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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第21話 作戦

『軽○一、軽○三、狙○一は引き続きこの場で待機。そのほかは直ちに外部で待機中の輸送小隊と合流し、撤退の準備及び作戦部隊の援護に備えろ。自分がいない間、各部隊の指揮権はセリュー大尉に任す』

『軽○一は自分に続き、商会に突入する。狙○一は遠距離による援護射撃。軽○二は現地の組織オルデンと連携を取り城壁の内側に仕込まれている敵自律型兵器の確保。見取り図はすでに入手している。必ず制圧し、起動を阻止しろ』

『ではこれより今回の作戦を開始する。諸君の健闘を祈る。我らアクサス帝国のために』


 オルデンの人間が知らせに来て間もなく、ウーイーは即座に部隊を再編し、行動に移った。


 まず本隊を撤退させるのは、相手を油断させるための一手。


 先日の一戦を経験してから、ウーイーは正攻法を断念した。ウリウス商会の自律型兵器と対峙して勝てるかどうかはさておき、まず部隊から多くの死傷者が出る可能性がある時点で論外である。だから作戦実行中異形が襲来する可能性も考慮して、最低限の戦力を残し、部隊はいつでも撤退できるようにしておく。


 次に、城壁の内部に保管されている自律型兵器の確保。


 先日の戦闘で得たデーターでは、自律型兵器は異形が襲来してから接敵するまで十三分五四秒かかった。そして一気に湧き出るのではなく、徐々と現れることからして、恐らく機械の起動は人の手によって行われるものだと推測できる。これは整備班と話し合ってから出た結論でもある。あれだけの機械をつねに待機状態にさせるには、膨大な魔石を消耗する。魔石の発掘がオルデンに握られて、しかも疫病の治療で備蓄もだいぶ消耗した状況では、まずありえない。だからオルデンがデモを開始してからいかに迅速に城壁を抑えるかが大事だ。


 この二つの条件をクリアした場合、残りの仕事は簡単だ。


 どんな高い城壁でも内側からの攻撃には弱い。とくに今回はアルキュミア・マックス・ウリウスが確保できれば任務成功であるため、むしろ少数精鋭のほうが好都合である。


 現に、自分たちが立てた計画は現実になりかけている。


「少佐、爆弾の設置が完了しました」


「よし、やれ」


 ズドン、という力任せの鈍い悲鳴。


 分厚い金属扉を無視して、兵士は壁を破壊し、地下工房へ続く道を開く。


「A班B班は突入。C班は外で警戒を、中に入ろうとするヤツは射殺で構わん。蚊一匹たりとも見逃すな」


「はっ!」


 順調に、手慣れで、滞りなく兵士たちは任務を遂行する。


 国家間の戦争が頻発している東大陸ではこのような作戦は日常的に行われていた。中でも第〇〇魔装独立大隊は対敵後方の尖兵として名を上げている部隊である。


 つねに最も苛烈な戦いに駆り出されている兵士はいついかなる時でも任務を遂行する戦力と精神力を叩き込まれている。この程度の作戦で長官の期待を裏切ることは、ない。


「少佐、無事確保しました。ただ目標は現在動けない状態にありますが、いかがいたしましょう」


 突入してから二分。甲冑を着込んだ部下の一人は地下から駆けて、報告する。


 ウーイーは唸る。


 できれば外に引きずったほうが一番リスクは少ないが、動けない、つまり動いたら目標を喪失するかもしれないということだ。


 仕方がなく「見に行こう」と階段を降りる。


 拘りを感じさせる建物の深き場所。


 各種の義肢と魔石が並び、人間から魔獣、異形から機械の断片が陳列されている。


 ただ、これから工房で行うのは建設当初の目的とかけ離れた行為――脅迫と清算。


「おやおや、ウリウス会長、ずいぶん苦労してるようだね」


 不遜混じりの声と共に登場するのは無論デミカス。


 ウーイーがここまで的確かつ迅速に地下工房が特定できたのは、ほかでもなく彼のおかげだ。よく隠されている部屋だが、元々ウリウス商会と深い縁を持つデミカスが先導すれば、あっけないものだった。


「紛い物の不死ってのはつらいよな、ウリウス会長。結局傷つけばこんな惨めな格好になるから」


「わたくし、自分が不死者だと名乗ったことは一度もありませんわよ」


 いつも身に纏っていたドレスが()()()至る箇所が破れて、アルキュミアはひどい形相で椅子に腰掛けたまま、しかし依然落ち着き払った声音で応じた。


 人間の身体と限りなく近い構成で創られた義肢は、骨格、神経、あまつさえ女性の柔肌まで完璧に再現しており……そのぶんだけ、さっきの戦いで傷を負い、ぎこちなく動く姿は不気味で、人間の域からかけ離れている。


