第15話 再訪
「ここです」
駐屯地から出てしばらく。
クリシスはオルデンの入り口――ミゲル曰く来客用のボロ屋まで来ていた。
大橋と離れたところにあるおかげで、廃墟は廃墟のまま、轢き潰されずに済んでいる。
トントントン。
クリシスは蹲って地面の仕掛けドアを叩く。
その後ろには師匠のモイラが煙管を咥えていた。
するとキーと甲高い声がして、土をそのまま掘り出して加工した階段が現れる。
「あっ、」
強面の男が出てきた。
ただ、それはクリシスがまったく知らない顔だ。
「誰だおまえ……」
「ええと、ジークさんはいらっしゃいますか」
前来た時、ミゲルはたしかに門番の漢をこう呼んでいたとクリシスは覚えている。そして顔は覚えてもらったから、今度は自分で来いとも言われた。
「客か?」
ジークよりもずっと痩せていて小柄な男だが、目つきはやけに鋭い。
あからさまに疑いの視線でクリシスを観察して、片方の眉をつりあげる。
「今日ボスは面会の予定はねぇはずだ。なにもんだ。おまえら」
「西から来た者です。先日ミゲルさんに連れてもらって一度デミカス様にお会いしたのですが、その時はいつでもと言われました」
「あ~、そういうこと」
それで男はようやく得心したように頷く。
「しばらく待ってろ。ちょっと確認してくる」
そう言ってバンと力強く仕掛けドアを閉じた。
……
辺りは再び静まり返って、ただモイラが煙草を吸う音が聞こえる。
「師匠、しばらく待て、だそうです」
「聞こえてるよ。まだそこまで老けてません」
煙草を一度ふかして、モイラはぼんやりした目で廃墟の奥を見つめていた。
駐屯地から出てから、彼女はずっとこの調子だった。
果たして何に思いを馳せているのか、クリシスには分からない。
『我々は三日後旅立つつもりです。それまでに答えを教えてもらえるとこちらとしても方針の切り替えもしやすい』
駐屯地を出る時、ウーイー少佐はこう言った。
正直、クリシス自身も複雑な気分である。
ドレシアをなんとかして助けてやりたい。
それは間違いなく本心で……心の声だ。
しかし、やり方が見えてこない。
ドレシアにまつわる状況はあんまりにも複雑で、自分のことだけで精一杯だった。
――異形と立ち向かうために人類が力を一団にする。
そんな当たり前のことが、まるで手かがりが見えない。
そのせいで心のどこかに靄がかかって、息が詰まる。
「弟子ちゃん。簡単な問題ほど複雑に考えろ。逆に複雑な問題は単純に考えなければなりません」
ぽつりと、モイラは突然口を開いた。
明らかにクリシスの心情を見透かした言葉だ。
しかしこういう時、モイラはだいたい詳しく説明してくれない。
知ると悟るはまったく別なことだと、とにかく心に留めておけばいいと。
クリシスが聞こうとすれば、決まってそういうふうに受け流される。
だからしばし逡巡したあと、クリシスは「はい」と答えた。
意味は依然わからないままだが。
その時、ギイと突如仕掛けドアが開く。
「来たのか」
寝癖のついた深緑に廃れた雰囲気。
出てきたのはほかでもなく、先日クリシスの荷物を盗んだ張本人――ミゲル。
よかったと、クリシスはすこしだけほっとする。
ガラの悪い人とやり取りするのは不慣れだ。
ミゲルがいれば、少なくともデミカスに会うまでひりひりとした雰囲気で済むと思った。
「ミゲルさん」
しかし、あからさまに好意を抱いてその名を呼ぶと、青年は一瞬バツの悪そうな顔になって、視線をそらした。続いて、前日に比べても明らかに気合のない溜息をつく。
「ミゲルでいいんだよ。あんたに『さん』付けて呼ばれるほどできた人間じゃない」
