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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第23話 災厄

「あの、馬鹿っ」


 異形が群がっていた洞窟から出るまで、モイラはおよそ半時間かかった。


 ただ、それは予想を裏切るような形で、あんまりにもすんなりとした、無抵抗な道のりだった。


 なんの前触れもなく、突如洞窟の外へ向かい始める異形の群れ。


 モイラは追いかける形で刃を振るい、しかし相手は逃げも隠れもせず、そのうえ反撃の意図も示さないまま、ただ愚直だと思わせるほど移動のみを徹底していた。


 人間を無視する、ということは少なくとも今まで経験したことがなかった。


 ただ、恐らく噂に聞く指揮官タイプの仕業だろうと、モイラは推測する。


 モイラが弟子となんでも屋を追い払って、自分だけ洞窟に残ったのは理由がある。


 異形の正体を、弟子に気づかせないためだ。


 クリシスなら薄々違和感を覚えたはずだろうが、ただ、そのバカ正直さゆえにその可能性を無意識に避けていた。


 長い旅の中で、とくにあのウーイーという少佐と情報交換を行ってから、モイラはひとつの可能性にたどり着いた。


 ――各種違った外見をしていた異形は、恐らくいろんな種族をベースに形成されている。


 そしてその可能性は異形に乗っ取られた黄蛆の巣窟を目にした瞬間、確信に変わった。


 思えば、最初からおかしかったのだ。


 今回の人魔大戦が始まった当初、襲来する異形は肢体型(ピエーデ)贅肉型(ミュスクル)だけだった。


 それが勇者の登場により戦線が好転した途端新しい異形――関節型(アルトゥス)が殺到した。


 聞けば東大陸には毒を撒き散らす臓腑型(デルタ)も存在するという。


 現在ドレシアを脅かす胴体型(ジータ)が、魔獣の黄蛆が原型だとしたら……


 関節型と呼ばれる異形は、恐らく本来人間だろう。


 これを知り、あの娘、クリシス・フォン・ハルトマンはまだ戦えるだろうか。


 魔族にも正義があると主張する彼女は、はたしてそんなものに刃を振るうことはできるだろうか。


 モイラは旅を始めた最初の頃を思い出す。


 剣を辛うじて持ち上げた弟子は、何かを傷つけることに強い抵抗を示した。


 正直、これでは聖職者のほうがまだマシだと悩んだことさえある。


 聖職者は慈悲深いが、少なくとも人間の敵となりうるものに容赦はしない。


 対してクリシスが考える正義はそれ以下だ。


「しっかり線引きをしろ!でなければ何もかも守れませんぞ」


 当時しびれを切らして、モイラはそうクリシスを叱った。


 のちほど少女はどんな心境を経て剣を握るようになったのかは知らないが、克服できればいいやと思った。


 しかし、人間に刃を向けるとなれば、今までの覚悟とわけが違う。


 だからモイラはまず一旦問題を先送りすることにした。


「あの、馬鹿っ」


 結局、クリシスは自分の手でさらなる危機的状況に陥ることになった。


 洞窟出口はクレトム山脈の外側に位置している。


 異形を追いかけて洞窟を抜け出た途端、モイラは言葉を失った。


 空の色が違う。


 薄緑に染まる空は、かつてハルトマン領で見たことがあるもの。


 そのうえ、万に及ぶ異形の群れが集結してひとつの方向に踏み込んでいる。


 一瞬にして、弟子が何をしでかしたのか理解した。


 最終防衛法陣。


 かの高名の賢者ズィーゲル・フォン・ハルトマンが人魔戦争に備えて、西大陸の第一次防衛戦の要で敷いた術式。少しでも魔導に通じる者ならば、これがいかに精密で、制御するのに難しい構造で成されているのか分かるだろう。


 ――少なくとも、血が通う娘が、未完成の聖遺物で思いつきの行動で行使できるものではない。


 ベーゼくんでもあるまいし、そんな無茶な真似をしてどうする!