 不死者。


 ただし、脳以外のすべてのものを義肢に取り替えた、錬金術の産物……


 つまり、紛い物。


 だからアルキュミアは人知を越えた寿命を持っていたとしても教会の討伐対象にはならないし、ドレシアという鉱物の町もいつの間にか義肢の技術に長けるようになった。 


 これもウーイーがデミカスから聞いた情報だ。


「おや、そうなのか。あっ、失礼した。たしかに、西の不死者に比べてよっぽど気色悪いもんな。クックック。なんせ脳だけ生きているんだから」


「自分の生みの親になんて言い草だ!」


「黙れくそじじい!」


 堪えきれず噴出する補佐官の怒りを、デミカスはそれを上回るほどの怒気で打ち返す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼」


 いま椅子に身を預けるアルキュミアを指差して、デミカスは咆哮する。


「見てみろよ、この部屋」


 机と棚に、鉱石や試薬の入った薬瓶から薄い光を放つ工房。


 何かを生み出し、作り変え、人体に適合するための場所。


「おまえも!俺も、こんなもんを愛するために生まれてきた。気色悪いと思わないのか!」


 まるで過去を振り払うように、デミカスは力の限り手を振った。


 ぶつかった容器が壊れて、中から生物と呼ぶのは憚れる肉塊が漏れ出る。


「デミカス殿」


 ウーイーは声をあげる。


 詳しくは聞かされていないが、大まかな状況は把握している。


 どうやら、何百年もアルキュミア・マックス・ウリウスは英雄リアン・トルヴィスの血族を良いように操っているらしい。


 時には親近相姦させ、時にはウリウス家の子孫の血も取り入れる。


 そして自分が恋人となり、母親となり、祖母となる。


 何世代にも亘る中で、唯一自分に置かれた状況に疑問を覚えたのが、デミカス。


 だから両者の間に決して調和できない矛盾が生じている。


 尤も、それよりもずっと醜いものをたくさん見てきたので、ウーイーはデミカスの感情になかなか共感できない。


 ――アルキュミアが本気を出せば、デミカスはとっくに死んでいただろう。


 国民のために戦うことを誉れとし、帝国に命を捧げた者として、アルキュミアとデミカスの骨肉の争いは見るに耐え難い茶番のようだった。


「ああ、わかってる。ちょっと気が動転しただけだ」


 アルキュミアから視線を反らして、デミカスは地面に唾を吐いて、髪を後ろに撫で付ける。そしてまた喉の奥から声を転がして笑った。


「約束は約束だ。交渉なんざ好きなだけやるといい。ただ、この女は一筋縄にはいかないことをくれぐれも忘れるなよ」


「感謝する」


 そして、ウーイーはアルキュミアに向いた。


 明らかに不調な商会の主は、しかし依然余裕な笑みを作ろうとしている。


 なるほど、これはたしかに手強い。


 脱帽して、ウーイーはアルキュミアに軽く一礼をした。


「まず、この度叛乱に加担したことにお詫びをしたい。自分はアクサス帝国第〇〇魔装独立大隊の指揮官、名はウーイーと申します。階級は少佐である」


 ウーイーはできるだけ穏やかな口調で言う。


 後ろに控えていた部下たちが銃口をアルキュミアに向けているが、この手の人間はたいてい死を恐れない。まず説得を試みるのが定石だ。


「単刀直入に言わせてもらおう。我々はこの町に興味がありません。それよりも貴方が所有している情報がほしいのです」


「情報、とは?」


「簡単に言うと、機械に取り込んでいる魔石のこと、そしてミゲルという男が使用していた義肢のこと。それを詳しく教えていただきたい」


「ずいぶんな欲張りさんですね。ウーイー少佐」


 クスクスと――若干気の漏れた風船のような吐息混じりに――アルキュミアは笑う。 突きつけられた銃口を前に、商会の主は依然身に纏っている雰囲気を崩さなかった。


「だからこういう手段を講じたのよ」


 仕方なさそうに、ウーイー少佐は肩を竦める。


「なら、これをウーイー少佐に教えた場合、私は何が得られるかしら」


「なにもないさ」


 応じたのはデミカスだ。


 壁に掛けた義肢の断片を見て、振り返らずに答えた。


「情報を差し出せばすこしの間命拾いできる。そうでない場合、俺の手で直々に引導を渡してやる。そういう取引だ。どちらもお前が望まない結末だがな」


 余計なことを……


 心の中では不快になるが、ウーイーはあくまで淡々と答える。


「我々は上から魔石のルートを確保するように言われている。今回デミカス殿に加担したのはあくまで指揮官である自分の独断専行だ」


「独断専行、ね」


 若干の皮肉混じりに、アルキュミアは目を細める。


「この町に来て一度も商会には足を運ばずに、そのままデミカスくんのところに行くなんて、ずいぶん勝手な独断専行ではありませんか。魔石の輸送ルートを確保するためなら、旧市街よりもこちらと交渉したほうが遥かに効率的なはずなのに」


