第19話 魔石
アルキュミア・マックリ・ウリウスは不死者。
これはドレシアという町に棲む住民が持つ共通の認識だ。
町の創始者リアン・トルヴィスが亡くなって以来、彼女が支えとなり、残した理念を貫いてきた。狡猾は許すが、不信は許さない。人を働かせるが、決して使役したりはしない。商人に必要とするモラルをはっきり線引して、暴力ではなく、金貨を手段にして町の平和を維持してきた。
不死者を目の敵にする西の教会でさえ目を瞑るほど、彼女がこの町にいるのは自然で、ドレシアにとっては当たり前のことだった。
しかし、デミカスはそうと思わない。
土は土に 灰は灰に 塵は塵に。人とはいつか死ぬべきもの。
アルキュミアは病質なほどリアン・トルヴィスを愛して……その愛が歪んだゆえに、何百年も経ったいまでも世にしがみついて、その姿を求め続けている。
――そんなことをしたところで、結局満たされないと知りながら。
地面に並ぶ機械を周りに見せつけるように、デミカスはわざとらしく歩き回る。腕を広げて、さも自分こそ民衆の代弁者のように、語る。
対してアルキュミアは扇子を口に添えて、余裕たっぷりの笑みで応じた。
所詮は向こう側の景色、どうぞご勝手に。
ある意味軽蔑とも言える姿勢で、アルキュミアはこの騒乱に臨んだ。
「そもそも、ウリウス会長、あんたはどうやってこの鉄くずどもを操っているのか」
「さぁ、わたくしのほうが聞きたいぐらいですわ。デミカスくんが見せるのではなくて?」
「クックッ、まぁ、いいだろう」
商会の影から、六本足で行動する金属体が姿を見せる。
いま地面に這いつくばる残骸と違い、しっかりと脅威となる個体。
この場を沈静化させるための武装だろう。
しかし、デミカスはまるで意に介さない。
「ウリウス会長、んじゃ話を変えよう。ドレシアが半年前からすでに同じ疫病に侵されていることぐらい知ってるだろう」
「……」
アルキュミアは答えなかった。
補佐官がいつの間にかお茶まで用意して、少女の姿をした不死者はコップを持ち上げて一口含んで、喉へ転がす。
しかし、周りの反応はそう平静ではいられない。
現在患者の収容に使われているウリウス商会のホール。
依然内部から人間らしからぬ苦痛の声が絶え間なく反響する。
ここ数日の治療で、たしかに回復の兆しが見えた人もいるが、目が見えなくなり、耳が聞こえなくなる人は依然多い。そして、重篤患者。
二三人がかりでも押さえきれないほど痙攣を起こす人間は、こうして喚き散らす。
「ど、どういうこと」
「旧市街では半年前からこんな症状に侵されていた人がいたんだよ」
「いいえ、旧市街だけではありません。たしかに城内も似たような人が何人か」
「まぁ、簡単なことさ」
デミカスは低い声で笑った。
「殆どの人間は知らないかもしれんが、実は半年前異形はすでに町に来て種を蒔いていたのさ」
!
驚きの反応を見せたのは、例外なく商会側の人間だ。
デミカスの後ろに続く者たちは憎しみの眼差しで上層の者たちを睨んで、怒りを燃やしている。
「まぁ、口で言うのもなんだ。証拠を見せてやろう」
そう言って、デミカスは指を鳴らす。
ただ今度運ばれたのは機械でも異形でもなく、人間。
「こいつは元々うちのもんで、ジークと言うんだ」
静かに目を閉じる遺体を一瞥して、デミカスは若干顔を曇らせて、言う。
「門番をやってて、いつも愉快そうに笑っていた男だが、三日前の戦闘に巻き込まれて、この有様だ」
デミカスは隣の部下に顎で指示を出す。
ぶすっと肉を刺した音。慣れた手付きで、部下はジークの腹部を切り裂く。
「こいつは異形の一撃を食らって、死んじまった。しかし、その体にどうもおかしなものが はえてるんだよ」
デミカスは眉一つ動かさず手袋をつけて、その腹の中に突っ込んだ。多くの者が目を背けていく中、ぬるぬると腸の感触に構わず、望む物を的確に捉えて、引きずり出す。
「これは……!」
周りがいちいちリアクションを見せるのは無論偶然ではない。
群衆の感情を煽るよう、デミカスがさきに手下たちを紛れ込ませたのだ。
しかし、そうでなくとも、現在デミカスが手にする物をみれば、だいたいの人間は息を呑んで、言葉を失うだろう。
赤い魔石が、腸の濃い赤混じりに不気味な光を反射する。
さきほどデミカスが鉄屑の内部から取り出して地面に捨てた魔石より幾分か小ぶりだが、同じ外見をしていた。
「ウリウス会長、もう少し説明がほしいんだが、いかがかな?」
勝ち誇ったような笑みで、デミカスは魔石をアルキュミアに突きつける。
「この石は見ての通り、異形がもたらした病を感染したこっちからでしか生まれない代物なんだ。どういう仕組みなのか、クック、知っていりゃ恐らく人間も苦労はしないだろう。でも、先日旧市街で戦った時、からくり人形の数は少なくとも千は超えてた……」
アルキュミアは答えない。ただ首を傾げて、柔らかく微笑んだ。
