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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第26話 契約

「終わった…のか」


 旧市街が一望できる城壁の上。


 薄い緑の障壁を隔てた光景を目にして、ミゲルは言葉を失った。


 雨が徐々に降り止んでいく中、不気味な灰色がそこら中に漂い、それに触れた存在すべてが枯れ果てていく。


 命がけでアルキュミアをここに連れてきたのは、自動制御型の機械を起動させるためでもあった――そうすれば少女の助けになると思ったが、異形による脅威はさらに異質な力によって食い散らかされて、解決してしまった。


「はぁ……」


 ため息を吐き出して、ミゲルは座り込む。


 いろいろありすぎたせいで、神経が緩んだ途端身体中の力も抜けた。


 命がかかっているのは日常茶飯事だが、今回はさすがにスケールが違う。


 というより未だ状況すらうまく飲み込めないのだ。


 城内は暴動と、投擲された異形のせいでいまなお混乱が続いている。


 断片的に届く悲鳴と絶叫、泣きわめく声。


 きっと、命を落とした人間も多いだろう。


 だがミゲルはすでに動きたくもないし、動けない。


 ボスがその気になればいつでも沈静化へ向かわせることができるだろうと思った。


 人間同士の問題なら、どうにでもなる。


 少なくとも町が滅ぶことはない。


「ミゲルくん」


「なんだ、ウリウス会長」


 ミゲルの向こう。


 胸壁に寄りかかった少女――アルキュミアは虚ろな目のまま口を開く。


 そのせいでミゲルはため息を追加する。


 いつも身に纏っているドレスが雨粒と泥で薄汚く染まり、義体の各所にも痛々しい破壊の痕が見え隠れする。壊れかけた人形のように、何百年も町を牛耳ってきた紛い物の不死者はただ無気力に、辛うじて意識をつなぎとめていた。


 このままいくと確実に命取りになることぐらい、もはや一目瞭然だ。


「どうしてワたくシを助けましたの」


「そんなことに拘る場合かよ。なんとかならないのか。道具が必要なら探してやるが」


「必要はありまセんわ。もウ手遅れですから」


 そうして、世界一の義肢専門家は自分に死の判決を下した。


「そっか」


 起き上がろうとした動きを止めて、ミゲルは再び座り込む。


 もし負傷したのがデミカスだったら、ミゲルはなにがなんでも医者を探し出して連れてくるだろう。


 だが相手はアルキュミア。


 彼女自身がそう言った以上、ミゲルは自ら動こうとしない。


 組織も帝国軍も自分を探し回る時に、動いたところで無駄だろうと、そう自分に言い聞かせた。


「して、わたクしの質問を答えていたダけますか」


「簡単なことさ。受けた恩を返したまでよ。ボスが教えたように、ね。さすがのおまえも自分の子供には殺されたくないだろう」


 ミゲルは分かる。


 アルキュミアの虚ろな瞳はたしかに自分に向いてはいるが……じつのところ、英雄リアン・トルヴィスに注いでいるのだ。


 岩壁を利用して彫刻した巨大な石像。


 右手に剣を、左手に宝石。


 およそ百メートル以上にも及ぶ人造物を、いまアルキュミアは見つめている。


 きっといろんな感情が渦巻いているとミゲルは思った。


「…………、それでデみカスくんの命令に背キましたノ?」


「ああ、ボスは間違いなく本気で怒るだろう」


 やれやれと、ミゲルはため息をつく。


「あとで殺されるかもしれん。でも、『義』は大事なんだ。それに、町を守るためにおまえの力が必要だとも思ってた、あの娘がひとりであんだけの化け物を片付けるとは……」


 自分がそんな者から荷物を盗んだとは、いま考えてみれば無謀の極みだ。


「ふふふ、貴方のヨうな独自の判断基準を持つ人間は一番扱いづラいですわ。組織の毒ですね」


「きつい冗談だぜ」


 はあ……


 ミゲルは苦笑する。


「ミゲルくん、ひトつ、教えヨうと思いまして……」


「なんだ」


「貴方ヲ助けた理由でスよ」


「ふむ、おもしろい。これを知るために何を差し出せばいいんだ?」


「そウですね。べツに、何も」


「……」


 いつもならミゲルは耳を貸さないだろう。


 アルキュミアが無償で情報を提供するほど胡散臭い話はないだろうし、真偽も定かではない情報を、そうまで知りたいとも思わない。


 しかし、もうすぐ死ぬかもしれない相手に、さすがに断ることはできなかった。


「沈黙は肯定だと判断しますワ。ちナみ二、これはできれば頭に留めテおいたホうが人類にとって有益な情報デす」


「おいおい、資料とかないのか」


「わたくしが大事ナ情報を文字二スると思いますカ。それ二、クらニオもすでに死んデしまったわケです」


 いつもアルキュミアの傍に控えている補佐官ならどんな細部の情報も覚えているだろう。


 しかし老人は自ら盾となって、デミカスが撃ち出した銃弾を防いで、倒れた。脱出で最後まで見てはいなかったが、あのような高齢で致命傷を受ければ死んだと考えたほうが妥当だろう。


