第二話 感染者
幸い、女の子を城門棟まで運んですぐ、目が覚めた。
ただ、ヒャーナたちにもたらしたものといえば、やはり朗報とは程遠い。
「やはり私は反対。行ったところで意味がない」
「賞金稼ぎのヒャーナ。あなたは本当にAランクの風上にも置けない奴だな。まさか仲間を置き去りにしておめおめ逃げようとするとは」
「冒険、協力、大事、仲間、大事」
またしても言い争いである。
ヒャーナは武力に優れるわけではなく、魔法も使えない。
それでもAランクの冒険者になれたのは、ひとえに彼女が慎重からだ。
無論、言い方によっては小心者とも取れるが、ヒャーナは「依頼を受ける際はまずリスクと収益を天秤にかけるタイプの冒険者」と自称している。
だから、ギルドから傭兵まがいの強制依頼がくる時、ヒャーナは本来のパーティーを抜け出して、北のほうの依頼を受けた。
人魔戦争の前線に行くなんて、どう考えても死に急ぐようなものだ。
それなりの報酬もないのに、バカみたい。
ただ、いまヒャーナは思う。
もしかしたら前線に行ったほうがまだマシだったのではないかと。
本来のパーティーでもしばし今後の方針で揉めてはいたが、少なくとも作戦会議する時みんなは静かに聞いて、考えて、それから結論を出す。
対して、今回の行動は本当の意味で勢い任せだ。
冒険において一番重要なのは、経験と知識のはずなのに。
「情報が本当かどうかはさておき、異端討伐隊の人間が重傷を負った時点で任務は失敗でしょう!合流したところで手足まといが増えるだけ。むしろすぐに戻ってギルドに情報を伝えて、増援を呼ぶべき」
「子供ひとりですらここまで来たのに。もしかして自称ベテランが逃げるとでも?」
「逃げるんじゃない!より堅実的に遂行するだけ。私は無駄死が大嫌いよ」
冒険者二人と、魔法使い一人。
机に囲んで、各々声を張り上げる。
その前に地図が広がっていた。
いまじゃ殆ど意味をなさない、昔の町の構造を記した地図。
「城門棟からここ、教会までは町を横断しなければならないのよ。大広場を通って、何本もの大通りを渡る。贅肉型が何匹いると思う?」
「魔法で倒せばよい。このアロガンテッソ・マルガーヤ・ヨンガン・ムタハッウィル・ニシャースチイェ・ミゼリゴルド・デブレッシオーネ・ヴェルゴーニャの腕前をとくとご覧に入れましょうぞ」
「上級魔法の光は異形を呼び寄せるって何度も言ったでしょう。たやすく使うわけにはいかないのよ。死にたいなら自分で行きなさい」
「冒険、心躍る」
「はぁ…………」
こめかみに手を当てて、ヒャーナは深い溜息を零す。精根尽き果てたようにすぐそばの椅子に腰掛けて、しばらく天井を見た。そしてふっと何か思い出したように立ち上がる。
「コメル。ひとつ確認したいことがあるんだけど」
向かったのは、先ほど助けた女の子のほうだ。
ベージュ色の髪を短く切りそろえた、決して可愛いとは言えない女の子、名前はコメルという。
無論、可愛くないというのはあくまでヒャーナの主観にすぎない。
生きているだけで精一杯のこの場所で、街を横断して知らせに来た子に可愛さを求めるのはお門違いもいいところだろう。
ヒャーナは分かっている。
分かっているが、どうしてもコメルを可愛いと思えない理由がひとつあった。
「お、おばさん。なんでしょうか」
ヒャーナが近づくと、コメルがおどおど口を開いた。
そう、コメルは彼女を「おばさん」と呼ぶのだ。それだけでなく、なぜか魔法使い見習いの一人、自分と同じ年のララを「お姉さん」と呼んでいる。
そのせいで、口調はすこし荒い。
「どうして知らせに来たのがあなたなの。大人たちはどうした」
「ヒャーナさん。子供にはもう少し優しく、ね」
注意したのはララだ。
はっきり言葉にしないコメルに後ろから抱きついて、いつものように締まらない口調で言う。
ただ、その一言でヒャーナは我に返った。
なにせ子供が組んだ手を胸元に当てて、懸命に言葉を絞り出そうとしているのだ。
――見方によってはいじめにも見える構図である。
いくらなんでも大人げない。
自分の失態に気づいて、ヒャーナは一応謝る。
「ああ、そうだった。ごめんなさい」
「みっともないぞ。賞金稼ぎのヒャーナ」
後ろからアロガンテッソの皮肉の声が届き、ヒャーナはそれを相手にしなかった。
咳払いをひとつ。すこし気持ちを切り替えて、切り出す。
「ね、コメルちゃん。異端討伐隊のおじさんおばさんたちが怪我で来られないのは分かる。でもどうしてアナタが知らせに来たの。怖がらせるつもりはないけど。お姉さんに教えてくれる?」
これが、ヒャーナが一番引っかかっているところだ。
よりによって子供を向かわせるなんて、おそらく現場は只ならぬ事態に陥っているだろう。
「その……」
