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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第一部 ハルトマン領陥落
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第6話 戦況

 東戦線の崩壊は諸国に大きな衝撃を与えることになった。


 ただ、パニックに陥るほどではない。


 無人区周辺はもとより従属国が多く、いわば災厄から身を守る緩衝地帯だった。


 多少損失はあるものの、あくまでも許容範囲内の犠牲。

 

 教会統括のもと、作戦は直ちに執り行われた。

 

 場所は聖王国直轄――ハルトマン領。


 東西南北を繋ぐ要衝にして、教会の重鎮、勇者の故郷。


 民衆の疎開とともに、守備軍は防御に徹する方針を決めた。


 精鋭は連れていかれようと防衛戦の要。時間さえ稼げば、勇者は東の穴を塞げる。そのうえで包囲殲滅、戦線を押し戻す。


 逝った命は戻らないが、せめて物質を供給するための後方は安全になる。

 

 それがあまかった。

 

 ――ハルトマン領が一週間も持たずに陥落することを、果たして誰が予測できるだろう。


 自国の戦力を損ないたくないと思い、諸国がまだ編成について口論しているうちに、悪報が届いた。


 異形は増える。

 

 関節型アルトゥスと呼ばれる新種はあらゆるものを喰い、同族を産み落とす。


 最初は千に届く程度だった異形が、二〇〇キロを渡って、ハルトマン領の眼前まで迫ってきた時、その数は既に万を超えていた。


 堅牢と呼ぶに相応しい城壁も、たかが三千の兵士で、それも昼夜問わず攻め続けられれば……


 5日。


 むしろ奇跡に等しい。


 水堀が異形の死体で埋められるのが一夜。


 死に物狂いで戦い城壁が踏み潰されるのが三日。


 市街戦に追い込まれ一日を耐え、最後は城塞に撤退せざるをえなかった。


 最終防衛術式の展開後、異形は町周辺に群がり、死体を貪って同族の生産に入った。


 幸か不幸か、彼はどうやら身近に展開する翠緑の光に反応し、なかなか離れずにいる。


 結果として、時間稼ぎは成功だった。


「ミカン様、来られる途中に軍の姿がお見えになられましたか」


「は~軍がね……オレは南の冒険者協会ギルドでハルトマン卿の依頼を受けたんで、結構ひとが通らない道を選んできたわけよ。あいにく、そんな頼りになれそうな組織は見かけてねぇな」


「そうですか。使えないミカンでございますこと。さて、どちらにしろ勇者サルース様がお戻りになられるまで最終防衛術式は解除できないし、意味ありませんけれどね。ところでお嬢様、立ち話は癒えたばかりの体にさわります。どうぞおかけになってください」


「あっ、はい」


 考えがまとまらないうちに、クリシスは半ば無意識にリサの運んできた椅子に腰掛けた。


 ベーゼは隣で「おい、オレは?」と騒ぐが、リサは相手にせず、また説明を開始する。


「最終防衛術式は中の人間を糧に維持されていることは、無論ご存知でしょうね」


「ああ、嬢ちゃんから一応聞かされてる」


 腕を組んで、ベーゼは壁に体を預けて答える。


「では、術式内部の人間が夜になると昏睡に陥ることは?」


「昏睡?」


 思いかげない言葉に、クリシスは眉をひそめる。


「どうやらお嬢様すらご存じない様子ですね。了解しました。では旦那様のご説明をわたくしなりに解釈してみます」


 目を伏せて、リサは一度考える。


「つまり、術式が生命力を吸い取る間、内部にいる人間の身体機能は著しく低下してしまい、ある限度を越えてしまうと昏睡状態になる、ということになります。よく訓練された者であれば耐えられますが、それでも身体はひどい倦怠感に襲われてしまうのです」


「ってことは、犯人はこの昏睡に乗じて殺人を繰り返してるのか」


「さすがミカン様、犯人と同様の思考をお持ちのようですね」


「ふふん、偉いだろう」


「そこまで図々しくなると逆に尊敬してしまいますわ」


 クリシスは息を吐いて、頭の中で情報を整理する。


 どうも状況は彼女の思った以上にずっと芳しくないようだ。しかしこういう時に限って、冷静に対処しないといけないのが常だ。


「けれどリサ、さきほどの厨房での様子だと領民が殆どではありませんか。疎開したのに、どうして?」


「はい、彼らは元々随軍の炊婦と鍛冶職人たちでございます。元々は長期戦を予定していたため、守備軍は故郷を守ろうとする者から一部徴募させていただきました。けれど、最初はこうではありませんでした」


「というと?」


「守備軍の方は、一週間のうちにほとんど亡くなりました。クンペルを除き、70人のうち69人が()()()()()()でございます」


 クリシスは激しい目眩がした。


「へぇ~強えぇ者からやるとは、なかなかいいセンスしてるな、犯人は。いったい何が狙いだったかね。術式を解除したければ一遍にやっちまえばいいだろうに。どうして日に十人……娯楽殺人なら納得できなくもないが」


 納得してはいけないでしょう!


