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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第25話 願望

 運が悪い。


 モイラはつくづくそう思う。


 不死者がもたらした災厄が偶然の産物であることは多い。


 半年前ベーゼと出くわしたことといい、今回クリシスが強引に最終防衛法陣を展開したことといい。未来というものは本当にどう転ぶか分からない。


 いや、ただ計算と予測を怠っただけなのか……


 心では分かっているが、こうしたほうが楽だからモイラはあえて言い訳をした。


 さて、どうしたものか。


 下は炎を纏って暴れまわる不死者。


 町はよく分からない原因で煙が立っている。


 そして後ろは間断なく流れ込んでいる異形の群れ。


 岩壁にしがみついて、モイラは師匠から受け継いた煙管を口に、ふかす。


 鼓膜が治るまであと二分程度だろう。


 それまでに答えを出さなければならない。


 最初は弟子を助け出せば最低限のノルマは達成できるとモイラは思った。


 が、雨が降り出したせいで人間と不死者の間に存在する何かに変わり、いろんな意味で手強い。


 この状況で弟子を正気に戻すには、恐らくハルトマン領よりも重い対価を払うことになる。


 ――数日姿が消えて、その後身体が縮むだけでは済まされないだろう。


 結局、モイラも不死者であり、自分が暴走するリスクを念頭に置く必要があった。


 逃げるか。


 考えひとつで、モイラはすぐ未来へ行くことができる。


 瞬きするだけで、目の前の風景はガラリと変わるだろう。


 でも、未来へ行っても状況が何ひとつ好転しないことは、モイラはよく知っている。


 ドレシアという町が跡地になるのか。それとも世界そのものが滅んだあとなのか。


 なにぶん今回の人魔戦争は過去にないものだ。


 勇者がどこまでやってくれるのか分からない。


 だからモイラは考えた。


 自分が納得するほうの可能性を。


 まず大前提として、弟子の生存を確保しておきたい。


 次に可能であればドレシアを守ること。そうすればアルキュミアから情報を引き出せる。


 あの女はややこしいが、一度約束したことはたがえない。


 そのためにはうじゃうじゃ雪崩込んでいる異形すべてを殲滅する必要がある。


 やろうと思えば、できなくはない。


 勇者候補とは、それができる人間なのだ。


 ただ、それだとつり合いがとれない。


 守備の戦力が不足しているドレシアでは、今回凌いだところで次はない。


 町にきた当初はそう考えていた。


 ただ、最終防衛法陣。


 予定にないものが出現した。


 ハルトマン領で見たものより数段劣る一面の防壁は、クレトム山脈の地形と組み合わせて、異形の侵攻を食い止めるのに成功している。 


 ――ひがし大陸、へ……


 あの夜、幸いにも礎の石を回収できた時、『封印』の祝福を持つ賢者ズィーゲル・フォン・ハルトマンはその言葉を遺した。


 心臓がまるごと消えたのは、恐らく術式の暴走による反動だろう。


 モイラの記憶では師匠が聖遺物になった時、少なくとも遺体には目立った傷跡がなかった。