「それは」


「ええ、承知しておりますわ。どうせこの町は潰れると考えているでしょう。だからさきほど貴方は開口一番情報がほしいと言い、デミカスくんは私の命を狙っているようなことを口にしました。お互いはっきり言っていないだけで、魔石のことなんてこれっぽっちも考えていないでしょう」


 やはり何もかも見抜かれているというわけか。


 心のどこかで、ウーイーはこの方を相手に小細工を弄さないで正解だと思った。


 一方、隣のデミカスは鼻を鳴らす。


「ウーイー少佐、ひとつお伺いしたいことがあります」


「どうぞ」


「ドレシアが異形に滅ぼされない可能性、あなたはどのように考えていますか」


「皆無に等しいだろう」


 特段感情を込めたわけではなく、あくまで客観的に、ウーイーは己の意見を口にする。


「実は任務を引き受けた時からこれは無駄足だろうと踏んでいた。ドレシアでは想像もできないだろうが、本物の前線は地獄のような場所だ。毎日数千数万の人間が死んでいく。この町はいままで砂漠の中心部にあって異形の手から逃れてはいたが、一度攻撃の的になればあとはない。むしろ半年も持ち堪えたのが奇跡みたいなものだ」


「だから、せめて有益な情報を本国に持ち帰ろうと?」


 何かを噛みしめるように、アルキュミアは聞き返す。


「これが指揮官としての務め。ウリウス殿ならご理解いただけるかと」


 上が命令すれば実行する。これが軍人。


 取捨選択して忖度して、国のための最善をやり抜く。これが指揮官。


 だからこのような任務でも、ウーイーは誇りを持って遂行する。


「なるほど」


 アルキュミアは解剖された異形のほうを見る。


 続いていまなお銃口を自分に向ける兵士。そしてデミカス。


「デミカスくん、あなたもドレシアが滅ぶと思いますか」


「答えてやる義理はないな」


 クックと、デミカスは冷笑を付け加える。


 しかし、これはすでに答えたのと同様だとウーイーは思った。


「申し訳ないが、ウリウス殿、我々には時間の余裕がない。ひとまずご同行お願いしたい」


 これから来るかもしれない異形の侵攻を考え、ウーイーはとにかく当初の計画通り――オルデンが用意したルートで撤収することに決めた。


 アルキュミアの義体は損傷を受けているが、見たところ命に危険を及ぼすほどのものではない。とりあえず工房の資料でもかっさらって、あとでしてもらえばいい。


「ウーイー少佐」


 若干掠れた声が、まるで念を押すように、響く。


「ひとつ提案があります」


「ほー、ここで時間を稼ぐことは賢い選択ではないと思いますが、ウリウス殿」


「わたくし、ドレシアが異形から生き延びる可能性は半々だと考えておりますわ」


「……」


 もしほかの誰かがこの言葉を口走ったら、ウーイーは一笑に付して作戦を続行するだろう。しかし、目の前の人間は違う。


「もしも今回町が守られたとしたら、此度の人魔戦争が終わるまでドレシアが町中の資源を全動員して、()()()、魔石をアクサス帝国まで輸送する。代わりに、帝国は部隊を派遣し、都市の防衛に協力していただきたい」


「それは願っても無いことだ」


 つまり、ドレシアがアクサス帝国の属国になるようなものだ。


「ただ、我々はそんな希望的観測に委ねるつもりはない。それに、そうだとしてもウリウス商会はもうこの町の管理者ではなくなるだろう」


「ええ、そうでしょうね。ですからわたくしはあくまで提案しだだけですよ。ウーイー少佐も、デミカスくんも、どうやらこの先のことをまったく考えていないようですから」


     トン

   トン

 トン


 その時、張り詰めた空気に突如異音が響く。


 階段から何かが転げ落ちる音がして、それに気を取られて、この場にいる人間は硬直する。


 ただ、それもあくまで一瞬のできこと。


 最初に動いたのはデミカス。


 懐から小型の拳銃を持ち出して、それを商会の主に向ける。


 続いて半ば同時に甲冑を着込んだ兵士数人がウーイーの前に出て、老いた補佐官は動けないアルキュミアの身に覆い被さった。


 その直後――階段から転がり入る異物、淡い光を放つ魔石が姿を現す。


 視界が真っ白に包まれる。


 閃光弾(スタングレネード)


 瞬時に状況を理解したウーイーは「撃つな!」と叫ぶ。


 兵士たちの動きは確実に止まった。だがデミカスの手は止まらない。


 撃ち出される弾丸。


 最初の二発が補佐官の老体にめり込んで、しかし、残りの弾丸は本来の的と予定と違った位置に弾き飛ばされ、工房のあちこちに破壊をもたらす。


「ミゲル。てめぇ……」


 壁を蹴って姿を現した青年は溜息を吐く。


 緑が薄ら浮かび上がる義肢で短刀を握り、睨むような視線で周囲を警戒する。


「彼女に恩を還しにきただけだよ、ボス」


 そう、短く言葉を切った。

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