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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第16話 廃鉱

 かつて大規模採掘を視野に入れて作った廃鉱は、天盤を支えるための木積が多用され、それが朽ちた今でも錯綜する地下空間を維持している。崩落や落石は多少あるものの、人の痕跡が絶たれた今でも使用可能なのは、むしろ当時の職人の腕前を褒めるべきだろう。


 そんな真っ暗な、地下深き場所。


 魔石のランプを手に、クリシスたちはミゲルの後に続く。


「ミゲルさん、もしかしてここの道を全部覚えていらっしゃるの」


 右に曲がり、更に四つも並列する穴からルートを選ぶ。こんなに入り組んでいる道を下手に探れば永遠に彷徨い続けるだろう。しかし、ミゲルの足取りは終始迷いがなかった。


「はぁ……」


 なんでも屋の青年は溜息をつく。


 するとクリシスは半眼になるのを抑えつつ、「ええと、ミゲル」と呼び方を改めた。


 相手の名前に「さん」つけるたびに溜息をつかれては、さすがに気まずくもなる。


「ここは仕事場みたいなもんだ。迷いたくても迷えないのが本音だ」


 心底疲れたように、ミゲルは溜息を補足する。


 最初に会った時から既に気の抜けた雰囲気をまとっていたが、今は悪い意味でそのオーラに磨きがかかっているとクリシスは感じた。


「まぁ、もうすぐ中間地点に着く。あと少しの辛抱だ」


 そう言って、ミゲルは次の突き当りを右に回った。


「ふん、魔石鉱ですか」


 途端に明るくなった視界に、モイラは反応した。


 壁のあちこちに緑の斑が増えて、そして進むにつれて増えていく。


 まるで夜空に包まれたような光景に、クリシスは思わず感嘆を漏らす。


「しかし、まだこんだけ残っているのに、どうして採掘を止めたんだ。ドレシアは魔石の産地としては有名だが、さすがにこれぐらいの量はほっておかないでしょう」


「このまま行けば分かる。たぶん説明するより見たほうがはやいからね」


 ミゲルは肩を竦めた。


 そしてさらに歩いて五分。


 三人は開けた場所に出た。


 横から突出する石壁、下に数メートル凹んだ地面。


 そこに広がる景色はもはや人工で成し遂げた殺風景な鉱洞ではなく、自然の造物であった。無数のツララが天井からぶら下がる白を基調とする空間に、石筍が乱立し、その中心に一筋水脈が腐食され経路を通じ、地下深くに流れていく。


 旅の愛好家が語れば「鍾乳洞」と分類される場所は、しかし目の届く範囲に全て翠緑色の脈絡 が這っていて、明滅し、まるで呼吸しているように一斉に光り出してまた消えていく。


 この洞窟は生きている。


 きっと見る者誰もがそういう錯覚に取り憑かれてしまうだろう。


 三人は立ち止まった。


「まさかこれほどの鉱脈だとは」


 と、モイラまで珍しく「ほほ~」と驚きの表情を見せた。


「魔石鉱はいわば自然の結晶だ。ドレシアじゃたまには出てくるんだよ。こういう純度の高い場所。といっても、最初見た時はおれもかなり驚いたが」


「でもこれ、廃鉱になった原因がさらに分からなくなりますが」


「あとすこしの辛抱だ」 


 最後に溜息を付け加えて、ミゲルはあくまでも二人に見てほしい姿勢を崩さない。


「これからの道は少々厳しいが、まぁ、あんたたちなら平気だろう」


 そう言って、自分の身長よりも高い壁を、ミゲルは苦もなく跳び上がった。


 クリシスはモイラの顔を伺う。


 すると「ここまで来て引き返す道理はない」とモイラはその後ろに続いた。


 力を熾して、クリシスは心臓から湧き出る熱さを制御しつつ跳ねる。


 神経のように洞窟を這う経脈は、翠緑の光を放ち、脈打つ。


 水溜まり、ツララ、石筍、合体してなる石柱。


 入り口で既に地形の片鱗が覗ける洞窟に、上り坂と下り坂が激しく入れ替わる。傾斜が激しい崖に度々遭遇し、たまに身を屈めてやっと抜けられる穴と隙間も三人の行く手を阻む。


 西ではそれなりに鍛錬を積んだ人間でも一苦労だろうが、いまのクリシスにとってはあまり苦はない。


 ただ、ミゲル。


 右腕が袖越しに薄らと緑色の光が点滅して……その身体能力の一部は間違いなく義肢――錬金術の賜り

 物だ。


 クリシスは思う。


 あの男(ベーゼ)の強さは、果たしてどれぐらい義肢の力を借りているだろうと。


「ふむ、黄蛆の巣なのか」


 三人が進むにつれ、鉱石の絢爛に混じって微かな臭いがしはじめた。


 クリシスにとってどこかで経験したはずの、しかしなかなか思い出せない臭いだ。


 そしてさらに穴を一つ抜けた途端、モイラが答えを出した。


「それだけならまだマシなほうよ」


 ミゲルは苦笑した。


 一気に広くなった空間に、至るところに抜けの殻。


 クリシスが砂漠を渡る旅で遭遇した黄蛆よりはずっと柔らかそうな鱗を覆った表皮は、風化して、あるいは砕けて洞窟に転がっている。


 砂漠の頂点に立つ魔獣は成体になるにつれ脱皮を繰り返す。


 砂の中でも縦横自在に動き回る巨体を思い出し、クリシスはある意味ここは墓場に近い場所ではないかと思った。


 しかし、問題はそこではない。


 緑の血液。


 眩い光を放つ魔石に混じってはいるが、たしかに黄蛆の体液があたりに散らばっていたのだ。砂漠を渡る中、クリシスはモイラの采配で意図的に黄蛆と戦う羽目になって、そのせいでよく頭から体液を被せられていた。