「ここ数日、こっちが調べる限り、どうやら直接の異形の組織を体内に取り込まない限りこの病気にはかからないらしいんだよ。つまり人間から人間へ移ることはありえない。でなければ、今頃看病している奴らが全員ぶっ倒れていただろう。しっかしおかしなことに。数ヶ月前から、異形が一匹来ていないのに、あんたはどうやってこれだけの魔石を集めたんだ」
わざとらしく、デミカスは周囲に呼びかけるように腕を広げる。
「まぁ、つまり、そういうことだろう。あんたはわざと住民たちを感染させ、そして魔石を作っていた。まるで動物のようにな……そうだろう!ウリウス会長さんよ!」
「おれらは実験動物じゃねぇ!」
「そうだそうだ」
その一言で、デミカスの背後に控えた者たちが怒声をあげた。
ざわめきが広がり、セントラル通りを埋め尽くした者が各々の武器を手にする。長年搾取された者たちは、ようやく憤りの出口を見つけたように己の感情を行動に移す。
「おい、どういうことだ」
「いや、しかし、ここ数日亡くなった人の遺体はたしかに……」
「お、おれを見るな!おれはただ指示通りに機械を作っただけだ!こんな魔石の出所なんて知るか!」
守備を担当する者が数名低い声で交わす。
場を包んでいた緊張感は、ひとつの疑念から捻れて、歪な方向へ曲がっていく。
「さて、茶番はこれくらいでいいでしょうか、デミカスくん」
涼しげな顔で、アルキュミアはようやく口を開いた。
最初から目の前の光景がどうでもよさそうに、ただまっすぐデミカスの顔を見据えながら。
癪に障ったのか、デミカスは舌打ちする。
「いい休憩でしたわ。デミカスくん」
扇子を袖に戻して、アルキュミアは言う。
「ただ、仮にあなたが言っていたことが真実だとしても、なんの意味もありません。あなたの背後、数千人も集まっているようですが、暴れたところでウリウス商会に傷ひとつつけることはできませんわよ」
あくまで事実を述べる口調で、アルキュミアはゆったり言葉を紡ぐ。
人のざわめきに混じってもよく透った声音で、次第に辺りが再び静まり返る。
手招きひとつ。
ぎくしゃくと音を立てて、デミカスがからくり人形と呼ぶものがアルキュミアの傍まで近寄った。
「デミカスくん、こう見えて、わたくしはあなたが気がかりなのよ。異形がいつ攻め込んでくるかも分からない状況で、旧市街に身を置くなんて。もし貴方が帰る気があるなら、わたくしはいつでも貴方を迎え入れる準備ができておりますわ」
少女の姿をした不死者。
その差し伸べられた手に、デミカスは「クックッ」と喉から声を転がして応じる。
やや狂気じみた、しかし冷静を孕んだ笑みだ。
「ご親切にどうも、ウリウス会長」
最初は、感謝。
商人の町では、これが契約の不成立の記しのようなものだ。
周囲の空気は瞬時に冷え切って、ひりひりとした雰囲気がぶつかりあう。
「分かってるさ、もしオレがリアン・トルヴィスの子孫でなければ、今頃とっくに殺されていただろう。この町を守るためなら、あんたは躊躇なくやるはずで、たかが数千の命などあんたの五本指にすら入らねぇ。そして、多くの住民はその暴力に目を瞑るだろう」
適切に、町にまつわる現状を説明する。
「なにぶん誰もがあんたの存在を当たり前のように思ってる。あんたはまさにこの都市の守り神そのものだ。加えて石にされた人間の多くは下層で生きた反逆者。城壁の内側に住んでる人間にとっちゃむしろ死んでせいぜいするぐらいだろう。たかが人道的などの言葉であんたの地位を揺るがすなど万が一にもありえない。しっかし……」
髪を後ろに撫でつけ、デミカスの猛禽類に似た瞳に冷たい光が過る。
「俺がなんの準備もなしにここに来ると思うがか?」
ゴン。
突如日差しを一瞬かき消す閃光が迸り、何かが破壊された断末魔が響き渡る。
混乱が一瞬にして広がり、アルキュミアの背後に控えていた住民たちは咄嗟の反応で四散する。
声を張り上げてなんとか秩序を守ろうとする守備兵。
しかし殆どの人間が聞く耳を持たない。なにせ、破片と化したのはほかでもなく、アルキュミアが現れるとともに控えていた金属体だった。
無秩序を極めた状況で、誰しも我が身を最優先に考えて行動し、それが逆に多くの不幸を招く。転んで、下敷きになる者。外の異変に気づいて商会から逃げ出す医師、苦しむ患者。そして押し合う人の波は金属体が行動の邪魔となり、混乱はさらに広がる。
アルキュミアの顔から笑みが消えていく。
口を結び、その目に含んだ色に徐々に怒気が染まる。
「あなたは町を売ったのですね、デミカスくん。リアン・トルウェスの子孫である貴方が!」
瞬時にことの真相に気づいたアルキュミア。
デミカスはゲラゲラと愉快そうに嗤う。
「まさかあんたのこういう表情が見られるとは、これだけでもやった甲斐があるというものよ」
――炸裂した攻撃。それは間違いなく先日の東大陸の来客が使用していた武装だった。
「野郎ども、かかれ!」
異形ではなく、人間が創り上げた地獄で、初老の男は剣先をまっすぐに町の支配者に向けた。