 気がつけば、またため息が出た。


「ああ、わかった。頭はいいほうではないので、わかりやすく頼む」


 どんな心情で話せる気になったのかは知らないが、一応覚えておいて損はないのは確かだ。


「まず、アナたを助けタこと。実ハ助けたというヨり、助かったといったほうガ正しいですわ」


 アルキュミアはまだ辛うじてつないでいる左手を動かす。


 精巧なドレスを容赦なく破り、その滑らかな腹部を露わにする。


 ミゲルは目を逸した。


 これは義体だ。


 そう自分を説得しようとするが、少女の形をしている者が爪を自分の腹部に食い込ませて、皮膚をそのまま裂いていく光景はさすがに見たくなかった。


 加えて、恐らく義体に限界が来ていたのだろう。


 アルキュミアの声が霞んだだけでなく、ギシギシと金属が軋む音がする。


「みゲルクん、こレ、見覚エありマすワね」


 !


 赤い魔石。


 腹腔からアルキュミアが取り出したのは、自立型兵器の中枢を司る部品。


 ――疫病で感染した患者の体から生んだ、人間の器官ではない異物。


 デミカスの計画の一端を担う者として、ミゲルは当然その存在を知っている。


「コれハ、貴方ノ体内にモあリますワ」


「なに」


「あナたの身体、最初異形と遭遇した感染者として……、くまなく調べさセてもらイましたわ」


 義体の中身を晒したまま、アルキュミアの腕は力なく垂れる。


 魔石液がそこから漏れ出るところからして、さきほど恐らくはかなり強引に引きちぎったのだろう。


「通常ノ治療では分からないデしょうが、実はこの病ニ感染した人間、脳部ハ徐々に萎縮しテ、代わリに腹の辺りデ魔石が生成されます。わタくしは、これを退()()と呼んでイますわ」


「退化……」


「ええ、魔族ト我々人間ハ脳で身体を制御していまスから。この世で魔石ヲ根本とし、本能デ行動しているのは魔獣だケです。これガ一番適切でしょう」


 ミゲルはここ数日町でみたことを思い出す。


 重篤になった患者は時おり二三人がかりでも押さえきれないほど痙攣を起こす。


 たしかに、ある意味獣には似ていると、思わず舌打ちした。


「でモ、必ずしモ感染した人間が全員コうなるとハ限りません。あなたのように脳と魔石の共存ができタ個体も存在してイますから。わたくシはこの個体差コそ問題解決の鍵デはないかと考えていました」


「……」


「あなたノ右腕、その義肢ハ体内で生成サれた魔石から力を引き出すタめの装置ですよ」


 薄い光が流れる義肢を、ミゲルは無意識に撫でる。


 これを装着して以来身体能力が飛躍的に上昇し、だからこの半年にも及ぶ間異形を黄蛆の巣窟へ誘導することができた。が、まさかそれが人間からかけ離れていった裏返しだとはさすがに考えたこともなかった。


「わたくしは、これをうマく活用すれバ戦力になるのではないかと考エていマした」


 アルキュミアは頭を振る。


 苦笑のつもりだろうか。しかし浮かぶ表情はぎこちなく、左の唇だけが吊り上げる。


「でモ駄目でシた。アナタ以外、イキノビたところで、義肢を接続でキた人はいませんでシた」


「だから魔石を鉄屑どもにぶちこんだのか」


「ええ、ミゲルクんも気づイているノでしょう。鉄屑の構造は客人たちガ関節型(アルトゥス)と呼ぶ異形と近イです。これハ別に意図して模しタのではなク、試行錯誤の末、赤い魔石はこういう形ノものに置く時だケ適合性ガ高い、と実験が証明しまシたから」