 本来なら黄蛆の臭いはすぐ嗅ぎ分けられるだろう。


 しかし、間に混じるもうひとつの異臭がクリシスの判断を鈍らせた。


 洞窟の空間が広くなったにもかかわらず、窮屈な感覚は消えるどころかむしろ強まる。


 視線の届く先、無数の球体が洞窟の天井にぶら下がっていた。


 ポツポツと泡を立てて、まるで沼の底に浸かっているような不気味な気配を漂わせている。ある一定の間隔をおいて無数に連なる様は、とても自然の成した造物とは思えない。


 ミゲルは指を口に当てて「静かに」というサインをして、さらに先導する。


 黄蛆の巨大な抜け殻を隠れ蓑に、気配を殺して進む。


 そしてより安全に身を隠せる岩の陰にたどり着いて、地面に転がる石を手にした。


 なにをするんだろう。


 クリシスにそんな疑問が浮かんだのとほぼ同時に、ぴしゃりと、球体のひとつが落ちて地面に激突した。


 ――ミゲルが球体と天井の接続部を撃ったのだ。


 洞窟の中でよく響く音。


 クリシスは反射的に魔獣を誘き寄せるのではないかと身構えた。


 なにをするのですか!


 拳を作って、仕草でミゲルに不満を表す。


 黄蛆と死闘を繰り返したからこそ、クリシスはその危険性を知っている。魔獣の巣で、その幼体を叩き壊すような真似は普通の人間にとっては自殺行為と変わらない。


 肩を叩かれた。


 モイラだ。


 灰髪の不死者は顎でクリシスに球体が落ちた先を示す。


 何かが、這い出ている。


 無数の肉を重ね合わせてできたような虫。


 身を翻しながら破った殻を抜け、地面に転がる。


 それは黄蛆の幼体にしてはあんまり似つかわしくなくて……しかしクリシスにとっては見たことのある生物だ。


 視覚、聴覚、嗅覚を司る感覚器官がなく、代わりに無数の空洞が体表に満遍なく連なる。鼓動するたびに穴という穴から液体が吹き出し、肉の皺に垂れる。


 まさしく先日の一戦でドレシアの防御機能を先手で潰し、砲撃でクリシスを岩壁に叩き付けた新型の異形だ。


 どうして。


 理解が現実に追いつかず、クリシスは混乱する。


 でも、何をすべきなのか直感で分かった。


 それを、モイラは手を伸ばして止める。


「師匠、異形を滅ぼすべきです」


「知ってる。ただな」


 もはや周りの状況を気にせずクリシスは声をはりあげるが、モイラは視線をミゲルのほうに向けた。 


 怠そうな目をしたなんでも屋は「はぁ……」と溜息を吐く。


 指で洞窟の更に奥を指して、ミゲルは示す。


 そこにはうじゃうじゃと無数の影が群がっていた。


 贅肉型(ミュスクル)

 肢体型(ピエーデ)

 関節型(アルトゥス)

 加えていま天井にぶら下がる孵化寸前の胴体型(ジータ)


 旧市街で一戦を交えた異物は洞窟の奥深くに蔓延って、視線のずっと先まで埋め尽くす。


 しかし、奴らは動かない。


 まるで、魂の抜けた人形のように、ただ静かに佇んでいるだけだった。


「一旦退きます」


「しかし、」


 クリシスも恐怖という感情がないというわけではない。


 ただそれを上回るほどの使命感がつねに彼女を駆り立てて……結果として、無謀な戦いを挑むことになる。


 自分の震えをなんとか隠そうとするクリシス。


 そんな彼女を、モイラは訴えるような眼差しで見つめ返す。


 ……


『自分の命よりも、自分の精神を削り取ったほうがより多くの人間を救える……あなたはそういう宿命を背負っているのです』


 唇を噛んで、拳を握りしめる。


 今朝目覚めた時モイラがかけてくれた言葉を、クリシスは思い出す。


 彼女も分かっている。


 自分はただ正義という妄執に取り憑かれているのかもしれない、と。心の底から湧き上がった恐怖に屈すれば、何か大切なものを失う気がして……それで行動せずにいられなかった。


 だから……


「分かりました。師匠」


 自分を導こうとする者の言葉は、時間の余裕がある限り、耳を貸すべきだった。


 ――ちゃんと考えてから行動する。


 そう、クリシスは自分を説得した。

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