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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第一部 ハルトマン領陥落
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第5話 遺体

「ま、まただ。畜生、だから屋敷に魔族が潜り込んでいるって。このままじゃみんな殺されちまうんだよ」

「おい、見たことのない顔だぞ。誰なんだよこの男は。ファルミ隊長が来るまでに勝手に死体をいじって」

「あっ、お嬢様だ!」

「できの悪い欠陥姫ね。私たちをおいて先に避難していたじゃないの」

「もうどうだっていいんだよ。いまはなんとか死人が出るのを止めなければ……」

「坊ちゃまが帰るまでの辛抱よ」

「どうしよう。クンペルさんが死んだら、これから誰が仕切るんだよ。旦那さまも書斎に籠もりっきりだし、ひとは死ぬし」

「あぁぁ、外の状況がまったく分からない。この様子だといつ死んでもおかしくないのによ!」


 一階廊下の突き当たり、初老の男が横たわる場所に、ざわつきが止まらない。


 領民と使用人。


 様々な服装をした人たちが遠巻きに突如分け入った令嬢と冒険者を見て、こっそりと、あるいはわざと聞こえるように言葉を交わしていた。


 クリシスは俯いて、何も言わない。


 ハルトマン家に生まれたということは、つまり人前に立ち、様々の眼差しを受けることを意味する。物心がついてから様々な場面で立ち振る舞いを求められてきた。今さら他人の評価を気にすることもない。ただ……


 それと同じぐらい長い時間、クリシスはクンペルが父親の傍に立つ姿も見ていた。


 髪は常に後ろに撫でつけてビシッと決めて、口数が少なく、表情も乏しい。


 まだ小さかった頃、まるでお父様の背後霊だと、変な勘違いもしていた。


 クリシスにとって、クンペルはいわば父親の分身のような存在だ。


 とくに冷遇されて以来、何かあればクンペルを通して伝えることが多くなって……幸い、使用人の間で欠陥姫だと揶揄されてからも、クンペルが彼女に対する態度は昔と変わらなかった。


 人を差別することなく接する方正な方だと、後になってクリシスは思った。


 それがいま、生気の失せた瞳で天井を見つめている。


 ピシッと決めた髪が乱れ、噴き出す血で整った執事服も汚れている。


 ハルトマン家を長年支えてきた者としては、あまりにも報われない最期だった。


「ベーゼさん、何か分かりましたか」


 恐る恐る、クリシスは尋ねる。


 目の前のおじさんが無頼漢という認識は到底覆るはずがない。


 とはいえ、その腕前は認めているのだ。


「激しい外傷はない。後ろ首を一斬りで裂かれてやがるなぁ。こりゃ明らかに人の手による仕業だ。それも相当な手練の」


「人の手、ですか」


「当然。魔族がこの屋敷に隠れているなら話は別だけどね。異形じゃ剣は使わないだろう」


 ベーゼは意味深に笑う。


 そのせいで、クリシスの心がますます暗くなった。


 周りを見る。集っている人間こそ様々だが、目に浮かぶのは一様に懐疑の色だ。


 リサが二人を屋敷内の人間に会わせたくない理由もこれでわかった。


 つまり、疑われても仕方がない立場なのだ。

 

 はぁ……どうしよう。

 

 クリシスはいま前線で奮戦している兄のことを考えた。

 もし兄がいまの状況に立たされたら、どう対処しているだろう。

 

 みんなから慕われる兄なら……きっと先手をうって、そもそもこういう状況にならなかった。


 勇者とは周りに希望をもたらす存在。彼の向かう先に絶望があったとしても、彼がいる場所は微塵の絶望も許されないのだ。


「こらこら、群がるな。どいたどいた」


 背後から、やたら気合の入った声がした。


 それに呼応して人の群れが割れ、声の主が迫ってくる。


「おい!神官様が来るまで誰も死体を触るなと言っただろうが!」


 うちの一人、守備軍の甲冑を装備していた青年が死体を検めるベーゼをみるなり怒鳴りつけた。

 

 短く切り揃えた褐色の髪。輪郭がはっきりした顔立ち。


 何より、その腰には上級士官の証である銀色の鞘が帯びている。


 普通なら、頼れる人だと思うだろう。

 

 しかしクリシスは知っている。

 

 ――このひとはたしかに屋敷の警備を託されるだけの凄腕だけど、馬鹿であった。


「黙ってろ犯人。いま証拠を集めてるんだ。気が散る」

「はぁ?」


 はい?