はてなと、クリシスは首を傾げる。
その態度は先日と比べてまるで別人だ。
「ボスはいま疫病の対応で忙しい。だからこっちに任せられた」
そう言って、ミゲルは手に持ったものをクリシスに投げ出す。
「これは……」
若干古びた、長旅で所々擦れているカバン。表面に付着している砂が落ちて若干小綺麗になっているが、間違いなくクリシスが先日盗まれた荷物だ。
状況をいまいち理解していないが、反射的に、クリシスは慌てて中身を確かめた。
砂漠で目印となる場所を記した地図。
方角を正しく示してくれる羅針盤。
着替え用の肌着。水を汲むための水筒、など。
冒険用な装備が詰まった雑嚢から、クリシスは一番奥にしまった箱を手に、開ける。
時に白、時に紫、時に青、時に赤。
不規則な輪郭の宝石をクリシスが取り出した途端、辺りは突如眩い光に包まれる。
「ふ~ん、こんな綺麗な色なんだ」
無気力な声で、ミゲルは感嘆を漏らす。
でも、クリシスは聞いていなかった。
ぽつりと、涙が頬に伝わる。
その気持を抑えるように、彼女はいっそう力強く石を握りしめる。
ズィーゲル・フォン・ハルトマンが残した遺物。
――『封印』の力が宿る礎の石。
それをようやく取り戻した安心感。
責任感と、父に対する申し訳なさ。
いろんな感情が混ざり合って、最後は涙という形で露わになった。
ただ、口元は笑みを湛えていた。
「その、なんだ……」
一方、まさか泣くと思わなかったのか、終始廃退的な雰囲気を漂わせるミゲルは片手で顔を押さえる。
「旧市街を守ってくれたお礼だ。さすがに恩人から金をかっさらうわけにはいかねぇからな」
と、ミゲルはすぐ首を振った。
「いや、そう言うのは失礼か……」
「普通でいいんだよ、坊や。この娘はただやりたいことをやったに過ぎない。というより、さっさとしまっとけ弟子ちゃん、こんなふうに光ってたら周囲の目を引きます」
煙管を咥えているモイラが言う。
それでようやく自分の失態に気づいて、クリシスは慌てて手の甲で涙を拭いて、石を雑嚢に戻す。
「ぼうやって……」
自分と年齢のそう変わらない女性に一瞬疑惑の視線を向けて、ミゲルは眉を顰める。
そしてふっと何かを思い出すように「まぁ、いいっか」と溜息を吐く。
「クリシス殿、此度は旧市街を守ってくれて、感謝する。貴方様がいなければ、オルデンはすでに化け物どもに潰されていただろう。我々は悪党ではあるが、恩知らずではない。して、預かっている荷物を返却する」
不敵と傲慢が滲む言葉を、ミゲルは改まった様子で口にする。
クリシスも当然気づいている。これはたぶんデミカスの伝言だ。
「ウリウス商会に届くとあの女の手に陥り、さらにややこしい事態になりかねないだろう。ミゲルに頼んで直接渡すことにした。よろしく頼む……って、ボスはそう言った」
溜息で締めくくり、とミゲルはクリシスを見る。
「ええと、ありがとう、ございます?」
「ったく、冗談でもそういうことはやめてくれ。感謝を言われる筋合いはねぇんだろう。こっちは」
クリシスが返事に困ると、ミゲルは頭を掻いて「いっそ殴られたほうがまだマシだ」と小声で呟いた。
「んじゃ、あたしから一発入れてやりましょうか?」
するとさも当たり前のように、モイラが横から入った。
「いや、結構」
ミゲルは即答した。
クリシスと同様、一瞬でよくない気配を感じ取ったのかもしれない。
咳払いをひとつ、ミゲルは調子を取り戻そうとする。
「じつは、お礼として、一緒に来てほしいところがあるんだ」
そう、ミゲルは切り出す。




