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【第三部完結】灰に至るまで  作者: からん
第二部 英雄の逝く町にて
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第14話 情報交換

 ハルトマン領を抜け出したあと、クリシスとモイラはひたすら南下し続けた。


 その頃、異形はなお人口密集地の大都市を中心に攻勢を広げていたため、小さな町を転々として進むことができた。


 二人が砂漠に入ったのは四ヶ月ほど前のことだ。ゆえに戦いの火蓋が切られてから二ヶ月ぐらいの情報――地方の冒険者ギルド経由で、断片的に拾っていた。


 ハルトマン領が陥落したことで、第一防御戦線はわずか一ヶ月で崩壊した。


 贅肉型(ミュスクル)肢体型(ピエーデ)関節型(アルトゥス)


 異形の猛攻で戦線は撤退の繰り返しである。


 第二次防御線の要であるミスリル王国は半分の領土を失う代わりになんとか戦況を膠着状態に持ち込めたが、反撃の隙がなく、ただ戦力を消耗していくばかり。


 これも、いつまで持つか。


 剣・槍・弓・杖。


 魔王討伐には勇者が四人の仲間を集める必要あるが、杖の所有者――司祭ブッソラはハルトマン領の陥落とともに行方不明になり、また、槍の所有者――英雄へニット・ドリは北の戦線で魔族四天王の一人と相討ちになった。


 残るのは剣の所有者――異端討伐隊・首席ミューチ・ブランド。弓の所有者――根無し草の大魔導メヤト。そして、勇者サルース・フォン・ハルトマン。


 戦いの序盤で英雄を二人も失うのは、かつてない事態だ。


「というわけなんで、あたしたちはベーゼという男の情報を集めているんだ。なんとかして教会の作った武装を取り戻す必要がある。でないと勇者も旅立てません」


 不死者に関わりそうな情報を敢えて伏せて、モイラは自分たちを「大罪人ベーゼを追う教会の使い手」ということをウーイー少佐に伝えた。


 ハルトマン領が陥落後、クリシスは身分を隠すため行方不明ということになっているが、そんなことは当然ウーイーたちには教えるはずがなかった。


「なるほどね……これはたしかに厄介だ。まさか英雄狩りのヤツがいるとは」


 指を擦って、ウーイー少佐は唸る。


「できればぜひ我々も協力したい……と言いたいところだが、残念ながらそういう義肢を作れる人間に心当たりはない。それに、実はこれからドレシアから出るつもりなんだ」


「ドレシアを出る、ですか」


 クリシスはあやうく手にしたパンを落とすところだった。


 ウーイー少佐一行がドレシアを離れてしまえば、アルキュミアの「旧市街との取引を止めてほしい」という依頼は自動的に完了するが、しかしそのぶんだけ異形と戦うための戦力が少なくなり、町が危険に晒されてしまう。


 ――クリシスにとっては考えたこともない事態である。


 調節と中止。


 この場合はまったく違う結末をもたらす。


 一方、モイラは表情らしい表情を見せない。


「理由は疫病ですね」


「ああ、隊員の中からも患者が出ている。装備のおかげで住民のように重症に至ることはないが、さすがにこれ以上ここに留まるのは危険だと判断した」


 ウーイー少佐はモイラに答える。


「それに、我々はあくまで魔石鉱の確保のためにドレシアに来たに過ぎない。この町のために命を賭けるつもりはないよ」


「少佐、お言葉ですが、ドレシアは守るべきだと思いますが」


「大尉……客人の前だぞ」


「はっ、失礼致いたしました」


 とくに悪びれもせず、セリュー大尉は敬礼する。


 対してウーイー少佐は肩をすくめた。


 はじめてオルデンで会った時から二人はこういう感じだったが、いまさらクリシスは違和感を覚えた。普通、軍の中で上官に楯突くのはありえないことだ。


「すまない、話がそれたな」


 ウーイー少佐は一度途切れた記憶を繋ぐように唸って、再び口を開く。


贅肉型(ミュスクル)肢体型(ピエーデ)関節型(アルトゥス)……呼び方は違うが、東西両方に現れた異形はだいたい同じのようだ。我々はそれぞれアルファ、ベータ、ガンマと呼びやすいようにしているが、ほかにも毒霧を撒き散らすデルタ、外見はほかの異形と区別がつかないが指揮能力を持つエプシロン。そして、つい先日はじめてドレシアで現れた遠距離攻撃型――ジータがいる。モイラ殿、西では毒を使う異形はいなかったかね」


「いや、少なくとも我々が砂漠に入るまで、前線にはそれらしい痕跡はなかった。ついでに言うと指揮能力を持つ異形も初耳だ。先日の遠距離型もその時はじめて見た」


「なるほど。だいぶ違うようだな。西には毒も指揮官もない……いや、必要ないという解釈もとれるか」


 ウーイー少佐は再び考え込む。


 恐らく自分には想像もつかないことを考えているだろうとクリシスは思った。


 テントに入ってからクリシスは終始蚊帳の外だったが、正直西の情報もためになるので、黙々と食事をするふりをしていた。


 東の料理は食材本来の味を重視する西と違い、香辛料をたんまり使う。


 中でもとくにクリシスが気に入ったのは生姜の出汁スープだ。


 運ばれた当初は「生姜?」と訝っていたが、絶妙に調味されたスープはほんわりとした辛さで、硬めのパンと一緒に口にすると体の芯からポカポカと温まってくる。


 身体中から燃え上がる「炎」と違い、人間らしい温かみだ。


「して、クリシス殿にも少し伺いたい」


「は、はい」


 と、ちびちびとスープを楽しんでいるクリシスに、ウーイー少佐は話を振った。


 小さい頃から叩き込まれた教養もあり、食事しながら話をするのは不慣れで、若干挙動不審になってはいるが。


「ご存知かもしれないが、我々東大陸は魔王を倒す術はありません。だから連携による防衛戦を得意として、人魔戦争の時はいつも勇者殿が魔王を倒すまでひたすら耐えてきた」


 クリシスにはまったく知らないことだ。


 東大陸に関する書物はすべて教会に禁忌とされ、当然手にする機会も少ない。だから大陸に関する知識はせいぜいこのドレシアぐらいまでで、東大陸に比べてむしろ魔族領のほうが詳しいほどである。