 いや、むしろ一人でこんな術式を成し遂げたことに敬意を表するのが妥当だろう。


 でも、そのせいで、モイラは言葉の真意を教えてもらうことができなかった。


 最初は聖遺物を東の技術で完成すべきものだと思った。


 しかし旅の中で疑問を覚えて、困惑した。 


 そもそも、当時のズィーゲルの意識が曖昧で、モイラをほかの誰かに勘違いした可能性だってある。聖

遺物を残したいのに、クリシスになんの説明もなく行うのもおかしいだろう。


 でも――疑問は依然多く残ってはいるが――昨日東の精鋭部隊と話し合ったことで、モイラはひとつの可能性に至った。


 ハルトマン卿の遺志はもしかして戦況を踏まえた戦略的視点から最も正しい判断で……同時に、とてつもなく困難なものでもあった。


 弟子、都市……やがて世界へ繋がるなら。


 つり合いがとれる。


 二分経過。


 モイラの耳に雨の音がはっきり届く。


 それと同時に岩壁から飛び降りる。


 最終防衛法陣を背に、不死者は依然異形の波の的になっている。


 胴体型が雨で無力化され、砲撃が止んだおかけで、正面の真っ向勝負となった戦いは一進一退の繰り返しになった。襲来する異形を不死者が蹴散らし、再び押し寄せてくる。


 もし指揮官型が本当にいるとしたら、都市攻略に当てる戦力をたったひとりに注ぐのは不本意もいいところだろう。


 最終防衛法陣の劣化版で、そうせざるをえない事態になったから。


「かヵぁああああああ!」


 不死者が咆哮をあげる。


 近づいてくる関節型を一瞬にして霧散させ、振り下ろす贅肉型の拳に回転が乗った斬撃を切り潰す。全身から立ち上る蒼い炎は、赤く燃え盛る四足歩行形態より力が凝縮され、破壊力を増す。


 モイラは異形の侵攻が緩んだ一瞬の隙を狙って、乱戦のど真ん中に入り込む。


「ちっ」


 半年前よりずっと手強い……。


 下から斬り込むモイラの払いを、不死者は皮一枚で()()()


 恐らくほぼ無意識にやっただろう。『吸収』の祝福を宿った聖遺物の、その対策を取った。


 遺剣テイオは相手の魔力を呑み込み、使い手の力を増幅する聖遺物。


 ――ゆえに対峙する場合は物理攻撃で戦うのが最善策。


 全身から炎が立ち昇る不死者では、触れるたびに敵から力を奪われる。


 そのはずだった。


 がむしゃらに力を振り回すならまだ対処しやすいものを……!


 わざと乱戦へ誘うように、不死者は突如異形の群れに突っ込む。


 大地を焦がし、通った場所に無残な血肉の欠片を撒き散らす。


 一瞬躊躇って、その跡を辿ってモイラは突き進む。


「弟子ちゃん、よく聞きなさい」


 はたして、クリシス・フォン・ハルトマンの意識には届いているだろうか。


 再び咆哮して爆風を熾す不死者を目にして、モイラにできる確証はない。


 言葉で目が覚めるぐらいなら、不死者も西大陸でそこまで忌み嫌われずに済むだろう。


 でも……!


「これから、あんたのやるべきことを教えます」


 蒼い炎を纏った一撃を受け流し、また襲ってくる贅肉型の腹を足場に跳び、モイラは勢いのった払いを躱す。代わりに贅肉型が消し炭になる。この場で異形を盾にして戦うことぐらい、モイラには造作もなかった。