『再現』の力を持つかつての仲間の姿を思い出し、モイラは舌打ちする。


 普通の人間なら術式の反動で即死するだろう。


 しかし不死者であるゆえ、無理やりその力を引っ張り出すことができた。そうなれば、使用者が現在はどういう状況なのか一目瞭然だ。


 異形の群れに紛れて駆ける不死者の師は、弟子のような中途半端な真似はしない。 


 異形はどうやら自分を無視するような指令を受けているが、モイラにしてみればやることは変わらない。隙間を縫うように移動すると同時に弱点を探り、水面に触れる要領で敵の要処を的確に裂いていく。


 目に留まらぬ素早さで青い血を撒き散らして、閃光は敵陣の中を横断する。


 不死者の身体は祝福に適合するように改造されただけあって、常人に比べて丈夫であり、回復も速い。たとえ弟子に遠く及ばないにしても、常人なら気が遠くなるような時間の研磨で、モイラは一番効率的な戦い方を身に付けている。


 一撃一撃は相手を死へ追いやらず確実に無力化にして、緑が濃く滲む商人の町へ駆ける。青い血液の尾を引きずる姿。あるいは谷の底を流れていく彗星だと見間違われてしまうだろう。


「やはりこうなったか」


 ドレシアに近づくにつれて緑が滲む空に茜色が混じっていく。


 それと共に圧倒的に熱量が空気を焦がす。


 棘が肌を撫でるようなこの痛み。


 ハルトマン領を一望できた山頂で、モイラは一度対峙してきた。


 凄まじい高熱に包まれ、皮膚が溶けて筋肉が剥き出る。恐らく臓器の殆ども既に焦げて機能していないだろう。しかし、皮肉にも不死者の中でもずば抜けた回復力のおかげで、その体はギリギリのラインでつなぎとめて――暴れだす。


 西大陸において魔族よりも忌まれるもの。ハルトマン領でベーゼに利用され、籠城した者を屠り尽くした災厄の化身は再び忌み嫌われる姿になる。


 結果として、最終防衛術式の起動は成功した。


『空間』の力が付与されていない『封印』だけの障壁はボロボロで、ところどころ砕け散って、いますぐにでも崩壊しそうであるが、それでもちゃんと役割を果たしている。


 燃え盛る不死者の成りの果てと、異形。


 町に害をもたらす存在を向こう側に阻んで、薄緑の色彩を放つ。


 ここは、術式を起動した者が最悪の事態になるのを考慮した慎重さを讃えるべきだろう。


「カカヵヵヵヵヵヵ……」


 人間の発声器官では決してありえない金切り音がズキズキと宙を切り裂いて、大地を焚き上げる。それと共に巻き上がった高温の気塊が波のように間断なく押し寄せてくる。


 だが異形の歩みは一向に緩むことなく、むしろ突き進んでいく。


 本来商人の荷馬車が行き来するドレシアの出入り口は異臭に苛まれる。


 容赦なく切り裂かれ、炎に焼かれ爛れる肢体。


 それらは積み上げるよりも速く黒焦げ、跡形もなく崩れ去る。


 このままいけば、万を越えた異形が片付けられてしまうのも時間の問題だろう。


 しかし、クリシス・フォン・ハルトマンという人間は確実に消える。


 岩壁を駆けて、モイラは関節型を蹴散らしながら一旦弟子であるはずの何かと距離を取る。


 掌を翻して、モイラは掴み取る。


 昆虫の翼よりも細いそれは、かつてクリシスを救出する際に一度使った聖遺物。


 遺剣テイオ――『吸収』の祝福を持つ英雄テイオ・レグゲートが残した力の結晶。


 これで二度目だな。


 半年前ベーゼと戦った坂の光景が脳内に過り、モイラは身体を捩って穿ってくる関節型の尾を躱し、蹴り飛ばす。


 目の前に暴れまわるのは、もはや自分の弟子ではない。


 正義に対して確固たる信念もなければ、己の意志で力の制御もできない。


 ただの不死者、ただの災厄。


 なら、勇者候補として、モイラは成すべき義務がある。


 これが、不死者の師が背負う務めだ。

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