コメルはうつむいた。
冒険者たちに来てほしい。でもほんとうのことを言ったら来てくれないかもしれない。
ひしひしと、ヒャーナはこの子供からそういう気配を感じた。
「みんなが病気になっちゃって、動けなくなってしまったの」
ポロリと出たのは、ヒャーナの予想通りの言葉だ。
「手とか、足とか、動けなくなった人がたくさんいるの。あと……その、外のひとを連れて来ないでって、お母さんに言われて……でも、コメルは」
知っていること(?)を口にしているうちに、幼い声がだんだん震え始める。
恐怖まじりの感情が高ぶって、やがて涙という形で表れる。
ヒャーナは心の中で舌打ちする。
「コメルは誰かが助けてくれたら……いいなって。だから異形討伐隊のおじさんが冒険者たちが城門棟まで来ているかもしれないって言っているのを聞いて。勝手に出ちゃった」
しん……と、誰もが口を閉じた。
ただ女の子のすすり泣き声が聞こえた。
ヒャーナは眉間に皺を寄せて、深刻な顔になる。続いて立ち上がり、一人で隅のほうへ歩いていった。
どうすれば悪者にならずに撤退できるのか考えているのだ。
だが、そんな余裕をヒャーナに与えない人物がひとりいる。
「娘っ子よ。私からも質問があるんだが、良いかね」
つばの広い帽子を直して、アロガンテッソは三角目でコメルを睨む。そのせいで、コメルは縮こまる。
「みんなが病気にかかって、どれぐらい経った。それと、教会には神官がいるかね」
子供の弱気を気にすることなく、魔法使いはさらに畳み掛ける。
「それは……」
「コメルちゃん、大丈夫です。ちゃんと答えて、先生はお母さんを助けに行くつもりなのよ」
「ほ、ほんとう?」
後ろのララがなだめると、コメルは反射的に聞き返す。すると、三編み髪のララが力強く頷き返してあげた。
コメルが起きて早々彼女を虜にしたララの言葉は、効果抜群であった。
ほんとうに、いい師弟よね……。
ヒャーナは静かに髪を掻きむしった。
ララという見習い魔法使いはいつもそうだ。
どこか抜けているように見えて、先生のアロガンテッソだけにはペコペコと合わせる。
だから、ララはアロガンテッソに続いて、ヒャーナがこの場で二番目に嫌いな奴だ。
コメルは目の端から伝わる涙を袖で拭いて――鼻水も若干混じっているが、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「ええと、あのね。正確な日時は覚えていない、けど。みんながあそこに籠もり始めた時から病気にかかったの。それと、神官さんはいない、です」
「ロロ、ララ、荷物の片付けを。いまからこの娘が言ってた教会に行く」
はぁ?
「どういうこと!」
耐えきれず、ヒャーナは声をあげる。
この傲慢な魔法使い、仲間に相談もせずに行こうとしているのだ。
「どうも何もないよ。賞金稼ぎのヒャーナ。きみも知らないとはいうまい。前線の状況をな」
「くっ」
「この病気は初期の段階では治癒術で簡単に治せるが、ある一定の期間を過ぎると、ただの治癒術も猛毒になってしまう。そうなったらもう死を待つだけだ。これの究明は一刻を争う」
アロガンテッソの口調は相変わらずひねくれている。
たださっきよりも得意げにヒャーナには聞こえた。
「もし本当にこの娘の言うように感染して数ヶ月経ってなお生きている者がいるとしたら、これぞ人類のために貢献できると思わないのかね」
「それは……!援護を呼んでから慎重にっ」
「援軍が来た時もう亡くなっていたらどうする!」
アロガンテッソの言葉は正しい。そこだけはどうしても言い返せない。
彼ら数人は、人間の運命を左右していると言っても過言ではなかった。
ヒャーナは悔しそうに唇を結ぶ。対してアロガンテッソは肩を竦める。
「まぁ、別にあなたに意見を求めているわけではない。この際どのみち我々は行く。このアロガンテッソ・マルガーヤ・ヨンガン・ムタハッウィル・ニシャースチイェ・ミゼリゴルド・デブレッシオーネ・ヴェルゴーニャの活躍を見るといい」
わざとらしく手を振って、アロガンテッソは弟子の二人に指示を出す。
すると隣のロロは「ごめんなさい」と小声でつぶやいて、ララと一緒に各所に散らばっているものを集め始めた。
ヒャーナの顔色が沈んでいく。
いろんな考えが頭の中に駆け巡り、やがてため息と化す。
「分かった、私も行くわ」
こめかみに手を当て、ヒャーナは妥協する。
「ただし、もう少し雪が降ってからにしてちょうだい。フォーメーションとかもしっかり決めて。できるだけ安全な道を通るよ」
それを聞いて、ずっと側に立っていたヒゲオヤジは髭を撫でて快活そうに笑った。
「冒険、人助け、心が躍る!」
同時に、コメルという子供もまたここに来て初めて、笑顔をほころばせた。