 無論、そんなことを知るはずもなく、ウーイー少佐は続ける。


「東大陸は祝福や魔法という強大な力を持たず、技術を駆使する道を選んだ。神経をある状態に保つことによって着こなせる魔装甲冑。そしてその性能に合わせて作られた各種の装備。どれも魔石を消耗するが、それで初めて東も魔族と互角に渡り合えるようになる」


 なるほど、とクリシスは唸る。


 先日の記憶は曖昧になっているが、たしかに当時東の部隊は全員装甲を装備していたのだ。しかし、わざわざこれを自分に説明する理由が、クリシスには思い当たらない。


「クリシス殿の先日の戦いぶりを見て、少なくとも我々の大隊を軽々と上回るほどの戦力を持っていると判断した。お二人だけで砂漠を渡ったのも納得する。ただ……」


 スープに一口つけて、ウーイー少佐は場の空気を切り替えるように間をつくる。


「その時お貸しした武器に関してですが」


 武器?


 はてなと、クリシスは頭を傾げた。


 そしてふっと当時の記憶が蘇り、口を押さえる。


「申し訳ございません。ええと……」


 あの日、クリシスはたしかにグレートソードを借りていた。


 断片的でとぎれとぎれだが、言われて、ようやく思い出す。 


「いえ、咎めるつもりはまったくない。そのあと部下たちがちゃんと回収したからね」


 クリシスが不安げに隣のモイラの顔色を伺っていると、ウーイー少佐はなだめる。


「ただ、あれは元々魔装甲冑を着込んでから神経同調を経て初めて使える代物だ。それでどうしてクリシス殿が使えたのか気になってね。もしよかったら、少し手伝ってくれないかな。ひとつ検証したいことがあるんだ」


 ウーイー少佐はセリュー大尉に視線を送る。すると、「はっ」とセリュー大尉がテントから出ていき、しばらくして、物々しい東の武装が兵士二人によって運ばれた。


 クリシスの身長を上回る重剣。


 無骨と精巧をむりやり繋ぎ合わせて作られた武具はかつてクリシスが握ったものであり……しかし当の本人は意図的に実現したわけではなく、ゆえにはーと感嘆が洩れた。


「できればもう一度触れてほしい」


「はい……それだけなら」


 言われて、そのままクリシスは手を伸ばすが、宙に浮いた手はモイラに掴まれる。


「大丈夫だ。セーフティ(安全装置)が掛かっているので、クリシス殿に危害を及ぼすことはないよ」


 ウーイー少佐は説明する。


 一方、モイラの目は鋭さこそ見せないが、顔色はかたい。


「いや、そうじゃない。別に弟子ちゃんの身体の心配をしているわけじゃないんです」


 魔石で腰に下げた煙管に火を付けて、モイラは適当に煙草をぶちこむ。


「もし弟子ちゃんがこの剣に触れて反応したらどうするつもりだ。ウーイー少佐」


「反応したら、モイラ殿にも触れてほしい。果たして祝福の使用者がみんな特殊なのか、それともクリシス殿だけが特殊なのか。まずそこを見極めたいと思う」


「それから?」


「それからは正式に東へ招待したい、と考えている。詳しいことは機密事項に関わるので許可なしでは言えないが、最上級の扱いを約束しよう。無論、人探しもできる限りの協力はする」


 淡々と、さも下心がまるでないようにウーイー少佐は言葉を並べる。


「ったく、だから東の人間は……」


 モイラは鼻で笑った。ただ、不機嫌ではなく、やれやれという仕方がない顔だ。


「我々は軍人で商人ではない。だから()()()()()与えられた権限で可能な限り話すつもりだ」


 アルキュミアのような薄い笑みもなく、デミカスのような威嚇じみた駆け引きもない。


 少し計算はあるが、それはたしかにクリシスが知っている軍人らしい話し方だ。


 ――手伝ってやりたい。


 もしかたら異形との対抗の助けになれるかも知れないと思い、しかし、クリシスは堪えた。


「師匠、どうしましょうか」


「ひとまず保留ですな」


 クリシスの思ったとおりの言葉だ。


 モイラはいつも慎重で、わざと時間をおいてから行動に移す。これは悪いことではないとクリシスは分かっている……が、心の声がもやもやして、彼女を落ち着かせない。


「すまんな、ウーイー少佐。今日のところはあくまで情報交換のために来たんだ。その気になったらまたお世話になりますよ」


「いえ、記憶のどこかに留めてくれるだけで十分だ。我々も即座に答えてほしいというわけではない」


 微笑んで、ウーイー少佐は手を組む。


「さて、できればもうしばらく情報交換したいんだが、いかがかな。当然、約束の金額はすぐオルデンのところに届けるが」


 無論、モイラもクリシスも反対はしなかった。

挿絵(By みてみん)

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