「此度の人魔戦争は東西両方の力をあわせる必要がある」


 再び異形を巻き込んで、不死者は遺剣テイオの斬撃を避ける。


「ハルトマン卿はあの夜、『東大陸へ』と言った。これは聖遺物のためではありません」


 地面を蹴って、モイラは横から飛びかかってくる関節型を両断する。


「我々西は勇者と英雄を頼り過ぎだ。だが今回の戦争、異形の物量を前に祝福も無力だ」


 血霧があがる。


 人間ではない、青白い血。


 さっきからあれだけの異形を滅ぼしたというのに、未だ先が全然見えてこない。まるでモイラの言葉を裏付けるように、異形の群れは間断なく進撃してくる。


 ――祝福を持った人間だけでは、結局限界はある。


「恐らく想像を絶するほど苦難な道のりになるだろう」


 濁流を裂く渦のように、二人は険しい谷の底を横断する。


『吸収』に忌々しさを覚えた不死者は、やがて無数の異形を捻り潰して、突如岩壁に飛びあがる。一方モイラは自分の一方的な語りかけを決して止めなかった。


「弟子ちゃん、まずはアルキュミアから情報を入手しなさい。ハルトマン卿が遺した石をちゃんと聖遺物にして……」


 突如降り注ぐ炎の波。モイラは手にする遺剣一振りで吸収し道を作る。


「っつ!」


 咆哮。


 面状の対異形用の熱波ではなく、しっかり一人を狙い定めた点による突貫。


 不死者の口が常人にはありえないほど裂ける。


 集った熱量は、砕け散った頭蓋の破片混じりに一気に噴出する。


 あまりにも眩しい光がゆえに、周囲の景色が一瞬沈んでぼやける。


「無駄だよ」


 熱波をカムフラージュに使ったのは驚きだが、反撃剣の使い手はあらゆる状況に置かれても冷静に対処できるような精神力を持つ。


 モイラは射線の初撃を間一髪で躱し、円を描いて駆ける。


 これは真正面から受けてはいけない攻撃。遺剣テイオの力では一瞬で吸収しきれない。


 そう判断しモイラが取った行動は退避であった。


 熱量の射線は素早く異形の群れを潜り抜ける影を追い、その触れた場所はすべて容赦なく切り裂く。


 異形も地面も岩壁も物ともしない。


 鋭利という名の破壊が周りを一掃して、続いて一瞬遅れて爆発を巻き起こす。


 手狭な場所にこのような狼藉を働き続けば、起こるのは無論崩落であった。


 舞い上がる、降り注ぐ。石塊と肉塊が混ざり合う嵐を隠れ蓑に、モイラは石の間を縫って踏み場で一気に不死者を斬りつける。


「弟子ちゃん、ドレシアという魔石の供給源を失わずに済めば、東大陸の戦線はある程度の安定が保てるはずだ」


 モイラの斬撃を、今度不死者は右手で揮う触媒で撃ち返す。


「東大陸の、戦力を借りて西へ連れて行きなさい!そうすれば勇者とその部隊は前線から解放され、魔王のところへいけます」


 攻撃を受けた、短期決戦のつもりか。


 モイラは心の中で唸る。


 岩壁を駆けて、不死者はさきほどまでの回避の姿勢を一変して何もかも叩き壊すように触媒を揮う。


 しかし、一見凶暴で不規則な攻撃から、モイラは自分が叩き込んだものを感じ取った。


 災厄に堕ちても、根幹となる部分――人間としてなかなか抜けない癖も、焦りで防御よりも攻撃に偏ってしまう部分は結局クリシスのままだ。


 なら、どうにでもなる。


 その攻撃を誘いながら、モイラは巧妙に方向を誘導する。


 うじゃうじゃと邪魔に入ってくる関節型は不死者の力を借りて潰し、モイラははみ出る力を拾うように触媒の軌道を悉くそらす。普段見ているぶん、どんな癖も利用できて、無意識に染み込んだ反撃剣の粋を逆手に取る。


