間話 工房
「初期症状は手足がしびれて、うまく歩けない。深刻になっていくと舌も痺れて、食べ物さえ容易に呑み込めなくなる。患者によってそれぞれで、この段階で目が見えなくなり、耳が聞こえなくなる人も多い。そして、最後は食事も排泄も自分でできなくなり、時おり二三人がかりでも押さえきれないほど痙攣を起こす。死に至る……」
「脳か、それとも神経かが影響を受けていますわね。つまりここ数日ドレシアで流行り始めた病は数ヶ月前と同じものだと、そういうことかしら」
同時刻・ウリウス商会。
薄暗い地下の一室で、アルキュミアは補佐官のクラニオの報告に耳を傾けている。
多忙の時期になると書類にいちいち目を通す余裕がなくなってしまうため、いつも補佐官に要点を押さえて報告させるようにしている。
「はい、あくまで私ごときの浅慮ですが、やはりあの日異形が城内に侵入した時撒き散らしたかと」
「そうでしょうね」
目を閉じて、アルキュミアは熟考する。
その顔にはクリシスたちと向き合った時湛えた薄い笑みがなく、余裕を使い果たした、焦燥を滲ませる疲労があった。
「でも、いまはまだ住民たちにこれが同じ病気だと教えるわけにはいきませんわ。さらに不安を招くことになります」
アルキュミアはまず結論から遡って言う。
「でないと、治療法に疑問を覚えることになるでしょうね。なにせ、ここ半年病気にかかって治った人は殆どいませんでしたから」
地下に設置された工房。
机と棚に、鉱石や試薬の入った様々な薬瓶が薄い光を放つ。
――それは、魔術の域から遠い錬金術師が所有する品々。
壁一面に置かれる大小それぞれの容器に、名を呼ぶのも憚られる者どもが保存されている。
魔獣から異形まで、切断され、あるいは体ごと詰め込まれている。
その中の一点――人間の亡骸に目をやって、クリシスは仕方なさそうに首を振る。
「とくに、亡くなった住民を実験に用いたのは事実ですからね」
アルキュミアは手に取る。爛れた肉塊を、手袋もつけずに。
贅肉型の肥えた腕、肢体型の長い触手、関節型の曲がりくねった脊椎。
異形と呼ぶ存在から剥ぎ取った器官を悉く調べて、またそれらの人間に対する影響も、彼女は自分の知る限りの手段を尽くした。
それによって導き出された結論が「汎用型・壱」と呼ぶ自律型戦闘自動人形だ。
先日異形との戦いに駆り出された金属体――義肢の技術が発達するドレシアならではの造物は、いまも数体が室内に陳列されている。
半年前初めて異形と接触した時なくなった兵士の代わりに創られた機械。
しかし新型の異形の出現により価値のないものに変わりつつあった。
「これは、運命かしらね……」
常人なら触れるだけで皮膚が爛れる新型の肉塊に、アルキュミアはしげしげと見入る。
「お嬢様、町から脱出する準備をいたしましょうか」
仰々しく一礼をして、補佐官は頭を下げる。
ただ、それが逆にアルキュミアの不快を買うことになった。
「クラネオ、冗談にしては度が過ぎていますわよ」
眉を顰めて、商会の主は珍しく怒りを露わにする。しかし、それもあくまで一瞬の出来事。
「いいえ、ごめんなさい。わたくしこそどうかしていましたわね。冷静を保てなくなってしまうなんて……」
補佐官は無言で深く頭を垂れる。
「クラネオ、あなたも私のことを思って進言したのでしょう。ただ、このようなことは二度と口にしないでちょうだい。わたくしはこの町を見捨ててまで生き延びたいと思いませんわ」
立ち上がり、アルキュミアは壁に掛けられた肖像画に向く。
それはこのドレシアの人間であれば誰もが知っている人物だった。
「リアン」
町を創り上げた英雄の名前を口にして、数百年もドレシアを牛耳ってきた商会の主はしばらく目を閉じて、気持ちを整理する。
「旧市街か、不死者か、それとも東の部隊なのか」
現在ドレシアにある勢力の名を口にして、アルキュミアの口調はだんだん冷え切っていく。
――あなたが残した場所、わたくしはなんとしても守りぬきますわ。
ぴしゃりと。
手にした異形の肉塊を、アルキュミアは力を込めて握り潰した。




