのはアロガンテッソだ。


 ヒャーナは見習い二人と子供を残して、三人で行動するようにと提案した。


 こうなればもしも何かあった時に少数精鋭で対処しやすいし、もし増援が来たらすぐ教会まで向かわせることもできる。なのに……


「なにを言う。弟子は先生とともにいるのが当然だろう。さて、賞金稼ぎのヒャーナ。もしやあなたは弱い者を切り捨てる算段かな」


 結局、あそこには手紙だけ残すほかなかった。


 おまけに、アロガンテッソは大事な研究資料といい、弟子二人にたんまり荷物を持たせた。


 この状況で、むしろ関節型に命中させたロロの腕前を褒めるべきだろう。


 恥ずかしそうに笑う少年に励ましの笑みを返して、ヒャーナは息を殺して偵察を再開する。


 あちこち倒壊した建物を頼りに進み、よく分からない血肉が大量発生する場所を避ける。


 仲間のために苦労しない安全な道を確保するのが斥候の役目だ。


 だから先行して念入りに下調べをしなければならない。


 無論、間抜けなことをすれば命取りになる。


 上は敵影なし、左……肢体型(ピエーデ)が二匹。 


 肢体型は小柄だが、鼻が利く。


 その対策としてヒャーナはマントの上に最初に倒した異形の体液を塗った。


 ぬるぬるして気色悪いが、あの厄介な触手に取り憑かれるよりはずっとマシだと思った。


氷結(フリーズ)


 後ろから声が届いた。


 !?


 捻った、嫌味にしか聞こえない声だ。


 さっきまで地面の血肉にかぶりついていた肢体型がキンと固まる。


 アロガンテッソが手を打ったのだ。


 魔術師が一人前となる条件とは、低級の魔術を無詠唱で使うことである。


 仮にもミスリル王国の宮廷魔法使いになったアロガンテッソ。その性格はともかくして腕は本物だ。でなければ、異形を弟子の練習台に使わないだろう。しかし……


 バカ!


 ヒャーナの角度からは見える。


 肢体型の後ろには更に数体の関節型が潜んでいる。


 倒壊した建物に張り巡らされた血肉の天井に、まるで蜘蛛のごとく獲物を待ち伏せていた。


 関節型の頭――皮膚の表面に無理やり嵌めたような眼球がほぼ同時に冒険者たちを捉えた。


 ヒャーナは咄嗟の反応で陰に隠れる。


「そ、そうれいな氷河っよ」


 これまで一体ずつ倒してきた見習い魔術師二人が明らかに動揺した。


 詠唱が終わった途端、ロロが放つ氷槍は飛ぶ途中で勢いを失い、一方ララは氷槍を形成することすらできなかった。


 ――信じる心があなたの魔法。


 これはあらゆる魔法書に記される最初の一行で、基礎中の基礎だ。


 魔術師が精神不安定になると、何の役にも立たなくなる。


「ハァァァッ!」


 一方、ヒゲオヤジはひるまない。


 自分の背丈の倍もある関節型に果敢に立ち向かう。


 剣や弓など専門の訓練を必要としない斧は、重心が先端にあるため取り回しに癖がある反面遠心力によ

って重い一撃を相手に与えることができる。


 予め聖水を塗ったこともあるだろう。振り下ろす戦斧は真正面から異形の腹を切り裂く。


「氷槍」


 詠唱を省いた魔法。


 弟子が形作った氷槍より数段太い氷をヒゲオヤジが斧を抜く一瞬で放ち、アロガンテッソは左右それぞれ二体の関節型を仕留めた。


 それでも、残った関節型――その尾がヒゲオヤジの重装甲に打つ。


 金属がぶつかり合う悲鳴。


 それを「クっ」と堪えて、ヒゲオヤジは今度は下段から切り上げる。


 もし前衛が二人いて、連携を取っていたら彼もダメージを負わずに済んだだろう。幸い、Aランクの冒険者というのはある程度の無理が効く。


 ヒゲオヤジの重装甲は魔道具である。


 同時に二つ以上の攻撃を受けなければ、衝撃をそのまま足元を伝って地面に流すことができる。


「壮麗な氷河よ。汝の力を我に貸し、敵を射抜く槍となれ。氷槍(アイスランス)!」


 そして、最後の一体はロロによって倒された。


「ロロ、ララ。集中力が足りんぞ」 


「す、すみません、先生」


「ふむ」


 自分で引き寄せたにも関わらず、アロガンテッソは先に弟子を咎めた。


「あんたね!」


「何か?無事に全部始末したぞ」


「そういうことじゃなくて」


 ここで言い争っても意味はないが、ヒャーナはどうしても堪えきれなかった。


 たしかにアロガンテッソは強いだろう。


 無詠唱で魔法が使えるし、威力も精度も弟子より数段上だ。


 こういう本番でも慌てず役に立てる魔法使いは正直かなり貴重である。


 しかし、ことあるごとに面倒に引き込まれるのはパーティーメンバーとしていい迷惑だ。


「勝手に動かないで。斥候の指示なしに魔法を放つのは危険よ!」


 ヒャーナには分かる。


 アロガンテッソが急いで肢体型を始末したのは自分を責める口実を与えないためだ。


 現在異形の体液を服に塗っていないのはアロガンテッソだけだ。


 もし肢体型が匂いを辿って追ってきたら彼にとっておもしろくないことになる。


「これはこれは、私と普通の魔法使いを同じ扱いされては困るな、賞金稼ぎのヒャーナ」


 にも関わらず、アロガンテッソは捻くれた声で言う。


「これは弟子を鍛える意味でやったことだ。あそこに関節型が潜んでいるのはとうに見越したうえよ」


 図々しい奴め。


 ヒャーナは心の中で舌打ちする。


「私は万が一に備えてちゃんと体力を温存してと言ってるの」


 魔法使いは連戦に不向きだ。


 魔法を使い続けると集中力が保てなくなってしまい、人によっては気絶する者もいる。


 前線では、数少ない魔法使いを集めて班を作り、交代で城壁に登り戦っている。


「なぜ私 があなたたち冒険者の流儀に従わなければならんのだ」


「私たちのパーティーには神官がいないのよ。何かあったらどうする!」


 元々は数人いたが、モルトへ来る途中で異形と遭遇して、肢体型に首をちぎられた。


 すると、「ふん」と、アロガンテッソはヒャーナを無視して、弟子に向けてあるき出す。


「あんたね!」


 声を張り上げると、ヒャーナの手は突如掴まれた。


 ヒゲオヤジだ。


「冒険、途中、我慢」


 兜で表情はよく見えないが、ヒャーナは我に返る。


「ごめん、ちょっと動転してた」


 見れば隣には子供もいるのだ。


 コメルという、ひょっこりと現れた、あやしい子供。


 やはり初対面でおばさんと呼ばれたせいだろう。ヒャーナはあまりこの娘がすきではなかった。でもさすがひとりで町を横断しただけあって、正直魔法使いの師弟三人よりも落ち着いている。


「進もう」


 その頭を撫でて、ヒャーナは自分に言い聞かせるように唸る。


 せめて、贅肉型と異形の群れと遭遇しなければ、なんとかなると祈って。


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