「実験……ね」


 この半年にも及ぶ間、大勢の人間は病に侵され、死んだ。


「必要な犠牲でスよ」


「ああ、住民のためではなく、この町のためならおまえはやるだろうよ」


 言い合いになっても意味はない。


 長い溜息を吐き出して、ミゲルは荒ぶる気持ちを整え、「続けてくれ」とアルキュミアを促す。


 真偽は分からないが、そこまでの情報を聞かせてくれるのだ。


 それを無にするほど、ミゲルは自分の感情に身を任せていない。


「わたくしは見テの通り、人間の身体ではアりません。ですから貴方ヲ真似して、魔石を体内に取り入れテも副作用に苛まれずニ済みました。それで、気づいたこトがあります」


 相変わらず、恐ろしいことをする女だとミゲルは思う。


 普通人間ならこんな患者からはみ出した異物を実用化しようと思わないだろうし、自分の身体に取り込むなんてもってのほかだろう。


 しかし、義肢の第一人者であるアルキュミアは平気な顔で行う。


「魔石はね。どうやらツナイデいるようでスよ」


「つないでる?」


「ええ、我々ドれシあは義肢の技術に長ケてはいまスが、自律型の兵器ヲ生むほどの技術は所持しテいません。でスから、すべてはコれによって大まかな指示ヲ出します」


 腹腔に嵌めた赤い魔石を、アルキュミアは指でさす。


「ミゲルくん、貴方がいツも異形の誘導に成功しテいるのは、これが原因だとわたくしは思いマす。赤い魔石がお互イの波長を感じ合っていルように、異形も私たちかラ何かを感じ取っているかもレれません。なにブん、異形にとっテ魔石が一番重要ナ器官らしいかラ」


 !


「いや、それよりっ」


「その可能性ハ否定できませンが、貴方が半年にも及ぶ間うまク異形さバいてくれタのは事実です。あまリ余計なことヲ考えないでちょウだい」


 もしかしてオレたちが異形を呼び寄せていたんじゃないか。


 それを言おうとするミゲルの疑念を、アルキュミアは覇気のない声で先制した。


「けれど、いまノ状況を見て、半年間の奮闘ハ徒労としカ言えませんわネ。結局あの者たちに頼リっぱなしデすから」


 はぁ……


 アルキュミアは短いため息を吐く。


「町を何百年モ持ち堪えたト同じようニ、徒労です」


「……」


 弱音を吐く。


 気分が沈んだ時、誰もが無意識に行うものだ。


 しかし、ミゲルはそんなアルキュミアを見たことがなかった。 


「なぁ、ウリウス会長。どうしてオレを泳がせたんだ」


 だからミゲルは疑問を口にする。


 この女に何かを求める時はだいたいひどい目に遭うが、こういう時ぐらい素直に期待してもいいと思った。


「異形をうまく誘導してほしいのは理解できる。おれしかできない仕事だ。しかしあんたは口止めをしなかった。オレが情報をボスにながさなければ、今頃あんたもそんなに惨めな姿にならなくても済んだだろう。いったいっ」


 すると、光の映らない金色の瞳が動いた。


 英雄の彫像から離れて、まるで狙い定めたようにほんのわずかに位置がずれる。


「ミゲルくん、さきほどの情報はデミカスくんに報告したほうが身のためですよ。なにぶん、このわたくしの口から情報をこじ開けましたから。()()を解くには十分すぎるはずです」


 その言葉だけ、やけにはっきりと、アルキュミアは口にした。


「そう、だね」


 ミゲルは一瞬まるで蛇に睨まれたような悪寒にとらわれて、そのせいで思考がまとまらない。


 気がつけば、いつの間にか手のひらに汗が滲んでいた。


 ――その口調は、有無を言わせない冷たい拒絶を含んでいる。


「ブラン・インク」


「?」


「彼女タちが探してイル技術者ノ名前ですヨ、ミゲルくん」


 アルキュミアの顔が再びぎこちなく歪む。


 それは柔らかい微笑みだと、ミゲルはなんとか理解した。


「彼女たチハこノ町を守り抜いてイた。ですカラ取引ハ成立、というより、期待以上の成果ヲ残してくレたよウですネ」


「なるほど、そういうことか……」


 曇天の空に漂う緑の波紋。


 たとえ西大陸の魔法をまったく知らなくても、これがどれだけ大掛かりな代物なのか、一目瞭然だ。


 しかし、最後まで商売なのか。


「分かったよ。ウリウス会長」


 ため息をついて、ミゲルは頷く。


 しかし、しばらく待つと、それ以上アルキュミアから話すことはなかった。


 胸壁に寄りかかって、はたして意識が残っているかどうか分からない風体で、少女の姿をする義体はただ光のない瞳で英雄の彫像を捉え続けている。


「……」


 その視線を妨げないように、ミゲルはゆっくりと立ち上がる。


 雨上がりの町へ城壁から下る途中、砂漠の日差しは雲を抜けて、青年の頬を照りつけた。

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