 そんな激情を無理やり呑み込んで、クリシスは自分を戒める。


 犯人はベーゼではない。ここで八つ当たりして何の意味もないのだ。


「リサ。さきほどファルミに会ったけれど、いま守備軍はまだ何人か残っているかしら」


「はい、ファルミを含め六人だと存じます」


「六人、なのにクンペルが先に……これまでに守備軍以外の人が殺されたことは?」


「さきほど申し上げたとおり、一度たりともありませんでした。それと、なぜクンペルが廊下のほうに倒れているかもまた謎です。普通、就寝なら決められた場所で行うべきです。壁やドアを塞いだり、なんとか無事に凌ぐのを試みる……これを提案したのもクンペルでしたが、先に逝かれるとは」


 クリシスはますます分からなくなってきた。


「正直、心情的には異形が屋敷に紛れ込んだと信じたいところですけど……」


「そりゃあの白いレースを好む小娘が嘘をつかねぇ限りありえねぇだろうな」


 まさか自分の独り言を拾われると思わず、クリシスは少し驚いてベーゼをみる。


「外にうじゃうじゃいる異形どもは俗という魔族とはかけ離れてるが、それでも魔王の手によって形成されてるはずだ。あの錫杖……たしか勇者の仲間になる人物が使う特注品だ。見習い神官が使っていい代物ではない。恐らくくたばったブッソラという司祭のお下がりだろう。あれはあれで魔族探知機能がついてる。人ならざる者であれば、あれにかかれば全部一発だ」


「詳しいですね。ベーゼさん」


「まぁな。伊達に特級冒険者をやってるわけじゃねぇよ。教会との付き合いもそれなりに多い。だいたい、もし異形あいつらがそんな器用な真似ができるなら、籠城なんて付き合ってくれねぇよ。いまごろとっくにミスリル帝国辺りに殺到してるさ」


 酒を思いっきり呷って、ベーゼの口元は満足げに緩む。


「メイドちゃん、一応聞くが、守備軍の野郎たちは夜になると眠くなるのか」


「詳細はわかりかねますが、守備軍の方は起きている人から亡くなっていると、ファルミから聞いたことがございます」


「じゃ、今度は駄目もとで聞いてみるさ。もし今生きている人間の中で犯人がいるとしたら、メイドちゃんは誰だと思う?」


「それでしたら……」


 一ミリの迷いすらなく、リサは指を立ててベーゼのほうを指した。


「ハハハッ、おもしれえことを言うね。メイドちゃん。まぁ、犯人の特定ができない殺人現場に突如現れる得体のしれない二人、疑われないほうがおかしいよね」


「胡散臭いのはベーゼさんだけだと思いますけれど、仲間にしないでほしいですわ」


 さすがにこれ以上黙っていられないので、クリシスはツッコミした。


「うむ!言われてみれば確かに⁉」


「ミカン如きがお嬢様に並ぼうなんて百年早いわよ」


 リサは誇らしげに鼻で笑った。


 クリシスにしてみれば二人とも困ったものだ。


 その時、突如廊下から乱雑な足音が聞こえてくる。


「どうやら時間のようですね」


 立ち上がり、リサは無言で椅子を元の位置に戻す。


「お嬢様、こちらにいらしたのですか!」


 乱暴にドアを押しのけたのは、ほかの誰でもなく、さっき話にでてきた守備軍の六人だ。


 一様にして赤混じりの甲冑に身を包んで、その視線はベーゼを狙い定めていた。


 何をしようとしているのか、もはや一目瞭然だ。


 クリシスは深い溜息をつく。


 馬鹿のファルミにしては決断を下すのが早いと思った。


「お嬢様、どうかお下がりください!この男を拘束する必要があります」


 激情を込めたファルミの言葉は届かず、クリシスはむしろ逆にベーゼの前に立つ。


「ファルミ、いまお父様には会えるかしら」


「えっ?」


 まさかこうなるとまったく予想できなかったのか、ファルミは呆けた顔になる。


「ええと、お目にかかるのは厳しいですが、話を交わすだけならすぐにでも叶えます……」


「ならややこしくならないように、単刀直入に行きましょう。お父様に尋ねてみればこの男の正体はすぐ分かることよ」


 父に会うことに対する恐怖を抑えつつ、クリシスは決断する。


 クリシス・フォン・ハルトマン。


 憚れようと、彼女は勇者の家系に生まれ、ハルトマン家の長女だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃベーゼが一番怪しいですし、バカだとしてもそうしますよね…
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