 ベーゼは振り返りもせずに、とんでもないことを口にした。


 その言葉で周辺が一気に静まり返る。


 ………………


 沈黙。この場にいる者の視線が睨み合う二人の間を行き来して、錯乱する。


 そして、ベーゼが先に口を開いた。


「ふん、どうやら君が犯人じゃないらしいな。手練の仕業だから、揺さぶりを掛けてみたが……外れか」

「当たりまえだろう!守備軍がハルトマン家の人間を傷つけてどうするんだよ。というよりおまえ誰だ、見ない顔だな!」


 相変わらず突拍子もないことをするベーゼに、青年はその腰に下げた二本の剣に気づき、ガッと自分の佩剣を抜き払った。


 対してベーゼは手を片方の柄にかけ、無言のまま立つ。


「ファルミ、彼は私の客よ」


 雰囲気がよくない方向に転びそうなので、クリシスは間に入る。


 屋敷に入ってからまだ半時間もたたないうちに、これがすでに二度目である。


「お、お嬢様!な、なぜっ」


 驚きのあまり、ファルミと呼ばれた青年は剣を握ったまま何歩も後ずさった。


 そしてぱっと我に返ったように慌てて片膝を折る。


「お嬢様、なぜお戻りになられたのですか!」


 あまりの大音量に、クリシスは思わず耳を押さえそうになった。


 ファルミの直情的なところは彼女も嫌いなわけではない。けどこればかりはどうにかしてほしかった。


「それについてはあとで説明するわ、まず目の前のことを優先しましょう。いつまでもクンペルを床に眠らせているわけにはいけませんから」


 クリシスが額を押さえてそう言うと、ファルミは「はっ」と再び頭を下げる。


 馬鹿だが、忠義は誰よりも熱い男だ。彼が裏切り、あまつさえクンペルを殺すなんて、少なくともクリシスでは想像できない。


「さきほどはお嬢様の客人だと知らずに大変失礼な真似をしました、どうかお許しを」

「いやいや、オレのほうこそすまなかった」


 立ち上がり、ファルミはベーゼに向き直るが、目は不服そのものだ。


 一方ベーゼはいつもの調子でヘラヘラしている。


「んで、ファルミくんかな?背後の神官ちゃんがまだ待ってるんだぞ」

「あっ」


 それでようやく、ファルミはふっと何かを思い出したように振り返る。


「初めてお目にかかります。クリシス様」


 聖職者の服装を纏った少女が近づいてくる。錫杖しゃくじょうを手に、軽くお辞儀を一つ。


 スカートを摘みあげて、クリシスは即座に一礼を返した。


 大陸の西側において、教会の権力は王族のそれよりも増す。


 数十に渡る国を、すべて教義のもとに王を決め、国家の在り方を制定することになっている。ハルトマン家は勇者の家系ゆえに、教会と関係もかなり親密なものだ。


「わたくし、ハルトマン領に滞在する見習い神官のトリアと申します。この度は亡くなったブッソラ司祭の代わりに屋敷にて簡単な儀の執行を任されております。以後、どうぞお見知りおきを」


 流れるような長い金髪が揺れ、トリアと名乗る神官はクリシスを見据え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 外見からしてクリシスと年齢はそう変わらないのに、言動の端々から人を落ち着かせる何かが伝わってくる。


 その心地よい静寂が漂う蜂蜜色の瞳に囚われ、クリシスは見習いの彼女がなぜこの場の重責を背負えるのか納得できそうな気分になった。


「ブッソラ司祭の件、至極残念だと思います。私は何度かしか面識ありませんが、信仰心が強く、非常に慈悲深い方だと父より聞き及んでおります。ご高齢ながらも布施を行い、ハルトマン領の者たちを助けてくださいました。このような方を喪ったと思うと、自身の無力さに痛み入るばかりです」


 深々と、クリシスは頭を下げる。教会の理念に傾倒している人間の一人として、これは紛れもなくクリシスの本心によるものだ。


「いいえ、クリシス様。きっと、ブッソラにとっても本懐でしょう。彼が神の元へ逝かれましたのも、ひとえに領民の方々を屋敷に誘導するため、『神に仕える者は率先に無力の者を助けるべし』。わたくしたちにとって、それこそ正道、逝くべき道でございます。それに……ハルトマン領の被害に比べてば、教会の損失など微々たるものです。魔族の侵攻を止められなかったのは、至極残念でございますが……いまは、ただ少しでも皆様の役に立てればと思っております」


 そこまで言って、神官は視線を床に眠る執事のほうへ向ける。その意を汲み、クリシスは頭を下げる。

 