「これからあたしはしばらく消える。力の反動で未来へ行ってしまうからだ。運が悪ければ人魔戦争のあとです」


 不死者は両手で触媒を握りしめた。


「全部弟子ちゃん、あんた次第だ」


 力ずくでくるつもりだろう。


 反撃剣はあらゆる攻撃が対処できる技だが、それでも弱点はある。


 使い手の反応速度を越えた攻撃と、あまりにもの力の差ゆえに拮抗しえない状況。


 恐らく、さきほどの射線は自分を試すためのものだとモイラは思った。


 ――化け物のくせに人間を探るような真似をするのか。


 しかし、核心の部分は所詮自分の弟子。加えて理性の制御が利かない状態だと、次がどんな手でくるかモイラはたいてい予想がつく。


 焦げた地面に着地して、モイラは動きを止める。


 人間ならその状況に疑念を覚えるが、不死者――とくに対人戦の経験が殆どないクリシスが本能で反応できるとは思えない。


 案の定、不死者の身体に纏った火炎は一瞬で消え失せて、逆に触媒のほうが固まったエネルギーの奔流が渦巻く。


 その途端、不死者の周りの岩石は溶けていき、近づく異形が次々と悶えて倒れる。


 威力はきっとさきほどの射線には劣らないだろう。


 空間さえ歪ませる熱量が 物語っている。


 モイラは構えを取る。


 それは、相手の攻撃を防ぎ、叩き直す反撃剣の構えではない。


 両手で握り、モイラはいつでも払えるような下段の姿勢を維持した。


「弟子ちゃん、これが不死者しか使えない反撃剣」


 燃え盛る不死者は飛びかかってくる。


 一方、モイラが握る遺剣テイオ――その半透明の剣身が突如燦々と輝き出す。


「一度しか手本を見せないからちゃんと覚えておけ!」


 英雄の真髄を受け継いた者が、師としてその力を揮う。


 …………


 未来は、他人の手に委ねるべきものではない。

 何かある度に未来へ逃げる不死者は、そう思って身分を偽って英雄の門下生になった。

 逃げるのがうまい彼女は、姿を変えて、未来へ行く度に取り残されてしまう。

 だから、もう逃げないと、人生にけじめをつけようと思った。


 力さえあれば、たとえ不死者でもすこし真っ当な人生が送れる。

 そう願ってモイラは、免許皆伝を得た後も、師の推薦で勇者候補になった。

 でも……

『命はいずれ終焉が訪れるからこそ尊い。しかし、いつまでも尊いというわけではないんじゃ』

 その言葉の真意を理解した時、モイラは心の底から羨ましいと思った。

 本来、人間はいつか死ぬもの。

 積み重ねた経験を後世に伝えることで、痕跡を作り、散る。

 モイラが真に求めるものは、決して不死者としてより良く生きる道ではない。

 いかにして人間らしく生きることだ。

 だから英雄の家系から手紙を受けてから、前線が厳しく拮抗している中でわざわざ南からハルトマン領まで来た。

 モイラは欲しかった――人間としての生き方を。

 反撃剣を習得できたことで、モイラは不死者という己の性質を最大限に生かしたが、かえって人間という存在からかけ離れていった。

 もし自分と近い存在がいて、それを導くことができれば……


 …………


 新・反撃剣(不死の閃光)


『吸収』の力で己の暴走を上回るほどの魔力で制御し、解き放つ。


 モイラの場合、それは彼女自身のみに作用する『時間』の祝福が周りも呑み込んで展開することを意味する。


 巻き上がる灰色の風が峡谷で吹き荒れる。


 数十キロに亘る異形の群れはそれに触れた途端に萎縮し、しぼんでいき、やがて乾いて粉々となり崩れていく。


 魔王の力を受けて歪な形になろうと、結局は命を持つ者。


 一瞬で流れる長い歳月を相手に、あんまりにも脆弱だった。


「弟子ちゃん、いいか」


 そんな中、モイラは自分の弟子を抱きしめて、耳元で囁く。


 恐らく幼少期から母が傍に居なくて、父にも疎まれていたせいだろう。こうしてやる時だけ、クリシス・ファン・ハルトマンという少女は、素直にいうことを聞いてくれる。


 めらめらと炎が揺れて、依然再生と破壊を繰り返して人ならざる者の姿をしているが、『時間』に持っていかれたおかげで、そこから人間の温かみが感じ取れた。


 だからモイラも落ち着いた声音で、言葉を言い残してやれる。


「守りきれなかったものより、しっかり守ったものをよく見てちょうだい」

「あの男を勝つには、つまりまずあたしを越えなければならない」

「あんたも立派な戦士になりなさい」


 手足が短くなり、女性としての豊かさが消えてゆく。


 言葉をひとつ吐き出す度に、モイラの身体は縮む。


 時間は、こういう時に限って短く感じてしまう。


 だから言葉を選ばなければならない。


 世界の命運を託すには、優しい言葉よりも、強い口調が必要だと彼女は思った。


「自分を大切にしなさい。東に戻るまで、死は許されませんぞ」


 やがて風が吹き荒んで、炎は消えた。

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