 ――いまはそういう社交辞令を言い合っている場合ではなかった。


「はい、クンペルのこと、なにとぞよろしくお願いいたします」


「いいえ、わたくしのほうこそ、未熟者で申し訳ございません」


 会釈を一つ。神官はクンペルのほうへ歩き出す。が……


「ひゃっ」


 静まり返った廊下で、突如愛らしい声が響いた。続いてドスンという鈍い音。


 見習い神官が両手を地面につき、尻を突き出していた。


 つまり、盛大に転んだのだ。


「ふん、若い神官さんは白いレースを好む、っと」


 ベーゼは手帳に何か記しながら満足げな声を発する。


 はぁ……視力が無駄にいいこと。白いレースとは下着のことでしょう。この変態冒険者め……


 クリシスは半眼でベーゼを睨むが、まったく相手にされなかった。


 一方、トリアといえばすぐに立ち上がって咳払いを一つ。まるで何事もなかった風を装う。


 なるほど、だからこその見習いというわけか。


 色々台無しになったような気がして、クリシスは心の中でため息をつく。


「お嬢様」

「な、なに」


 突然耳元で話かけられ、クリシスはビクッとした。


「お話がございます。どうか、部屋の中へ」


 無表情で、褐色肌のメイドがクリシスを隣の物置部屋へと促す。


 クリシスは少し迷った。


 この場合、少なくとも不在の父に代わりに見届ける義務はある。


 ただ、それを知らないリサではない。


 よほど大事な話だろうと思った。


「どうしたの、リサ」


 隣の部屋――食堂に入ると、クリシスは早速聞くことにした。


「お嬢様を現場にお連れしたのは直接ご覧になったほうが理解しやすいためでございます。ことを荒げそうなので、その前に事情を詳しく説明をしたほうがよろしいかと」


「詳しく、ですか」


 明らかに言い含みのある言葉に、クリシスは気を引き締める。


「はい、実のところ、いまはクンペルのほかにも九名の死者がでております。神官さまの到着が遅くなったのもそのためです」

「九名……」

「ええ、お嬢様とあのヘンテコな冒険者を除き、現在屋敷に居るのは守備軍、使用人、避難してきた領民の方を含め、合計97名。ただ、最初の頃は167人もおりました」


 !


 相変わらず、リサの口調はそっけないものだった。


「さようでございます。お嬢様が脱出された一週間後、毎日、きっちり十人命を落としております。それもみな一様に首による致命傷、楽観的な状況ではございません」


「へ~、そんな面白いことになってるんだ」


 突如姿を現したのは、もちろん同じく屋敷に来たばかりのへんてこ冒険者だった。飄々とした表情を貼り付け、どこから持ってきたか不明な酒瓶を口に咥えている。

 

 クリシスはドアを見る。


 たしかに入る時はちゃんと閉めたはずなのに、ベーゼが声を出すまでまったくその存在に気づかなかった。


「盗み聞きするつもりはなかったがね。ただ教会の祭事は少しばかりうとくて、一服しようと隣室に来たわけだ」


「別に言い訳する必要もないでしょう。私からすればいかに変態でしょうが、ベーゼさんは既に仲間ですし、むしろこの状況で力になるとさえ思っていますけれど」


「ほ~そうだったか。しかし、こっちも別に嘘をついてるわけじゃねぇよ。悪いことは正々堂々やる。これがオレのモットーだ」


「さも自慢げに言わないでちょうだい。頭痛がしてしまいますわ」


 小さくため息を吐いて、クリシスは再びリサに視線を戻す。


「リサ、この人にも聞かせてあげて、大丈夫ですから。変質者ですけれど、有能よ」


「かしこまりました。お嬢様、この無知な腐れミカンにもお聞かせさしあげます」


「いや~、さり気なくより一層軽蔑が強くなったのはオレの錯覚かな」


 クリシスの知るリサはこういう時無視を決め込むタイプだ。


 案の定、そっぽを向いて、メイドはベーゼを見向きもしない。


「だがよ、嬢ちゃん、まずメイドさんに教えといたほうがいいんじゃねぇか?記憶の欠損、を。でなければ、説明されても十分な情報をえられないかもしれない」


「はい、それは確かに」


「お嬢様、もしかしてこの男に乱暴を働かれた挙げ句頭が石にぶつかって記憶喪失をされてしまいましたか」


「確かにありそうな話ですけれど、違いますよ。リサ」


 たぶん。


 自分に言い聞かせるように答えて、クリシスは目覚めてから今に至るまでの経緯を説明する。


「なるほど、話からして信頼に値しそうにない変質ミカンでございますね」


「ハッハッハ、やはりそうなるかね」


 悪びれる様子もなく、ベーゼは頭を掻く。


「ただ、旦那さま直筆の手紙をお持ちとなれば少なくとも犯罪者というわけではなさそうです。あとで旦那さまにご対面いただければすぐさま分かること……いいでしょう。ミカン如きにもご説明いたしましょう。あなたもまた、既に渦中に陥ったのですから」


「あんたのメイドはいつもこういう調子なの?」


 小声で、ベーゼは口だけ近づいてくるが、クリシスは半眼で対応する。


「はぁ……ベーゼさんに対して表現が少しばかり過激なのは否めませんけれど、自業自得なのでは?」


「ごもっとも」


 そして、今度はなぜか胸を張るベーゼ。


「では、ご説明いたします」


 そうクリシスに向けて軽く一礼して、リサは語る。


 時は、およそ12日前にまで遡る。

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